新型コロナウイルスへの対応の速さで、台湾政府は世界的に評価を高めている。なぜそこまでスピーディなのか。台湾の政府系シンクタンクで長年顧問を勤めていた藤重太氏は、「日本は論功行賞などで素人でも大臣になってしまうが、台湾はその分野のプロでなければ大臣にはならない。この政治システムが最大の理由だ」と指摘する--。
撮影=藤 重太
「パソコンに触ったことのないIT担当大臣」など、台湾ではありえない――。台湾政治の中心、台北の台湾総統府。 - 撮影=藤 重太

■「国民を守れる国」は何が違うのか

事態の悪化に先んじる迅速な決定、次々と打ち出される合理的できめ細やかな措置。厳格な防疫態勢、マスクの配給システムや国民への積極的な情報公開、さらに中小企業やアーティストへの支援策まで、台湾の新型コロナウイルス禍への対応は今や世界的に評価されている。

それは単に台湾の人口が少なかったり、国土が小さかったり、たまたますごい人物が政権の中枢にいたからではない。「強い政府、機能する行政、国民を守れる国」の秘密は、台湾という国家の仕組みそれ自体にあった。日本とはどこが違うのか。今回の記事では、その本質に迫りたい。

■「たまたま優れた人材がいたから」ではない

今回の対コロナ対応で、台湾が迅速に決定を下し、行政が有効に行動できたのは、もちろん蔡英文(さい えいぶん)総統、陳建仁(ちん けんじん)副総統、蘇貞昌(そ ていしょう)行政院長(首相)、陳時中(ちん じちゅう)衛生福利部長(厚労大臣)、唐鳳(とう ほう)IT担当大臣など、素晴らしい人材の存在があったことは間違いない。また、2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)危機を経験した結果、必要な法整備がすでに整えられていたことも、あっぱれと言うほかない。

しかし、こうしたリーダーや法律があったから、台湾は今回の新型コロナウイルス禍に効果的に対応できたのだろうか。あるいは、中国と敵対していたから厳重な姿勢で取り組めたのだろうか。否、日本では誰も着目しない台湾の政治システムにこそ、強さの秘密があるのではないかと筆者は考える。

台湾では国民の直接選挙で選ばれる総統が行政院長(首相に相当)を決め、その行政院長が中心となって閣僚を任命する。最大の特徴は、「大臣」に相当する人々が誰ひとり「国会議員」ではないという事実だ。行政院長や部長・政務委員(大臣)は、立法委員(国会議員)ではないのだ。

■「立法府の人間が行政府を兼任? それで監督できるのか」

日本では、組閣の際にはどの国会議員が入閣するのかが話題になる。大臣の過半数を国会議員から選ぶことが、憲法で定められているからだ。民間人から登用されることは、特殊なケースと言っていい。任命の決め手は政権与党の派閥力学や論功行賞。そんな慣習を、日本人の誰もが当たり前と思い、慣れっこになっている。

しかし、この事実を台湾の政治に詳しい友人に聞いてみたところ、「立法府の人間が行政府を兼任して、どうして正しい監督監査ができるのか」と逆に質問されてしまった。日本の議院内閣制と、台湾の半大統領制(総統内閣制)をそのまま比較することには無理がある。しかし、日本で当たり前だと思っていたことが、根底から覆されるひと言だった。「井の中の蛙、大海を知らず」「夏の虫、氷を笑う」とはまさにこのことだ。

撮影=片倉佳史
日本の内閣府に相当する台湾行政院。現在の大臣相当ポスト21人のうち、立法委員(国会議員)経験者は3人しかいない。 - 撮影=片倉佳史

行政府(内閣)は、言うまでもなく国家の行政運営をつかさどるところ。行政府の中に省庁があり、地方行政との連携も含まれる。今回の新型コロナウイルス禍のような危機の際には、国民の安全と権利を守り、場合によっては国民に果たすべき義務の遂行を求めるといった、あらゆる「行政活動」の主体となる。

一方の立法府(国会)は、国家管理に必要な法律の制定と、行政院がつくる予算の審議、そして行政活動の監督と会計監査をするところだ。予算が立法院で通過すれば、行政機関は予算を計画通り遂行する。もし結果が悪ければ、立法院(国会)で厳しく質問監査され、行政責任が追及される。教科書にも乗っている、当たり前のことだ。

建前上は、日本もそうである。しかし、今回のコロナ“有事”に対する日本の対応をみると、その当たり前が出来ていただろうか。最も重要な初動の水際対策などでは、少なくとも台湾と大きな差があったことに異論はなかろう。台湾にある国家システムは、行政府が有事においても、そうした当たり前の事を当たり前に行える仕組みが完成されていたのだ。

