レフェリーも育てる時代へ。「場数や経験数も大事」サッカーの母国イングランドとの違いは?【審判員インタビュー|第4回・佐藤隆治】
「そうですね。確かゴールデンウィーク明けくらいに記事を見て、『そんなのあるんだ』と興味を持ちました」
――レフェリーカレッジに入り、2004年に一級審判員になります。以前、お話をお伺いした時に、「JFLやJ2よりも、トップの選手が怪我明けでいたり、次の契約のシビアさのあるサテライトが難しかった」と仰られていて、さらにJ1では「注目度もあり、ひとつの判定の怖さがある」と。そして、国際審判員となり、2009年にはU-20のカタール国際大会の割り当てを受けます。国際審判員の活動はいかがでしたか?
ただ、その大会の試合よりも印象に残っているのは、同年の3月に韓国で行なわれた国際親善試合の韓国代表対イラク代表戦です。韓国代表は、南アフリカ・ワールドカップのアジア最終予選直前の試合で、バリバリのフル代表でした。選手はもちろん、スタッフの表情も、満員のサポーターが作り出すスタジアムの雰囲気も、今まで経験したことがなかった。
今思えば、もっと盛り上がるような試合や痺れる状況の試合はあります。ただ、初めての満員のスタジアムでの国歌が流れた時の緊張度、『国際審判員として、こういった環境で笛を吹いていくんだ』という気持ちをすごく覚えています」
――試合全体のレフェリングより、国を背負った選手たちやサポーターの雰囲気が生み出す特殊な試合に、どうやって入っていくのか? という難しさでしょうか。
「そうですね。試合を覚えていないということは、大きなミスはしていないと思います。ミスしたら絶対覚えていますから。ということは、試合がどうこうというよりも、国歌が流れた時の緊張感とかですよね。私が高校生の時にテレビで見た『ドーハの悲劇』や大学生の時の『ジョホールバルの歓喜』。そういった国際試合にこれから関わっていくのだと感じた。親善試合ではあったのですが、すごくインパクトが残っています。
あと、2015年のアジアカップは鮮明に覚えています。この時の私はワールドカップのアジア最終予選の割り当てを受けたことがなかった。親善試合と、アジア最終予選やアジアカップは選手の目の色も違う。それを経験したことのないレフェリーが、アジアカップに参加するとなれば、当然緊張するじゃないですか。しかも、最初の割り当てが開催国のオーストラリアの試合でしたから、よりそうですよね。この大会では、日本代表が準々決勝で敗退したこともあり、準決勝もレフェリーとして割り当てを受けました」
――自国のチームが勝ち進むと、ワールドカップであれ、アジアカップであれ、アジア・チャンピオンズリーグであれ、レフェリーは割り当てを受け辛くなりますから、巡り合わせもありますよね。
「そうですね。アジア・チャンピオンズリーグも、アル・アイン(UAE)対全北現代モータース(韓国)の決勝・第2戦のレフェリーを2016年に担当したのをよく覚えています」
――2015年のアジアカップに参加されて、アジアのトップレフェリーと触れ合って衝撃を受けましたか?
「絶頂期のラフシャン・イルマトフは衝撃でした。こんなレフェリーがいるんだと。選手上がりということもあって、スピードが凄い。そもそもの体格も大きいですし、一歩の足のリーチも全然違います。当時は、インストラクターたちも『ラフシャンの動きを見習いなさい』と言っていましたし、ポジショニングは意識させられました。
ただ、当時の日本では、ラフシャンのような動きは求められていません。日本人は正確性を求めるので、ジャッジにすごく敏感だと思います。それは、選手もそうですし、ベンチもそうですし、サポーターもそうですし、メディアの方もそうではないでしょうか。でも、海外では、判定の〇×も大事なのですが、よりポジショニングを求められます」
