(※写真はイメージです/PIXTA)

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高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることもあります。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回は、手厚い介護に期待を寄せた、ある母娘のケースをみていきます。

「安心・安全」のはずが…入居後に直面した「排泄介助」の悲しい現実

「母があんな惨めな思いをするなら、無理をしてでも自宅で看るべきでした」 そう語るのは、都内在住のパート従業員、田中聡美さん(58歳・仮名)です。84歳になる母、内藤ヨシ子さん(仮名)は、先日まで老人ホームに入居していました。実家で1人暮らしをしていましたが、玄関先で転倒。幸い骨折は免れましたが、認知機能の低下も見られはじめ、「火の不始末や徘徊が心配で、24時間の見守りが必要」と判断したといいます。

田中さんは、母の年金と自身の貯蓄で賄える月額20万円前後の予算で老人ホームを探しました。重視したのは手厚い介護と、施設の清潔感です。

「入居していたホームを見学に行った際、スタッフが明るく挨拶してくれて、入居者の方々も穏やかに過ごしているように見えました。施設長も『うちは基準以上のスタッフがいて、きめ細やかな介護が特徴です』と言ってくれました。ここなら母を任せられると思ったんです」

契約を急ぐ必要もあったため、空室があったその有料老人ホームに即決しました。しかし、入居から1ヵ月も経たないうちに、施設の実態が露呈します。面会に行くたび、母の表情が暗くなっていることに気づいた田中さん。ある日、部屋に入ると異臭が漂っていました。ヨシ子さんは「コールを押しても、誰も来ないの」と訴えます。

ヨシ子さんの話では、トイレに行きたいとナースコールを押しても、30分以上誰も来ない。ようやく来た職員に「ごめんなさい、今、付き添えそうもないから、そのままオムツに出してください」と言われ、後で交換すると告げて去っていったというのです。ヨシ子さんは本来、介助があればトイレで排泄が可能でした。しかし、人手が回らないという理由で、オムツ内での排泄をある意味、強要されたわけです。

「母は『恥ずかしい、情けない。家に帰りたい』と泣きじゃくっていました。シーツまで濡れていて……。尊厳を傷つけられた母の姿を見て、言葉を失いました」

田中さんが職員詰め所に走ると、誰もいません。数分後に戻ってきた職員は疲労困憊の様子で、「急患の対応で手が離せなかった」と弁明するばかりでした。

「人手不足で、現場は崩壊していました。どうも日中は良くても、夜間や早朝はスタッフが極端に少なくなるらしく……ここを出るしかないと決断しました」

6割超の施設が「人手不足」…データが示す介護現場の窮状

ヨシ子さんが入居していたホームは、決して特殊なケースではありません。背景には、介護業界全体を覆う深刻な人手不足があります。 公益財団法人介護労働安定センター『令和5年度介護労働実態調査』によると、介護事業所全体の64.7%が「人手が不足している」と回答しています。実に6割以上の現場で、十分な人員確保ができていないのが現状です。

不足の理由として9割近くの施設が「採用が困難である」と回答。賃金水準や身体的負担の大きさから、募集をかけても応募がない、あるいは採用してもすぐに辞めてしまうという悪循環に陥っている施設は少なくありません。

人手不足はサービス品質への影響も浮き彫りになっています。人手不足を感じている事業所では、利用者への対応が遅れる、十分なコミュニケーションが取れないといった課題が生じやすくなります。ヨシ子さんが直面した「コールへの対応遅れ」や「排泄介助の省略」は、まさに現場の余裕のなさが招いた結果といえるでしょう。

特に勘違いしがちなのが、老人ホームの人員配置です。「介護付有料老人ホーム」では、職員の配置基準が定められ、要介護1以上の入居者3人に対し、介護・看護職員1名以上となっています。入居者30人の介護付有料老人ホームであれば、10名以上の職員が必要というわけですが、この基準はどの時間帯でも常時10名以上の職員がいるという意味ではありません。常勤職員の月所定労働時間を基準としたもので、全員が常勤職員であれば10名が勤務しているということ。24時間、シフトを組んでいれば、時間帯によっては数名ということもあるでしょう。「基準以上」だからといって、手厚い介護サービスが受けられるとは限らないのです。

施設選びの際、パンフレットの数字や見学時の雰囲気だけで判断するのはリスクが伴います。人員配置についていえば、実際にどのように対応しているのか、細かな確認が必須です。

[参考資料]

公益財団法人介護労働安定センター『令和5年度介護労働実態調査』