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もくじ

ー 1967年のF1南アフリカ・グランプリでの優勝
ー フェラーリの支援を受けて誕生したMC12
ー 内面はエンツォと共有するも、大きく異なるアピアランス
ー 轟音に包まれるレースカーそのままの車内
ー 首が痛くなるほどの加速度
ー 徐々に姿を見せるGT1レーサーの本性
ー サーキットのために誕生したMC12
ー マセラティMC12ストラダーレ(2004年〜2005年)のスペック

1967年のF1南アフリカ・グランプリでの優勝

南アフリカのキャラミ・サーキットの路面は、焼かれるような照り返しがきつかっただろう。温度計は32℃を指していた。真っ黒なアスファルトは太陽の光を吸収して、路面温度は60℃を超え、タイヤにも厳しい状態だった。そんな高い気温と標高1520mという環境は、サーキットへ混乱を引き起こした。

遡ること半世紀ほど前、1967年の南アフリカ・グランプリは消耗戦の様相だった。アメリカのレーシングドライバー、ダン・ガーニーはサスペンションを壊してリタイアし、ジム・クラークやジャッキー・スチュワートはエンジンの故障で早々に姿を消していた。クーパー・マセラティ・チームのヨッヘン・リントもエンジンの不具合でストップし、チェッカーフラッグを受けたドライバーより、リタイアしたドライバーの方が多かったほど。

クーパー・マセラティをドライブしていたペドロ・ロドリゲスは、トランスミッションの不具合を指摘するかたわら、ガソリンはポンプ内で温度が上昇して沸騰し、エンジンへの供給自体が困難になっていた。マセラティのエンジンを搭載したクーパーにとっても過酷なものだった。

レース終盤に向かうに連れて燃料供給の不調でクーパー・クライマックスのジョン・ラブはミスファイアを起こすようになる。そして残り6周というところで9ℓ程度の給油のためにピットイン。調子が良いとはいえなかったペドロ・ロドリゲスへトップを譲ることになる。トランスミッションの状態はひどく、変速できるのは低すぎるか高すぎるギアだけで、丁度いいギアへのシフトチェンジは不可能だったそうだ。

レースリーダーだったジャック・ブラバムはスピンし順位を下げており、クーパー・マセラティのペドロ・ロドリゲスと、クーパー・クライマックスのジョン・ラブ、ホンダのジョン・サーティースの3者によるトップ争いとなる。サーティースがドライブしたホンダRA300は3位でゴールしたが、彼の脚は加熱したペダルや足元付近の高音の補機類でやけどとなり、水ぶくれ状態だった。

最終的にメキシコ人だったペドロ・ロドリゲスがトップでフィニッシュし、1926年から始まったF1の歴史を塗り替えることになる。混乱の中とはいえマセラティにとって20世紀のモータースポーツは、1926年のシチリア島でのタルガ・フローリオで優勝したティーポ26が初めを飾り、最後はロドリゲスが駆ったマシンが飾ったかたちとなった。

フェラーリの支援を受けて誕生したMC12

それ以降、レースからは一時的に手を引く形となったマセラティ。トライデントが攻撃を仕掛けるのはミレニアムまで待たなければならなかったが、驚くほどのことではなかった。1968年にモデナの実業家オルシがブランドを放棄し、シトロエンやデ・トマゾなどと混乱の時期を過ごすマセラティ。キャラミで灼熱の中で優勝を飾ったマセラティだが、その後の煮えたぎったような財政状況を考えれば当然ともいえる。

マセラティは1990年代にかけて様々な支援に頼りながら、何とか生きながらえる。政府による支援は徐々に減額していく状況ではあったが、1994年までにイタリア国民の税金、4000億リラ(約300〜400億円)を消費していた。

親会社のフィアットによる短期的な所有を経て、フェラーリが1997年に経営へ係るようになると、経営は一気に安定化していく。高品質なロードカーを生産することが可能となり、モータースポーツへの復帰も現実のものになる。フェラーリのもとで、デ・トマゾとの関係性を払拭するには充分な、クーペとスパイダーのボディを持つ3200GTをリリース。そしてマセラティの注目はサーキットへと移っていく。跳ね馬との密接な関係性を活かす、高貴な雰囲気を持つマシンを生み出す機会を伺うことになる。

