「いつか鈴木雅之の隣で…」5度逮捕された男・田代まさしが、「叶ったら死んでも良い」と語った夢
「4度目の逮捕」を振り返る
田代まさし(69歳)は、どれだけネット上で叩かれようとも「薬物依存の怖さ」についての発信をやめない。
「出所後、『おかえりなさい』が『コカイン買いなさい』に聞こえました」
月に1度程度の頻度で行う公演では、生真面目に「薬物はダメ」と訴えるのではなく、おどけながら自分らしい形で啓発活動を行うようにしている。
依存症について生々しく語った前編記事『【田代まさしインタビュー】「いまも依存症と懸命に向き合っています…」5度の逮捕を経た男が明かした、「薬物」と「盗撮」の意外な共通点』に続き、5度の逮捕、計8年の獄中生活を経た現在と未来について聞いた。
「2010年の4度目の逮捕の際は、今までとは少し事情が違った。この時、『ラッツ&スター』の30周年コンサートが予定されていたんだ。ある日、鈴木雅之から直接電話があって、『一緒にやるぞ』と。俺は『え、いいの?』と聞いたんだけど、『いいんだ、やろう』と。
俺はそれで舞い上がっちゃってね。昔のビデオとか見返して、振り付けとかも練習して、舞台を心待ちにしていた。それが、さまざまな事情で『田代はダメ』となっちゃって……。
俺にとっては『ラッツ&スター』と鈴木雅之は特別な存在で、それが拠り所だった。ステージに立てないことがわかってからは立ち直れないほどショックを受けて、『これは無理だ』と思った。それで安易に薬物に逃げてしまった。結局は自分の弱さが原因なんだけどね。裁判では『次の機会を待てば良かったじゃないですか』と言われましたが、“次”や“未来”を具体的に考えられないのが依存症でもあるわけです」(田代。以下同)
刑務所で心に刺さった音楽
8年間の獄中生活では、ラジオから流れる音楽が胸に刺さったという。
「ムショの中では、山下達郎さんの『サンデー・ソングブック』というラジオを聞くのが何よりの楽しみだった。山下さんは音楽オタクだから、選曲も実はブラックミュージックが多くてね。俺はもともと不良で、下町で工場勤務やトラック運転手をやってきて、上を目指すには音楽しかない、と考えていた。その原点をラジオ番組で思い出せた。俺が顔を黒塗りにして歌ってきたのは、黒人音楽に共感する部分があったからでもあります。
『「DooWop」(アメリカのブラックミュージックに起源を持つ合唱スタイル)を歌いたい』と、ムショの中で聞いた音楽がキッカケで、音楽の世界に復帰したいと前向きに人生を捉えられるようになったんだ」
田代は2022年に出所後、すぐにSNSやYouTubeを中心に活動を再開。しかし、その行為や投稿内容にはとんでもない数の誹謗中傷にさらされた。
「俺、性格的にコメントとか全部見ちゃうの。それにいちいち反応してしまって落ち込んだ。出所後、すぐにSNSなどを開始するんだけど、もう凄いの、バッシングの内容が。『一生出てくんじゃねえ』『お前はずっと田舎が過ごせ』『色気出すなよ』とか。一番酷いのだと、いくらスクロールしても最後までたどり着かないくらい『シャブ中』と連呼してくるやつもいた。どんな意見でも受け止めようと思って全部読むんだけど、これがキツかった。
ただ、だんだん考え方が変わってきてね。たとえば依存症から立ち直る方法は映画にも詰まっていたりする。映画の中で、薬物を使用して、体中を虫が這うシーンが描かれたりするじゃない。でも覚醒剤ではああはならない。もちろん子供への啓発ということで意味があるんだろうけど、俺から見ると『ああ、違うな』と思ってしまう。回復のプログラムでいうと、より重要なのは、『ダメになったことについてどう考えるか』ということを映画からヒントをもらった。
『何でやめられないの』『お前はダメなんだ』という風に家族や友人から否定されると、どんどん悪い沼に陥ってしまう。社会から孤立していくとより一層難しい状況になる。
俺の場合は、韓国の『メモリー』という映画の中の台詞で、『傷つくことを恐れてはいけません』という言葉が刺さったよ。生きてると、傷つくわけじゃないですか、いろんなことで。そして、こちらも人も傷つけるわけじゃないですか。でもそれは必要なことなんですよ、という考え方を学んで勇気がもらえた。『ああそうか、ダメで、傷ついてもいいんだ』と、そういう考え方ができるようになってずいぶん楽になったんだ。
結局、依存症で一番重要なのが、話を聞いて、寄り添ってくれる人がいること。依存症の人に対応する場合は、日々語りかけてあげること。そして、その罪を許してあげることだと思う」
いつか鈴木雅之の隣で…
田代にとって、4月30日に川崎で開催される「DooWop Carnival III & Soul Review Show」はこれまでの集大成でもあるという。そこには旧友と描く未来への希望も込められている。
「『シャネルズ』のメンバーと去年に会った時に話したら、みんなそれぞれ苦労していたんだと分かったんだ。この歳でもまだ工場で働いていたり、工事現場の仕事をしたり、病気したりという風にね。そもそも顔色も良くないし、『こいつら大丈夫か?』と、俺に心配されるくらいの感じで(笑)。それで『一曲やろうか』と話したら、途端に生き生きしだしたわけ。その時に、昔の仲間が元気になっていく様を見たい、そういう場を作りたいな、と考えた。俺が主催でやるからにはギャラもしっかり払いたいし、客も入れたい。カッコつけたいわけだよ。今でも音楽でしっかり食えてるのは鈴木雅之くらいだったから。
過去2回、原点回帰の意味も込めて高円寺と新宿で『DooWop』のイベントを企画して完売した。それで今回は、より大箱の川崎の箱でやることになった。ただ、カネもないから、『令和の虎』に出演して、支援を求めたんだ。『反省してないだろ!』『音楽イベントよりも世間への謝罪イベントが先だろ』と若い虎にボロカス言われながらも、何とか開催に至ったよ(笑)。
その時は『なんでここまで言われないといけないんだ』とイラッと来たけど、これが世間の人からの見え方なんだ、と気づきになった。しっかり声を受け入れよう、と。
イベントがある、何より主催者として開催する責任がある、ということは俺に取っては薬物依存症と向き合う上でも大きかったね。『逮捕されないように気をつけないといけない』という考えが日々頭にある、という事実が大切なわけ。『DooWop』のイベントを継続して、いつの日か鈴木雅之の隣りでもう一度唄いたい、という思いが今の俺の支えになっている。もしそれが叶ったら、その時はもう死んでもいい。本心からそう思っているよ」
夢が叶う日を待ちながら、田代は今日も依存症と向き合い続けている。
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