クルド人差別を止めようとした弁護士が標的に 在日コリアン弁護士が提訴「連鎖断ち切りたい」
在日クルド人へのヘイトスピーチを止めようとした弁護士が、今度は自身の民族的出自を理由に、差別や誹謗中傷の標的になった──。
埼玉県蕨市で活動する金英功(キム・ヨンゴン)弁護士は、自身をブログ上で「性獣クルドのレイプ問題と、クルド人へのデモを禁じる朝鮮人弁護士」などと中傷されたとして、投稿者に約720万円の損害賠償を求める訴訟を起こした(投稿者側は請求の棄却を求めている)。
金弁護士によると、在日クルド人への差別を止める裁判の弁護団に参加したことをきっかけに、自身も攻撃を受けるようになったという。5月20日の第1回口頭弁論後の会見で「差別を止めようとした人が、今度は差別の対象になる。この連鎖を断ち切りたい」とうったえた。(碓氷連太郎)
●Googleレビューに星1、事務所へのクレームも
埼玉県川口市と蕨市は、さまざまな事情でトルコから来日したクルド人が多く暮らす地域として知られている。
一方で近年、在日クルド人に対するヘイトスピーチや嫌がらせが深刻化している。2023年ごろからは、街中で子どもを盗撮されたり、「日本から出ていけ」などと電話で怒鳴られたり、突然暴行を受けたりする事案も報告されている。
日本クルド文化協会も、2023年9月以降、特定の街宣活動関係者から「クルド人は日本から出ていけ」「自爆テロを支援するクルド協会は日本にいらない」などのヘイトスピーチや、事実に反する中傷を繰り返し受けたという。
協会側は、事務所から半径600メートル以内でのデモや街宣活動の差し止めと、計550万円の損害賠償を求めて提訴。さいたま地裁は2024年11月、協会事務所から半径600メートル以内でのデモを禁じる仮処分決定を出した。
仮処分決定の翌日、原告側は記者会見を開いた。金英功弁護士も23人の弁護団の一員として出席したが、その後、自身を標的とするブログ記事が現れるようになったという。
金弁護士は、その内容について、在日朝鮮人である自分と在日クルド人の双方への敵意をあおり、日本社会の分断を深めるものだと受け止めた。
発信者情報開示請求を通じて、北陸地方在住の投稿者を特定し、謝罪と再発防止に向けた対応を求める内容証明郵便を送った。
金弁護士側は、投稿について、クルド人を性犯罪やテロ行為と結びつけ、自身についても民族的出自をことさらに強調して憎悪や差別感情をあおる内容だと指摘している。
これに対して、投稿者からは「行きすぎた表現が多かったため、一定の謝罪はしたいと思う」としながらも、「差別ではなく、犯罪への糾弾だと思った」とする回答が届いたという。
さらに投稿後には、金弁護士の事務所へのクレーム電話や、Googleレビューへの低評価投稿など、複数の嫌がらせも始まったとしている。
●「自分が標的になると、また違う思いがあった」
5月20日の口頭弁論後の記者会見で、金弁護士は次のように振り返った。
「仮処分決定前から、申立書の写しがSNSで拡散され、私の事務所の写真なども投稿されていました。しかしその時は大きな広がりはありませんでした」
「仮処分決定後の記者会見をきっかけに、私の名前が報道で広く知られるようになり、思ってもみなかったような誹謗中傷にさらされることになりました。『朝鮮人が日本を乗っ取ろうとしている』などの投稿が増え、偽アカウントも作られました」
見知らぬ人物から電話で個人攻撃を受けたこともあったという。
「これまで被害者の代理人として活動してきたことで、被害を受けるつらさは痛感していたつもりでした。しかし、いざ自分が標的になると、また違う思いがありました」
「ネット上のことではありますが、実際に誰かが事務所に押しかけてきたらどうしよう、後を付けられて家族が被害に遭ったらどうしようという気持ちもありました。中傷を受けた数日間は、精神的につらい日々でした」
一方で、金弁護士は「同じような境遇の人や、これから同じような被害に遭う人のためにも意義がある」と考え、原告として裁判を起こすことを決めたという。
「これは単なる名誉毀損や侮辱ではありません。マイノリティを守ろうと立ち上がった別のマイノリティに対する二重の差別であり、その連鎖を断ち切るための裁判です」
●「関係者差別」という問題提起
原告代理人の韓泰英(ハン・テヨン)弁護士は、一連の投稿について「マイノリティの尊厳を奪う人種差別であるだけではなく、『関係者差別』である」と指摘した。
「マイノリティへの人種差別を止めようと思えば、弁護士が弁護団に参加することもあります。しかし、差別を受けている側に立っただけで、自身も差別されるという空気が存在します。それは許されないことであり、議論を確立する必要があると考え、『関係者差別』という表現を使いました」
近畿大学人権問題研究所の李嘉永(リ・カヨン)准教授によると、関係者差別とは「被差別当事者と何らかの関係があることを理由としておこなわれる差別」を指すという。
たとえば、いじめられている人をかばった結果、自分もいじめの対象になる──。その構造と重なる側面がある。
もっとも今回、日本クルド文化協会の弁護団全員が、同様の攻撃を受けたわけではない。
師岡康子弁護士や神原元弁護士は、自身について「反日」などとする投稿は確認されなかったと説明した。
そのうえで師岡弁護士は、金弁護士が在日コリアンであり、朝鮮学校に通っていた経歴から、「北朝鮮人」「朝鮮系左翼弁護士」などの中傷の標的になったのではないかとの見方を示した。
●「脈々と続いてきた差別」
弁護団の宋恵燕(ソン・ヘヨン)弁護士も、マイノリティへの差別を止めようと活動したことで、大量の懲戒請求を送り付けられた経験を語った。
宋弁護士は2017年ごろ、あるブログ内の「反日リスト」に氏名や事務所の連絡先を掲載された。川崎市でのヘイトデモ差し止めなどに関わったことをきっかけに、別の在日コリアン弁護士とともに、約1万通の懲戒請求を受けたという。
その後、懲戒請求者らを相手取った民事訴訟を起こしたが、最高裁判決が出るまで、実に8年もの時間を要した。
「私は原告ではあっても怖かった。金弁護士のように記者会見をすることもできませんでした。この8年間、息をひそめるように、拡散された情報を消したり、事務所のホームページから顔写真を削除したりしてきました」
「全国から懲戒請求が届いたので、正面から戦うことができませんでした。しかし、法的措置を取ることで、『ただでは済まさない』というメッセージにはなったと思います」
そのうえで宋弁護士は今回の裁判についてこう語った。
「金弁護士の裁判は単体のものではなく、脈々と続いてきた民族差別のひとつだということを、ぜひ理解してほしいと思います」

