高梨沙羅

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 スキー女子ジャンプは、今季開幕から丸山希(北野建設)が絶好調。ミラノ・コルティナ五輪でも金メダル候補に挙げられている。そのため、すっかり影が薄くなったのが、かつてW杯で連戦連勝を演じた女王・高梨沙羅(クラレ)だ。

 2月1日に行われた五輪前最後となるW杯第24戦(ドイツ・ビリンゲン)でも、丸山は2位に入り今季14度目となる表彰台に上がった。一方、高梨は10位にとどまった。高梨は今季4位には3度なっているが、表彰台には届いていない。【取材・文=小林信也(作家・スポーツライター)

【写真】ミラノで笑顔が見れるか…スキージャンプ・高梨沙羅選手のジャンプ姿

ほぼノーマークの状態

 その成績だけ見れば、ミラノ・コルティナ五輪でのメダル獲得は難しいだろう、という雰囲気が日本列島を覆っている。16歳で世界を席巻した天才少女は29歳になった。高梨は1月29日に日本を発つ時、「いよいよだなという気持ち。この4年間積み上げたものをしっかりと出し切れるように。自分くらいは、期待してあげたいです」とコメントしている(1月29日、スポニチアネックスより)。

高梨沙羅

 オリンピックでは2018年平昌大会での個人ノーマルヒル銅メダルが最高。前回の北京大会では、団体複合で1回目暫定首位に立つジャンプを見せながらスーツ規定違反で失格となり、結果4位にとどまるアクシデントに見舞われた。つくづくオリンピックの女神との相性を案じる出来事が続いてきたが、今度はどうだろう。

「高梨は、ずっと進化し続けているんです。今シーズンも進化しています」

 そう断言するのは、丸山希が所属する北野建設の監督で、前回北京冬季五輪では女子日本代表ヘッドコーチだった横川朝治だ。

「ここ数年、女子ジャンプのレベルアップは目覚ましいものがあります。技術も変わった、道具もスーツも変わった、スキーの重さも変わりました。もし高梨がW杯で連勝を続けていたあのころと同じジャンプをしていたら、いまは30番がやっとでしょう。それくらい世界は進化している。高梨はその中で上位に食い込んでいる。ずっと進化を続けているからです」

 そんな高水準の女子ジャンプ界で、昨夏から一気に花開いたのが丸山希だが、「高梨にもチャンスがある」と横川は言う。過去3回のオリンピックでは、日本中の期待が高梨ひとりに集まっていた。その重圧は本人にしかわからない、凄まじいものだっただろう。だが、

「高梨がこれだけ自由にのびのびと飛べるオリンピックは初めてでしょう」

 丸山に注目が集まっているおかげで、高梨はほぼノーマークの状態だ。たしかに、高梨がいつもの自分を保って競技に臨める環境が整っているとも言えるだろう。

テトリスのように荷物を積み込む高梨

 常にメディアの注目の中にいるせいもあるが、高梨といえば寡黙であまり笑顔を見せない内向的なイメージがある。しかし、日本代表チームで過ごす時は「とっても明るい、頼りになるお姉さんですよ」と横川は教えてくれた。

「海外遠征ではだいたいワゴン車2台で行動します。1台に荷物を積み、もう1台に選手とコーチが乗ります。荷物がかなり多くて、積み込むのが大変なのですが、これを一手に引き受けてくれるのが高梨です。まるでテトリスのように、荷物を綺麗に積み込んでくれる。その集中力は抜群です(笑)」

 知られざる意外な一面。さらに、長くチームメイトとして行動を共にしてきた伊藤有希(土屋ホーム)の存在も大きいという。

「伊藤有希は、飛型審判の中ではとても評価が高い選手です。伊藤のジャンプは“飛型の見本”と言われていて、点数を引くところがない。飛距離の高梨、飛型の伊藤、日本には世界に誇る二人のスペシャリストがいるのです。しかも伊藤は、『時には自分のことだけ考えて競技に臨んでもいいんじゃないか』と言いたいくらい、チームメイトに気遣いをする素晴らしい子なのです。初めて日本代表に参加する若い選手はみんな伊藤のサポートを受けて国際舞台に馴染んできました」

 国内大会とは勝手の違うスーツチェックなどにも戸惑うことなく対応できるのは、伊藤が甲斐甲斐しく面倒を見てくれるからだという。つまり、こうした面からも、今回は高梨が競技に集中できる環境が整っているといえるだろう。

高梨の笑顔が見れたら

 そうは言っても、気象条件やシャンツェのコンディションに大きく影響されるのがジャンプ競技の難しさ。過去にも、実力者が失速し、伏兵が距離を伸ばすといった番狂わせがしばしば起こっている。

「以前のジャンプ台のアプローチはたいてい、曲線から直線になり、また曲線になって飛び出す構造でした。それが最近は、ずっと曲線が続くアプローチに変わっている。ミラノ・コルティナ大会のジャンプ台もそうです。それと、踏み切りでどちらの方向に飛び出す傾向があるかを示す《滑空比》という設計の目安があるのですが、古い台は縦に落ちる感覚が大きかった。最近の台は落ちるより横に飛び出す感覚が強くなっています」

 横に飛ぶから距離が出やすい。その分、アプローチが下に設定される可能性もある。

「距離が出る台は、身体が軽くて空中勝負が得意な丸山、高梨に有利です」(横川)

 今大会の舞台となるプレダッツォ・スキージャンプスタジアムは1989年に開場した歴史ある会場だが、オリンピックのために6台のジャンプ台のうち2台を解体して新設した。つまり、最新の傾向が反映されたジャンプ台なのだ。

 実は昨年9月のプレ大会で、日本の女子選手(ノルディック複合)が着地で転倒し、右膝前十字靭帯を損傷する重傷を負うなど、転倒事故が相次いだ。風向きが追い風になる場合が多く、着地の時、急に落ち込むような感覚があるとも指摘された。そのプレ大会で3位になった男子の小林陵侑も、「すごく面白い台で、色々な難しさはある。最後、たたき落とされる感じになるので飛型でも順位が変わってくる」と感想を述べている(2025年9月19日、朝日新聞)。

 抜群の飛距離で世界を圧倒し続け、現役女子ジャンパーの中では誰よりも高いレベルの経験を重ねてきた高梨にとって、難しいプレダッツォのジャンプ台はむしろ有利な条件とも言えるのではないだろうか。

 まずは日本時間の8日(日)深夜から未明にかけて行われる女子個人ノーマルヒル。同11日(水)深夜から未明の混合団体、同16日(月)深夜から未明の女子個人ラージヒル。リアルタイムに見るのは大変な時間帯だが、いまから心が躍る。

 金メダル争いの中心はもちろん丸山希とニカ・ブレヴツ(スロベニア)だが、怖いもの知らずに見えた十代の奔放さで高梨が飛べたら、高梨とオリンピックの心の距離は近くなるだろう。高梨の溌溂としたジャンプ、着地後の笑顔が見られたらうれしい。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部