フェラーリとマセラティとの共同プロジェクトは2002年の5月にスタートする。コードネームはMCCとよばれ、レース参戦のホモロゲーション取得のために、50台の究極ともいえるマシンを生み出すことを目指した。当時のフェラーリのフラッグシップモデル、エンツォ・フェラーリに設計・技術面では大きく依存していたのだけれど。

モンツァの友人からは、モノコックシャーシを筆頭に、多くの重要なコンポーネンツを譲り受けることができた。シャシーの素材は軽量なカーボンファイバーと難燃性のノーメックス・ハニカム素材のサンドイッチ。フロントとリアには軽量なアルミニウム製のサブフレームが取り付けられた。心臓にも、エンツォと同じ5998ccの自然吸気V型12気筒エンジンが採用されている。

ツインカムヘッドを持ち、フェラーリ・マセラティのジョイントで開発されたクアトロポルテに搭載されていたV8エンジンと同じ104mmのボアを採用。630psの最高出力が与えられた。比較するとエンツォよりも30psほど劣っていることに気づくが、マセラティの許容回転数が7700rpmに制限されているため。ちなみにエンツォは660psの最高出力だが、発生回転数は7800rpmだ。カムタイミングが調整され、カム自体もチェーン駆動からギア駆動へと切り替わっている。

内面はエンツォと共有するも、大きく異なるアピアランス

マセラティのエンジニアはフェラーリ製の6速電動油圧セミオートマティックも流用している。ステアリングコラムに固定されたシフトパドルで操作可能で、わずか150ミリ秒で変速が完了する。もしスポーツモードで満足できない場合、レースモードを選択すればいい。ホイールスピンをコントロールするASRの設定を緩め、ギアチェンジのスピードは更に速くなる。

この2台の間で大きく異なるのはサスペンション。エンツォ・フェラーリがアクティブダンパー・システムを採用する中で、マセラティは従来式といえる、プッシュロッドで可動するダンパーを備えたダブルウイッシュボーン式を採用。ただし歩道に乗り上げる際などに役立つ、スイッチひとつでフロントノーズの高さを上げる機能は搭載している。エンツォよりも鼻先の長いマセラティMC12では、一層有用な機能だ。

マセラティのエンジニアが対応しなければならない技術的なタスクを考えると、プロジェクトは比較的速いペースで進んだといえる。開始から5ヶ月後、2002年の9月にはスタイリングの大枠がほぼ固まる。BMW X5の成功でも有名なカーデザイナーのフランク・ステファンソンは、かなり多忙だったに違いない。

エンツォと比較すると、サイズ感はかなり違う。全長、全幅、全高のいずれもひと回り以上大きい。全幅と全高はそれぞれ50mmほど追加され、全長は440mmも長くなっている。細身で洗練された印象のあるエンツォ・フェラーリに対して、マセラティMC12はより実戦的。伸びた前後長の殆どはフロントとリアのオーバーハングに当てられ、巨大なリアウイングと協働して巨大なダウンフォースを発生させる。

ボディパネルの内に隠されたメカニカルな部分は兄弟車とも呼べる構成ながら、エクステリアでエンツォと共有するのはフロントガラスのみ。それ以外の部分は大きく異なり、2台のデザインは写真を見ても分かる通り全くの別物だ。愛らしいと呼べるものではないが、荒々しさ剥き出しの、そのほかのロードゴーイングGT1とは異なる雰囲気をMC12は漂わせている。

エッジが目立つ角ばったエンツォと対象的に、マセラティのフロントマスクは有機的。滑らかなボディラインに、大きく口を横に広げて微笑んでいるようなグリルが収まる。ボンネットには大きなエアスリットが穿たれており、今回の写真撮影のような夏の陽光を受けた環境では、強い陰影を描き出す。

轟音に包まれるレースカーそのままの車内

リアセクションもどこか動植物のデザインを想起させる。リアウインドウはないかわりにスリットの入ったカウルが覆い、巨大なウイングがそびえ、フロントよりは人工的。フロントノーズの両端に取り付けられたヘッドライトにはカウルがなく、テールランプもエンジンの効率を最大限に優先させているようだ。ランプ類は後付された雰囲気すらある。合法的に、下品にならないギリギリのラインに留まっている。

