【ざっくりDJ紹介】世界No.1 DJは“地味な好青年”?ダンスミュージック界の顔「マーティン・ギャリックス」
1996年、オランダ・アムステルダム生まれ。17歳で世界的ヒット『Animals』をリリースしたMartin Garrix(マーティン・ギャリックス)。その後もエド・シーランやU2との共作、自身のレーベルSTMPD RCRDSの立ち上げなど、ダンスミュージックシーンの最前線で活躍し続けています。
DJ Mag「Top 100 DJs」(世界DJランキング)では通算5度の1位を獲得し、名実ともに“世界No.1 DJ”として知られる存在に。近年は自らボーカルを務めるなど、アーティストとしての表現領域をさらに広げています。
そんな世界的スターのマーティン・ギャリックスですが、その素顔は意外にもシャイで繊細。今回は、音楽だけでは見えてこない彼の魅力を“豆知識”として5つに凝縮してご紹介します。
もともと人前に立つのが得意ではなかったマーティン・ギャリックス。インタビューでは「ステージでマイクを持つことなんて、10代の頃は想像もできなかった」と語っています。
そんな彼が2025年、アリジット・シンとの共作『Angels For Each Other』でついに自身のボーカルを披露。Ultra Miamiでその曲を生歌で披露し、「自分の音楽に責任を持つ方法が、またひとつ増えた」と振り返っています。
マーティン・ギャリックスが音楽にのめり込んだのは、8歳のときに見たティエストのアテネ五輪パフォーマンス。
「自分もこういう音楽を作りたい」と思い、家族のPCにFL Studio(音楽制作ソフトウェア)をインストールして遊ぶようになりました。
ただ、当時はそれが職業になるとは夢にも思っておらず、「音楽が好きで放課後ずっといじっていた。今もそれが続いてる感覚」と振り返っています。
そんな彼を支えているのが、地元アムステルダムの家族や幼なじみたち。現在もアムステルダムに拠点を置き、ツアーにも信頼できる友人たちを同行させています。
アーティスト活動だけでなく音楽シーン全体を支える“裏方的な役割”にも力を入れています。
自らのレーベル「STMPD RCRDS」の運営に加え、アムステルダムに設立した音楽スタジオ「STMPD Studios」では、地元アーティストや映像クリエイターとも積極的にコラボ。
2024年には、自身の名を冠したフェス「Martin Garrix Presents」もプロデュース。ジャンルや世代を超えたラインナップで、次世代の才能を発掘・紹介する場としても注目されています。
ニューヨークの地下鉄で38年間歌い続けてきたシンガー、Mike Yung(マイク・ヤング)の歌声に心を動かされ、すぐに本人に連絡を取りアムステルダムに招待。ふたりで共作した楽曲『Dreamer』が話題に。
楽曲はマイクの亡き妻に捧げられたもの。マーティン・ギャリックスは「有名かどうかじゃない。心を動かされたかどうか」と語り、夢を追う姿勢への共感と敬意を音楽で表現しました。
世界のフェスを沸かせるNo.1 DJでありながら、地元アムステルダムを愛し、仲間との信頼を何より大切にするマーティン・ギャリックス。
彼の楽曲や人間性に心動かされた方は、こちらの記事もぜひご覧ください。
DJ Mag「Top 100 DJs」(世界DJランキング)では通算5度の1位を獲得し、名実ともに“世界No.1 DJ”として知られる存在に。近年は自らボーカルを務めるなど、アーティストとしての表現領域をさらに広げています。
そんな世界的スターのマーティン・ギャリックスですが、その素顔は意外にもシャイで繊細。今回は、音楽だけでは見えてこない彼の魅力を“豆知識”として5つに凝縮してご紹介します。
豆知識① DJなのに歌う!?進化しつづけるプレイスタイル
もともと人前に立つのが得意ではなかったマーティン・ギャリックス。インタビューでは「ステージでマイクを持つことなんて、10代の頃は想像もできなかった」と語っています。
そんな彼が2025年、アリジット・シンとの共作『Angels For Each Other』でついに自身のボーカルを披露。Ultra Miamiでその曲を生歌で披露し、「自分の音楽に責任を持つ方法が、またひとつ増えた」と振り返っています。
豆知識② DJを志すきっかけは、アテネ五輪のティエストのパフォーマンス
マーティン・ギャリックスが音楽にのめり込んだのは、8歳のときに見たティエストのアテネ五輪パフォーマンス。
「自分もこういう音楽を作りたい」と思い、家族のPCにFL Studio(音楽制作ソフトウェア)をインストールして遊ぶようになりました。
ただ、当時はそれが職業になるとは夢にも思っておらず、「音楽が好きで放課後ずっといじっていた。今もそれが続いてる感覚」と振り返っています。
Happy Birthday brother ❤️!! @tiesto pic.twitter.com/0ESb8xdwHb
— MARTIN GARRIX (@MartinGarrix) January 17, 2019
豆知識③ 世界No.1になっても、地元「アムステルダム」を離れない
ダンスミュージックシーンの主役として、世界中のフェスを飛び回りながらも、生活スタイルは意外にも地味ということで有名です。アルコールとは節度を持って付き合い、基本的には自分のペースを大切にしているようです。AMSTERDAM! @justinbieber pic.twitter.com/6raQFLiP2r
— MARTIN GARRIX (@MartinGarrix) September 18, 2015
そんな彼を支えているのが、地元アムステルダムの家族や幼なじみたち。現在もアムステルダムに拠点を置き、ツアーにも信頼できる友人たちを同行させています。
豆知識④ スタジオ経営にフェス開催まで。“裏方”もこなす若きリーダー
アーティスト活動だけでなく音楽シーン全体を支える“裏方的な役割”にも力を入れています。
自らのレーベル「STMPD RCRDS」の運営に加え、アムステルダムに設立した音楽スタジオ「STMPD Studios」では、地元アーティストや映像クリエイターとも積極的にコラボ。
2024年には、自身の名を冠したフェス「Martin Garrix Presents」もプロデュース。ジャンルや世代を超えたラインナップで、次世代の才能を発掘・紹介する場としても注目されています。
Busy day at the studios! Which collab would you like to see first? pic.twitter.com/4uNgrjJKDy
— MARTIN GARRIX (@MartinGarrix) January 9, 2019
豆知識⑤ 「60歳の無名シンガー」との歳の差コラボが話題に
ニューヨークの地下鉄で38年間歌い続けてきたシンガー、Mike Yung(マイク・ヤング)の歌声に心を動かされ、すぐに本人に連絡を取りアムステルダムに招待。ふたりで共作した楽曲『Dreamer』が話題に。
楽曲はマイクの亡き妻に捧げられたもの。マーティン・ギャリックスは「有名かどうかじゃない。心を動かされたかどうか」と語り、夢を追う姿勢への共感と敬意を音楽で表現しました。
世界のフェスを沸かせるNo.1 DJでありながら、地元アムステルダムを愛し、仲間との信頼を何より大切にするマーティン・ギャリックス。
彼の楽曲や人間性に心動かされた方は、こちらの記事もぜひご覧ください。
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