■台湾の「防疫ヒーロー」たちはどこから来たのか

では、今回活躍した台湾の優秀な閣僚たちは、どこから来たのだろうか。

対コロナ対応で獅子奮迅の活躍をした台湾の高官の筆頭が、衛生福利部部長(厚労大臣に相当)であり中央伝染病指揮センターの指揮官でもある、陳時中氏(67)だ。彼は立法委員ではなく、本来の職業は歯科医師である。41歳の時に歯科医師会全国連合会の理事長になり、台湾の歯科治療の保険制度推進などに尽力。その後、行政院衛生署副署長、総統府国策顧問などを経て、2017年2月に64歳で衛生福利部(厚生労働省)の部長(大臣)に就任している。民間での活動で能力が認められ、行政府に引き上げられた人材だと言っていい。

■台湾を「マスク生産大国」にした男

一方、マスクの輸出禁止や増産体制などを整え、マスク不足問題の解決に活躍したのが、沈栄津(しん えいしん)経済部部長(経産大臣に相当)だ。彼は台湾国内におけるマスクの増産体制を作り上げるため、全国の工作機械組合、精密機械センター、マスク生産業者、紡績所、その他研究団体など30以上の企業と国家組織をまとめて、構築に3カ月から半年かかるといわれた60本のマスク製造ラインを、わずか1カ月で完成させた。

現在、台湾は1日1300万枚の生産量を持つ、世界第2位のマスク生産大国になっている。 先日、蔡英文総統はそのマスクを米国に200万枚、イタリア・スペインなどヨーロッパに700万枚、国交のある国々に100万枚送ると発表している。

この沈経済部部長も、立法委員ではない。電気工学やオートメーション化技術を学び、経済部に入省した官僚出身者だ。経済・産業行政を担当する官僚として地道にキャリアを積み上げ、科長、組長、局長、次長などを経て、大臣にあたる部長にまで登り詰めた。経済官僚として培ってきた人脈と経験が、今回のプロジェクトの成功に大いに役にたったことは間違いない。

■ワールドクラスの逸材がごろごろ

全国のマスクの在庫一覧システムを作るための情報を民間IT企業に公開し、政府の情報を国民に効率よく伝えるために活躍したのが、唐鳳政務委員(無任所大臣、IT担当大臣)だ。8歳からコンピュータープログラミングに興味を持ち、ずば抜けて知能が高く、逆に既存の学校教育になじめずに14歳で中学校を中退。高校にも大学にも進学しなかったが、独学でプログラミングを学び、16歳で液晶ディスプレイやプロジェクターの世界的大手、台湾明基公司(BenQ)の顧問になるなど、IT関連企業の要職を経験。33歳のときに一度アーリーリタイアを宣言している。

その後、行政院国家発展委員会のバーチャルワールド発展法規調整計画の顧問に就任し、デジタル社会での国家の役割や可能性などについてアドバイスをしている。その1年数カ月後の35歳の時に、行政院政務委員(内閣無任所大臣)に任命された。台湾のIT・デジタル社会構築政策を担うにふさわしい、余人をもって代えがたい才能の持ち主だと、国家(任命したのは行政院長)が判断したからだ。

さらに副総統の陳建仁氏も、公衆衛生学の分野では世界トップの米ジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院で博士号を取得した人物であり、2002〜2003年のSARS危機の際には、行政院衛生署長として大活躍した。この陳副総統も、前述の唐鳳氏も、立法委員ではない。

■「パソコンに触ったことがないIT大臣」なんてありえない

これまで挙げた4氏は、立法委員の経験などないが、担当分野については完全なプロフェッショナルだ。その十分な実務経験と実力者同士のネットワークがあってこそ、今回の新型コロナウイルス禍における迅速かつ有効な決断と行動が可能となり、この素晴らしい対応が生まれたのだろう。有能で実力のある人材であれば、学歴も性別も経歴も政治家としての経験も関係なく登用するのが、蔡英文政権の、そして台湾の柔軟性だ。

現在の第2次蘇貞昌内閣には、行政院長(首相)を除くと大臣クラスの閣僚が21名(部長12名、政務委員9名)いるが、その中で立法委員経験者は3名だけである。それ以外は、官僚及び地方公務員から9名、学者専門家から6名、弁護士出身1名、医師出身1名、そして中学中退の天才プログラマー1名(唐鳳IT担当大臣)である。閣僚全員が担当分野の専門知識を有しており、十分に能力と実力を吟味された上で「大臣」のポストに就任する。そうした仕組みが、台湾ではできている。