この注目を集めないわけがないアピアランスだから、路肩の歩行者は突然姿を現したMC12に驚きを隠せなかっただろう。何しろ、オーナーのアレックス・バビントンは、今回の取材のために積載車を利用すると聞いていたのだが、キャンセルして自走してきたのだから。ウィンブルドンにあるガレージ、ジョー・マカリから、40kmほど離れた今回のテストコースまで、ロンドンの渋滞も抜けてやってきた。

だからといって、マセラティMC12が実用的なロードカーにもなり得ると、勘違いしない方がいい。エンツォがバタフライドアなのに対し、一般的な横ヒンジのドアを採用していたとしても。だが、MC12への乗り降りは比較的簡単。少し注意しながら、青いレザーで覆われたカーボンファイバー製のバケットシートへ身体を滑り込ませればいい。運転席は左側にある。

新車当時、MC12を試乗したテスターは、スーパーカーの標準と比較して充分に豪華だと評価していたが、私にとってはレースカーがベースの、スパルタンなものにしか見えなかった。明らかに太い横転に備えたロールゲージのパイプが走り、エンジンルームを隔てる防火壁が後方視界を閉ざす。キーをONにして青いエンジンスタートボタンを押さずとも、グランドツアラーというより、レースカーそのものの雰囲気だ。

エンジンが目をさますと、キャビンはカムとプーリーのメカニカルノイズで包まれる。防火壁でエンジンサウンドが吸収され、聞こえてくるのはセメントミキサーの巨大版のような轟音。もちろん、最近流行りのサウンドエンハンサーなどは備わっていない。

いざアクセルを踏もうとするも、ミラーや信号、操作のひとつひとつの重要度が極めて高い。ドアミラーは左右にふたつ付いているが、僅かな後方視界を与えてくれるだけで、特にクルマの直近にある沢山の死角は埋めてくれない。おかげでクルマの幅が極めて広く感じられる。クローズされたサーキットであっても、慎重にならざるを得ない。

首が痛くなるほどの加速度

マクラーレン・セナのようにエンジンが遠吠えし、右のパドルを1度タッチすると1速に入った。セミオートマティックだから、足元にはペダルがふたつだけ。スロットルペダルへの操作は極めて鋭く、タコメーターの針が驚くスピードで回転し、警告灯が灯る領域の手前でパドルを弾く。

通常ならこのサーキットは、3速に入れたあたりでコーナーに向けて減速し、緊張感を味わう場面だが、マセラティは3速だと加速の途中。レブリミッターに当たる直前を意識しながら、シフトアップを繰り返し、MC12は5速まで使って加速する。首が痛くなるほどの加速度で、ストレートを突き進む。ロードリーガルなGTカーではなく、ミュルザンヌを突き進むグループCカーのようだ。

12気筒のエンジンはサーキットの周囲に反響しキャビンに歪んで響いてくる。変速の度にキャビンは激しく共鳴し、荒れた路面を通過すると賑やかなロードノイズも加わる。これみよがしなエグゾーストノートもテールエンドから解き放たれる。最高速度329km/h、最高出力630ps、0-96km/h加速3.8秒のスーパーマシン。スペック通りに速い。

迫る低速コーナーに備えて3速に落とす。コーナー入口まではぐっと我慢。スピードメーターに一瞬目を落とすと100km/h程で、エイペックスめがけてノーズの向きを矯正する。エンツォ・フェラーリのようにマセラティMC12にはセラミック・ディスクブレーキという装備がない。トライデント・エンブレムが跳ね馬に及ばないポイントのひとつだ。だがブレンボ製となる、コンパクトカーのタイヤより大径のドリルドローターは、4点ハーネスで身体を支える必要性を実感できるほどに、クルマのスピードを強制的に削ってくれる。

カーブの続くセクションで、クルマの持つ性格が際立ってくる。エンジンが吠え、滑らかにシフトアップし、スピードが上昇していくにつれて走りも流暢になる。低回転域では居心地の悪そうなエンジンと似ている。シフトチェンジの速度は、メーカーが公表している時間ほど速く感じられない。また41:59とかなりリヤ寄りな重量配分が、コーナーの切り返しでは不安定さを浮き彫りにする。

