まったく違うスポーツを観た気分になった。

 日本がマリと引き分けた3月23日、ベルギー・リエージュの宿泊先でドイツ対スペイン戦をテレビ観戦した。キックオフからしばらくはテレビ画面に集中して、それからは仕事をしながら観るつもりだったのだが、いきなり画面から眼を離せない。

 アウェイのスペインが、ドイツの機先を制してネットを揺らす。開始6分だった。イニエスタのスルーパスに1トップのロドリゴが反応し、GKテアシュテーゲンを無力化した。

 DFの間を通しつつ、GKに飛び出すタイミングと距離を与えないイニエスタのパスは、ロドリゴにとって最高のタイミングだった。オフサイドラインのギリギリでDFの背中を取り、イニエスタのスルーパスを得点へ結びつけたロドリゴの動き出しも、パスの出し手とすれば申し分のないものだっただろう。

 スペインはその後もドイツを押し込む。攻撃から守備への切り替えが抜群に速く、敵陣の高い位置でボールを奪い返していく。右サイドバックのキミッヒを狙い撃ちした赤いユニフォームのハイプレスは、世界王者を一気にロープ際まで追い詰めていったようにさえ見えた。

 実際に前半のドイツは、ほとんど何もできなかったと言っていい。スペインと同じように敵陣からプレスをかけても、個の力で剥がされてしまう。ボールを奪えたとしても、決定機を作り出すには至らない。

 イニシアチブを握っていたのは、間違いなくスペインだった。ただ、このままでは終わらないのが世界王者たる所以である。

 左サイドからいったん敵陣の奥まで侵入し、DFラインを下げさせたところでトーマス・ミュラーがゴールのほぼ正面から右足を振り抜く。ペナルティエリア外からの力みのない一撃が、GKデ・ヘアを破ってゴール左上へ突き刺さった。

 ドイツの同点弾は35分である。前半の残り10分はそのまま終了し、後半開始からは両チームともに選手を入れ替えていく。2点目を奪うよりも選手のテストに軸足が移ったゲームは、そのまま1対1で終了した。

 結果的にはテストマッチらしいスコアに着地したが、際立ったのは応用力の高さである。

 両チームともにまずは自分たちのスタイルをぶつけようとするが、うまくいかなければすぐに頭を切り替える。スペインはポゼッションだけでなく速攻も繰り出し、ドイツも速攻とリスタートを生かそうとした。

 複数の攻撃パターンを見せることで相手の目先を変え、それによって自分たちのスタイルを改めて際立たせるのだ。そのためにプランBからプランCまでを用意していて、監督がテクニカルエリアで大声を張り上げるまでもなく選手たちがその場、その場で最適解を導いている、との印象を受けた。
 
 ひるがえって、日本対マリ戦である。

 使いたい選手がいなかった。新しい選手をテストした──それは間違いない。しかし、その結果としてピッチ上で表現されたのは、ハリルホジッチ監督の目ざすサッカーでなく、日本人選手が本来持っている良さを出すものでもない、どうにも中途半端なサッカーだったのではないか。

 複数の選手のイメージがつながったパス交換が、果たして何度あっただろうか。W杯なら戦犯と言われるような決定機でのシュートミスが、果たして本当にあったのだろうか。
 
 PKによる失点はアンラッキーでもあったが、日本の同点弾は93分だった。テストマッチとしては、かなり長めのアディショナルタイムが与えられていたのである。ベルギー人主審の“忖度”が、日本を敗戦から救ってくれたとしたら言い過ぎか。

 いずれにせよ、W杯の初戦を6月19日に控えるチームの現在地としては、率直に深刻と言わざるを得ない。国内組で戦った昨年12月のE−1選手権を除けば、日本が最後に勝ったのは昨年10月のニュージーランド戦までさかのぼる。その後は4試合連続で勝利から遠ざかっているチームには、焦燥感がはっきりと忍び寄っている。

 マリ戦がこのような結果になった以上、27日のウクライナ戦の重要度はさらに増した。英雄アンドリー・シェフチェンコ率いる東欧のダークホースは、23日にサウジアラビアとテストマッチを行ない、1対1で引き分けている。

 国際Aマッチ出場の少ない国内組に、経験を持った選手を何人か加えたウクライナが、どのようなモチベーションで挑んでくるのかは分からない。テストマッチらしいほどほどな熱量で臨んでくるとしても、W杯後へつながるアピール合戦の位置づけだとしても、日本に求められるのは勝利だ。そのためには、スペインやドイツが見せたような柔軟性と割り切りが必要なのだが。