離婚後の養育費請求権はきわめて重要(わたなべりょう/PIXTA)※写真はイメージ

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「妻子と離婚する予定ですが、とても母子で生活できそうにないので生活保護を受けさせてやれないか」

こんな相談が、私の行政書士事務所に定期的に寄せられてきます。

一見すると「離婚相手の今後の生活を心配して、行政の手続きまで手配してあげている」と、善意解釈できるかもしれません。しかし、立場の弱い配偶者を言葉巧みに生活保護に誘導し、正当に受け取るべき婚姻費用や養育費を放棄させ、本来自らが負うべき経済的責任を不当に免れる狡猾な手口である場合もあります。

実際に、離婚、別居の話し合いの渦中で、配偶者から、

弁護士が役所に同行して生活保護を受けられるように手配してやるから、養育費も婚姻費用も請求しないでほしい」

といった言葉を投げかけられたというケースが、頻発しています。

今回は、離婚や別居の場面で横行する「生活保護の不当な利用を前提とした権利放棄の強要」に対して、泣き寝入りせず、自分と子どもの身を守るための正しい法的知識について解説します。(行政書士・三木ひとみ)

毅然とした対応で正当な権利を勝ち取った事例

夫から上述の言葉を投げかけられたのは、妊娠発覚後に夫の不貞行為が発覚し、別居することになったシングルマザーのマリカさん(仮名・30代)です。パートナーに裏切られ、深い悲しみと今後の生活への不安で精神的に最も脆弱になっているタイミングでした。

マリカさんは藁にもすがる思いでいくつか公的な相談窓口に足を運んだものの、どこへ行ってもマニュアル通りの対応や、「まずはご夫婦で話し合って」「夫婦喧嘩は犬も食わない」などといった意味のない言葉ばかり。法的な知識もない妊婦は、孤立無援の状況に陥りました。

絶望のどん底にいたマリカさんを立ち上がらせたのは、夫への強烈な「怒り」でした。

「妻とこれから生まれるわが子をゴミのように捨てておいて、自分だけ責任逃れをするなんて許せない。ばかにするな」

その怒りと、母親としての意地が、生き抜くための爆発的なエネルギーへと変わったのです。マリカさんはそこから、驚くべき行動力を発揮します。

まずは、大きくなっていくお腹をゆったりとした服で必死に隠し、身体への負担が少なく、かつ時間の融通が利く日払いのアルバイトの面接を片っ端から受けました。臨月が近づき外で働くことが難しくなると、今度は単価が安くても在宅でできる業務委託の仕事をかき集め、大きなお腹を抱えながらパソコンに向かいました。

さらに、無料で使えるSNSを最強の武器として駆使しました。自身の置かれた過酷な状況を発信し続けたところ、見ず知らずの心ある人々から「これ、うちの子が使っていたものですが役立ててください」と、ベビーベッド、衣類、育児用品のお下がりが次々と届くようになったのです。

妊娠中・出産直後で思うように働くことが難しい中で、マリカさんは自分の知恵と汗、SNS越しの善意を頼りに、過酷な日々を生き抜きました。この壮絶な自活の経験が「私は一人でもこの子を守り抜く」という揺るぎない自信に繋がったといいます。

マリカさんは、夫の身勝手な申し出を一蹴し、自ら家庭裁判所に「婚姻費用分担調停」を申し立てました。その結果、会社員である夫から月12万円の婚姻費用を受け取れることになりました。

これにより、経済的な不安に追われることなく、慰謝料と養育費の協議に落ちついて臨むことができたのです。

法律が定める「生活保持義務」の圧倒的な重さ

本来、法律(民法)は、家族間の扶養について非常に手厚い権利を保障しています。民法877条は直系血族や兄弟姉妹の扶養義務を定めていますが、中でも「夫婦間」や「親の未成年の子に対する扶養」は、「生活保持義務」と呼ばれる極めて強い義務が課されています。

すなわち、「自分に余裕があれば援助する」というレベルではなく、「自己の生活を犠牲にしてでも、相手に自分と同程度の生活をさせる」という重い義務です。

さらに、養育費や婚姻費用を取り決めたにもかかわらず支払わない無責任な親に対しては、法律は厳しい態度で臨んでいます。

一般の借金などで給料を差し押さえる場合、原則として手取り額の4分の1までしか差し押さえることができません。しかし、子の養育費や配偶者の婚姻費用については、保護の必要性が高いため、給料の「2分の1」まで差し押さえの範囲が拡大されています。