徐々に姿を見せるGT1レーサーの本性

だが、コーナー手前でしっかり減速すると、マセラティのコーナリング性能の高さに衝撃を受けた。ボディロールはほぼ発生せず、横Gが掛かり、床に落ちて見失っていた小銭が転がる音がカーボンファイバー製のシャシータブから聞こえる。ボディサイズに対する不安は徐々に消えていき、コーナーを抜けていくほどに、マセラティはGT1レーサーの本性を表していく。

大きく湾曲したフロントガラスと、幾本もスリットの入ったフロントフェンダーの峰が、優れた前方視界とタイヤの位置感覚を与えてくれる。コーナーのイン側にMC12を進めていく自信が生まれてくる。このまましばらく走っていたいと感じた頃に、悲しいことにタイムアップとなった。

ガレージから公道に出て、通勤に使うようなことは想像できない。だが、途中で厄介な警察官に出くわしたとしても、たどり着いたサーキットでの走りは疑いようもなく素晴らしい体験だ。

マセラティMC12が2004年に発表された時、多くの人々はその内容に困惑した。ベースとなったクルマよりも内容的に劣る、マセラティ製のボディをまとったスーパーカーに、大金を払う理由を見つけることができなかった。サスペンションもコンベンショナルで、ブレーキも最高出力も、トップスピードもエンツォより劣っていたのだ。リアウインドウがないことで後方視界は皆無だから、実用性も期待できない。加えて新車当時、世界で最も高価なクルマでもあった。

MC12を構成する部品をすべて集めたとしても、当時の新車価格を超えることはなかったはず。エンツォ・フェラーリを差し置いて、MC12を新車で購入したオーナーは、情熱に掻き動かされた一部に過ぎなかった。しかし今では値は釣り上がり、250万ポンド(3億6250万円)は下らない。

今でもこのクルマを購入するには相当な情熱が必要なことには変わりはない。しかし、理性を忘れて心のままにクルマを選べるという幸せも、この実態を知ってしまうと、理解できないものではないのだった。

サーキットのために誕生したMC12

MC12は、当時のマセラティにとって耐久レース参戦への唯一の切り札だった。要件となっていた25台の公道仕様となる「ストラダーレ」が製造されるとすぐに、マセラティがバックアップしていたイタリアのレーシングチーム、AFコルセはFIA GTチャンピオンシップへの参戦を表明する。

しかしMC12の圧倒的な性能を憂慮したFIAは、90年代のメルセデス・ベンツCLK GTR参戦時と同様に、公認をシーズン後半まで遅らせる決定をする。競争が発生しないレースは、面白みも薄れてしまうためだ。だが2005年には参戦が認められ、マセラティは239ポイントを獲得し、コンストラクターズタイトルを射止める。ライバルを寄せ付けない強さで、フェラーリの倍近いポイントを稼ぎ出した。

その後MC12は2006年から2009年にかけても参戦し、2010年のFIA GT1世界選手権でも優勝を果たしている。一方でMC12の長すぎる全長から、アメリカン・ル・マン・シリーズでは参戦することすら難しかった。2005年に参加が認められるが、ポイントは獲得できていない。アメリカ・ヒューストンに本拠を置くレーシングチーム、リシ・コンペティツィオーネからも1台が参加していたものの、最終戦のラグナセカではクラッシュしてリタイアしており、記憶には残らない結果となった。

GT1での好成績を土台に、MC12のサーキット仕様「コルサ」も資金力のある富裕層へ向けて生産された。マセラティのカラー、ブルービクトリーで塗られたMC12コルサの価格は100万ユーロ(1億3000万円)。マセラティが認めたサーキットでの走行会、トラックデイでのみ走行が許された。GT1仕様に準じた最高出力は、755psを誇ったという。

マセラティMC12ストラダーレ(2004年〜2005年)のスペック

■価格 新車時56万ポンド(8120万円)/現在250万ポンド(3億6250万円) 
■生産台数 50台 
■全長×全幅×全高 5143✕2096✕1205mm 
■最高速度 329km/h 
0-96km/h加速 3.8秒 
■燃費 4.3km/ℓ 
■CO2排出量 − 
■乾燥重量 1335kg 
■パワートレイン V型12気筒5998cc 
■使用燃料 ガソリン 
■最高出力 630ps/7500rpm 
■最大トルク 66.3kg-m/5500rpm 
■ギアボックス 6速セミ・オートマティック