母猫に捨てられ瀕死の重症だった子猫。夜間救急、徹夜の看病、朝一番の輸血…「決して諦めない人たち」の行動
夏の公園で、「猫のお水を捨てないでください」と書かれた水入れを見かけたことはないだろうか。
夏は野良猫たちにとって、過酷な季節だ。焼けつくような日差しを受けながら、火傷するほど熱くなったアスファルトの上を餌や水を求める猫たちに、せめてもの思いやりとして与えられた水場である。
もし近所で水場を求めてさまよう猫を見かけたら、水を入れた容器を与えてほしいと、動物保護活動家・坂上知枝さんは言う。
坂上さんは、「人間の都合に振り回される動物を救う」ことを目的に、2020年に設立した一般社団法人「ワタシニデキルコト」(ワタデキ)の代表だ。
2024年8月、そんな猛暑の千葉県で、やせ細り、力尽きる寸前だった1匹の子猫が人家の縁側へとたどり着いた。母猫に置き去りにされたとみられるその子猫は、最後の力を振り絞って縁側に飛び乗り、そこにいた住民の目の前で倒れ込んだ。
住民はその子猫を保護して病院に連れていくも、悪化するばかりの病状に不安を抱き、ワタデキに相談の連絡をする。届いたSOSを受け、引き取った子猫に、坂上さんは「めだか」と名付けた。
受け取ったその足で病院に連れていくと、猫風邪、低体温、低血糖、脱水、重度の貧血と、命を脅かす症状が次々と判明。このまま朝を迎えられないかもしれない――そんな危機的な状況のなか、保護主、獣医師たち、そして坂上家の猫までもが力を貸し、めだかの命をつなごうとしていた。
子どものころから捨て犬や捨て猫を見過ごせず、保護しては世話をし、新しい家族につなげてきた坂上知枝さん。2020年9月に、動物支援と保護を目的とする一般社団法人「ワタシニデキルコト(ワタデキ)」を立ち上げた。本連載は、東京・千葉・福島などの保健所や愛護センターと連携し、ボランティアメンバーたちとともに、犬や猫の救助、ケア、里親探しに奔走する日々を、ワタデキで坂上さんとともに活動するメンバーの視点から伝える。
後編では、死の淵にいた小さな命を救った「助けたい」という思いのリレーを追う。
坂上さんが呼びかかけても「めだか」の反応はほぼない状態だった。
このままでは夜を越せないのでは
「めだか」と名付けられた子猫は、坂上の祈りもむなしく、目の前で、どんどん調子が悪くなる。何も飲み込めず呼吸も荒いまま。低血糖と貧血がかなり進んでいるに違いない。このままだと夜を越せないのではないか。そう思った坂上はめだかを連れて夜間専門の動物救急病院「TRVA」に駆け込んだ。深夜3時半を回ったころだった。
「行きの車の中でもめだかはぐったりと動きませんでした。タオルで包みカイロで温めながら腕に抱いて搬送しました。意識を失わないように『頑張れ、頑張れ』と声をかけ続けると、か細くぐるぐると喉を鳴らしてくれました。それでもいつ呼吸が止まるか分からず、ずっと緊張状態でした」(坂上)
病院で治療を受け、坂上さんの呼びかけに必死に応えようとするめだか。
ちゅーるを指先につけ差し出すと
「緊急だと伝えておいたので、病院に到着すると診察室がめだかの受け入れ態勢になっていました。『頑張れよー! ほら、起きて一!』と4人の先生たちが声かけをしつつ、テキパキと処置をしてくれました。
ブドウ糖を静脈から入れて抗生剤やビタミンを打つと、あれだけぐったりしていためだかが顔をあげたのです。すかさず、ちゅーるを指先につけて目の前に差し出すと、ペロリ。先生たちが「あ! 食べた!」と歓声を上げてくれたのを覚えています。『よかった! ギリギリだったね。頑張ったね!』そうやって皆さんで喜んでくださいました。『ただ、これは一時的なもので、また2時間もすればぐったりしてくるので、血糖値を下げないようにこまめに口に入れてください。そして、状態が悪すぎて血液検査はできなかったのですが、貧血の可能性も大なので、明日かかりつけの先生に診せてください』
留置針も入れてもらい、意識が戻っためだかを連れて帰宅しました」(坂上)
こうして九死に一生を得ためだか。病院を出るころには夜は明けていたが、帰宅後もめだかの血糖値を下げないために、坂上と娘は寝ずにブドウ糖とミルクをシリンジで与え続けた。