また、通常の差し押さえとは異なり、未払い分だけでなく将来支払われる予定の分についても継続して差し押さえることが可能な特例も設けられているのです。

「元夫の機嫌を損ねると、養育費をもらえなくなるかもしれない」と、びくびくする必要はありません。養育費額の合意を文書でしておけば(当事者間の合意文書、審判書、調停調書、公正証書)、「養育費月額8万円×子の人数」までは、他の債権者に優先して回収できる先取特権が付与されており、優先して弁済を受けることができます。

生活保護があるから払わない」は裁判所も否定している

民法上の扶養義務は、生活保護に優先して行われるべきことになっています(生活保護法4条2項)。ただし、扶養能力のある親族が現実に援助してくれない場合には、生活保護を受給すること自体は妨げられません。

ところが、厄介なことに、この「現実に援助してもらえなければ生活保護が受けられる」という実務上の運用を逆手に取り、「自分が扶養を拒否すれば国が生活保護を出してくれるだろう」と都合よく解釈し、本来支払うべき養育費を免れようとする者がいます。

実際、調停や話し合いの現場では、「あいつが勝手に出て行ったんだから、国に頼ればいいだろ」「俺の給料からこれ以上ふんだくる気か」といった、自身の扶養義務を放棄するような発言が聞かれることも珍しくありません。自らの不貞や非を棚に上げ、配偶者と我が子の生活を公的機関に丸投げして自身の経済的負担を免れようとする、言語道断の論理です。

当然のことながら、司法はこの身勝手な論理を明確に否定しています。

別れた妻子が生活保護を受けていることを理由に、元夫が婚姻費用の分担を免れようとした事案において、これを退けた裁判例があります(名古屋高裁平成3年(1991年)12月15日決定)。

また、養育費の支払い義務を負う元夫が生活保護を受給していたケースで「養育費の負担を免れることはできない」と判示した裁判例すらあります(東京高裁平成24年(2012年)8月29日決定)。

福祉事務所も厳しく対応、「安易な合意」の危険性

行政側(福祉事務所)も、こうした責任逃れによる安易な保護の利用には慎重な対応をとっています。

生活保護手帳別冊問答集には、離婚していない別居中の世帯から保護申請があった場合、単に別居という理由のみであれば、生活の維持はまず当事者間で解決すべきことを助言することとしています。

そして、夫に資力があるときは「婚姻費用の分担に関する調停、審判の申立て等を家庭裁判所に対して行うよう助言」することと明記されています。つまり、行政もまずは法的権利を正当に行使するよう促すのです。

なお、当事者間の合意に基づいて生活保護利用者が自らの生活を犠牲にして保護費の大半を権利者に支払うような合意をした場合、保護実施機関は「権利者による経済的搾取が疑われる」として、経済的虐待からの分離などを検討すべきとしています。生活保護はあくまで当事者の最低限度の生活を保障するものだからです。

安易な同意はしないこと、正しい知識で防衛を

本来であれば、配偶者からの適正な婚姻費用や養育費によって自立した生活が送れたはずの人が、相手方の責任逃れによって生活保護に陥る事態は、ひとつの家庭の不幸に留まりません。

生活保護制度は国民の税金によって支えられる「最後のセーフティーネット」であり、支払う能力のある者の個人的な経済的責任を公的負担に肩代わりさせる行為は、制度の趣旨を揺るがすものであり、社会全体に負担を押し付ける看過できない行為なのです。

「代わりに生活保護の手続きをしてやる」という言葉の裏には、あなたから正当な権利を奪い、自身の経済的負担を免れようとする意図が隠されているかもしれません。

離婚や別居という極限のストレス状態にあっても、決して相手のペースに乗せられて安易な書面にサインしないことです。まずは弁護士や公的な相談窓口を頼ってください。

外部のサポートを得ながら、自らの権利を正しく主張し相手の不当な要求を退けることは、子どもの尊厳を守り、新しい人生を安心して歩み出すための、確かな一歩となるのです。



■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)、社会保険労務士(ひとみ社労士事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。