パソコンを触ったことのないIT担当大臣が、台湾で生まれることは絶対にない。「末は博士か大臣か」の言葉通り、官僚や学者・専門家が大臣になる道が開けているのが台湾だ。優秀で志があり、国家の行政を守るために日夜激務をこなしながら、いつまでも国会議員にアゴで使われて、印象操作で悪者にされ、出世にも限界がある、どこかの国の官僚諸氏が気の毒になる。

■「縦割り行政」の害を減らす2種類の大臣ポスト

各省庁の大臣に相当する部長と、いわゆる無任所大臣にあたる政務委員の2種類のポストがある制度にも、台湾政治の強さの秘密が隠れている。日本では、無任所大臣より大臣の方が格上という印象があるが、筆者は台湾行政では逆だと感じている。実際、行政院のウェブサイトでも、政務委員の紹介欄は部長の紹介欄より上に置かれている。日本では台湾の政務委員を「無任所大臣」と訳しているが、実は日本にはないシステムの「特殊大臣」なのだ。唐鳳政務委員がIT担当大臣として活躍できる仕組みが、ここにある。

台湾には、内政部、外交部、国防部、財政部、教育部、法務部、経済部、交通部、文化部、衛生福利部、労働部、科技部の12部(省に相当)が存在する。部長(大臣)は各部(省)・各行政部門の長として、担当行政の運営を指揮監督する立場にあり、そのことに専念する。それに対し政務委員は、国家の運営をより良く発展・改善させていくために委員会などを主宰し、各省庁を調整したり、横断的につなげていく役割を持つ。部長が行政府の縦糸だとすれば、政務委員は横糸の役割を果たすのである。

■有事にグダグダになるのも当然の日本型「素人内閣」

日本では縦割り行政の弊害が常に議論の的だが、台湾では全省庁が行政府の一員として、互いに連携・協力する体制と意識が出来上がっている。これも、今回のコロナ対応が当初から有効に機能した要因のひとつであることは間違いない。

撮影=片倉佳史
台湾の国会議事堂にあたる台湾立法院 - 撮影=片倉佳史

議院内閣制の日本は、いつの間にか国会(立法府)の「上がり」の席が大臣(行政府)のポストになってはいないだろうか。当選回数や派閥の力関係で決まってしまう閣僚。能力や経験、実力無視の、素人お気楽大臣。大臣と各省庁の官僚の間にも、多くの齟齬(そご)や軋轢(あつれき)があるように思えるし、縦割り行政も相変わらずだ。責任のなすりつけあい、責任回避のための「しない」決断や先延ばしもしょっちゅうで、今回の新型コロナウイルス禍のような非常時に機能不全に陥るのは納得できる。

また、担当省庁における指揮監督が本務であるはずの大臣が、必要以上に国会への出席や答弁に縛られているのもおかしな話だ。しかも、国会議員が大臣に質問する内容は、スキャンダルやゴシップなどの揚げ足取りばかりで、行政運営(国家)をお互いに良くしていこうとする姿勢が見えない。三権分立としての、行政府と立法府の独立は守られているのか。このような茶番が国会で続けば、最後にツケを払い困窮するのは国民だ。

■コロナ禍を機に日本の政治制度を見直せ

日本は今回の新型コロナウイルスへの対応を反省し、現行の政治運営のあり方や、「制度疲労」あるいは「制度崩壊」とさえ言いたくなる今の政治制度の限界を、今こそ冷静に見つめ直すべきではないだろうか。台湾が完璧でベストだとは、筆者も主張しない。世界にはまだ他にも学ぶべき制度や仕組みが存在しているはずだ。完璧な制度や法律など存在しないし、日本を取り巻く環境も、政治が取り組むべき課題も、時々刻々と変化している。

明治維新から150年、敗戦から75年。戦後復興で一途に走り続けた日本の制度は、まだ通用するのか。憲法施行から73年、今回の新型コロナ対応での教訓を活かすためにも、憲法第9条の改正論議よりも先に、日本の政治制度そのものについて根本的に考え直す時期が来ているのではないだろうか。

コロナ禍という災いを転じて福に変えられるか、これまでのように喉元過ぎれば熱さを忘れ、何となく窮屈で嫌な社会とこの不安を、このまま子孫に残すのか。「世界に誇れる日本」を取り戻せるかどうかは、われわれの決断と行動次第ではないだろうか。

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藤 重太(ふじ・じゅうた)
アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表
1967年、東京都生まれ。国立台湾大学卒業、経営学士、日台交流・国際経営アドバイザー。92年香港でアジア市場開発設立。台湾経済部政府系シンクタンク 顧問、台湾講談社メディアGM 総経理などを経て、現在は日本・台湾で企業顧問、相談指導のほか、「台湾から日本の在り方を考える」「日本人としての生き方」などのツアー・講演活動を展開。
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(アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表 藤 重太)