「今すぐに輸血した方がいい」
「めだかの目を見ると、一生懸命生きようとしているのが分かりました。でも、耳や歯茎は真っ白で、状態はまた、悪くなってきてしまいました。朝、いつもお世話になっている近くの「シンバアニマルホスピタル」にめだかを連れていきました。
病院でまずは、ブドウ糖を静脈から入れてくれましたが、それでも回復しませんでした。
ブドウ糖を入れていることで脱水もさらに進んでしまっているのだろうと、補液をしつつ血液検査をしてもらうと、やはり酷い貧血であることが分かりました。TRVAの先生が『低血糖が落ち着いても、今度は貧血で問題が起こってくる可能性が高いです』と言っていたとおりでした。今すぐに輸血した方がいいと言われ、急いで私だけ自宅に戻り、供血のために我が家の猫を2匹連れてまた病院に戻りました」(坂上)
猫の供血とは、輸血が必要な猫のために健康な猫が血液を提供することをいう。提供する猫は事前に健康状態や血液型などを確認したうえで採血する。若く健康で体重のある個体が適切とされており、坂上の家から連れてきた2匹のうち、1歳の「おにい」と呼んでいるオスが選ばれた。
「おにいはおとなしくとても良い子に供血してくれました。その血をめだかに輸血し、輸血後は先生が10分おきにずっと口に栄養補給液を入れてくれていました。
夕方、お迎えに行くと、めだかが目を開けて顔を持ち上げたのです! ちゅ〜るを見せると、食べたそうにさえする姿を見て、先生たちと口を揃えて"輸血ってすごい!"と感動しました。
その後も、持ち直してはまた落ちるを繰り返していたので予断は許されない状態は続きましたが、血色が戻ってきためだかをみて、大丈夫だ! いける! と思いました」(坂上)
輸血の甲斐あってか、ちゅーるを前に旺盛な食欲を見せ始めるめだか。
「本来なら死ぬ子。諦めないでありがとう」
帰宅後は、供血したおにいの方も体調を崩すこともなく、もう1匹の猫と一緒にご褒美のオヤツと大好物のフードをたくさん貰った。坂上や娘からも「おにいちゃんはヒーロー! かっこいい!」などと褒めたたえられ、大満足の様子だった。
「一時は瀕死の状態だっためだかですが、それから3日後、なんと自力で立ち上がりトイレに行けるようになりました!
輸血のおかげで耳や歯茎もピンク色になり、血液検査の結果も血糖値は正常、貧血もずいぶんと改善されていました。
『本来ならもう完全に死ぬ子ですよ。諦めないでくれてありがとう!』病院でそう言われて涙が出ました。
瀕死の子猫を抱えて不安になりながらも病院に連れていき、体調の悪化に気づいてワタデキに相談し、千葉の南房総から東京まで連れてきてくださった保護主さん。
すぐに対応してくれた上、元気になるまでずっと朝から夜中までアドバイスをくれ続けたたんたんペットクリニックさん。
ドラマの救命救急24時さながら、骨と皮のこんなに小さな子猫の難しい留置も入れ、死にかけていためだかを救ってくれたTRVAさん。
すぐに輸血をと動いてくれて、休み時間もなく10分おきにシリンジで栄養を入れてくれていたり、心配して電話をくれたりといつも助けてくれるシンバアニマルホスピタルさん。
そして、『めだかちゃんに』と寄付や支援物資などで応援してくださった方々。
『死んでいたかもしれなかった』小さな命が、たくさんの方のあたたかく熱い思いによって救われたのだと心から思います」
「今回のめだかのように子猫が体調不良を起こしてしまう大きな要因は低血糖・貧血・脱水です。ふらふらと歩く、またはぐったりした子猫でも、諦めずに体を温め、シリンジやスポイトで砂糖水(水と同量の砂糖)を1滴ずつ与えながら、なるべく早く動物病院を受診させることで、助かる命が増えるかもしれません」(坂上)
めだかは今年の夏、坂上家で2歳を迎える。控えめで穏やか、1度飢えてしまった経験もあってか、食べることが大好きな猫に育った。
やせ細って死にかけていたころが嘘のようにふっくらとして毛艶がよくなり、窓辺でのんびりと転がって眠る姿は誰よりも幸せそうだ。
