暴力問題で「伊勢ケ浜親方」に処分も…「悪いのは伯乃富士」という雰囲気への違和感 いまあえて角界版“令和の怪物”にエールを
大阪場所前に発覚した、伊勢ケ浜親方(元横綱照ノ富士)の暴力事件は、4月9日の臨時理事会で正式に処分が決まり、一応の決着を見た。伊勢ケ浜親方は2階級降格、今後は集団指導体制となる。半ば保護観察処分を受けた状態だが、親方の座を追われることもなく、部屋の閉鎖もなかった。それなりに厳しい処分とはいえ、白鵬(宮城野親方)と比較すると、かなりの情状酌量が認められる。【小林信也(作家・スポーツライター)】
【写真】伯乃富士を殴ったとして処分を受けた伊勢ヶ濱親方(元横綱照ノ富士)の姿
「稽古が足りない」と叱責する一方で
この処分で、逆に批判の矛先を向けられたのが、当初は被害者とされた伯乃富士だ。酒席にタニマチが連れてきた女性の太腿に触るなどのセクハラ行為をし、それを叱るために伊勢ケ浜親方が伯乃富士を殴った。そもそも悪いのは伯乃富士で、暴力は容認できないものの厳しく指導するのは親方として当然、という雰囲気が高まっている気がする。

どっちもどっちと言わざるを得ないが、「それにしてもお相撲さんは大変だ」「そもそもおかしなことが多すぎる」と感じてしまう。
伯乃富士は、怪我を抱えながら何とか三役そしてそれ以上を狙おうという「期待の逸材」だ。しかし、部屋経営に重要な資金源となるタニマチ接待のために駆り出され、まさしく《男芸者》の役を担わされる。「稽古と体調管理に集中したいので、酒の席は勘弁してください」などと言えないのが相撲界だ。三月場所で「綱とり」を期待されながら初めて負け越した安青錦にしても、連続優勝と大関昇進直後のお祝い続き、取材攻勢などで疲れがたまっていたのは容易に想像ができる。「横綱、大関は大相撲の看板」だから、他の誰でもない、日本相撲協会が率先して彼らを様々な表舞台に駆り出す。他のスポーツも最近はビジネス色が強まり、タレントなのか選手なのかと揶揄される人気者も少なくないが、相撲協会は一方では「稽古が足りない」と叱責し、他方では稽古への集中を奪う営業活動に彼らを大いに活用する。
私は、伯乃富士の行為を弁護しないし、飲酒の上での失敗に寛容な立場でもない。ただ、力士としての伯乃富士に惚れ込んでいる一人として残念でならないし、今後の精進を願いたい一心だ。最近は怪我が続いて苦しんでいるため、一時は「令和の怪物」と囃し立てたメディアが手のひらを返したように彼の存在を忘れたかのようだが、伯乃富士が間違いなく天性の才能を持つ期待の星だという事実はまったく変わっていない。
大学王者が、高校チャンピオンを一蹴
私が初めて伯乃富士こと落合哲也を見たのは、令和3年の全日本相撲選手権、いわゆるアマチュア横綱を決める大会だ。インターハイ王者として出場した高校3年生の落合が、旋風を巻き起こした。勢いがすごかった。年上の強豪を次々に撃破し、決勝トーナメントに進む「成績優秀16選手」の中に残った。会場の空気は、このまま落合が優勝するのではないか、という予感に包まれていた。
その日私が両国国技館に足を運んだのは、第一に中村泰輝(日本体育大3年)を応援するためだった。初優勝を見届けるため、と言ってもいい。高校2年のころから中村を応援し始めた私にとって、この日はついに、私の“才能を見抜く眼”が正しかったことを天下に証明できる日になるはずだった。
中村の優勝を期待する者にとって、落合はいかにも危険な存在に見えた。身体はそれほど大きくないが、勢いが突出し、相撲の上手さも感じられた。
抽選の結果、なんと準々決勝で落合と中村が当たることに決まった。いまの四股名で言えば、伯乃富士(落合)と大の里(中村)の対戦が早い段階で実現した。中村の優勝を願う者としては、できれば決勝まで当たらない組み合わせがよかった。他の誰かが落合の勢いを止めてくれれば、中村は落合と直接対戦せずに覇権を握ることもできるだろう。ところが、そう簡単にはいかない。
不安な思いで見つめる中、中村は落ち着いた相撲を取り、わりとあっさり落合を土俵に這わせた。大学王者が、高校チャンピオンを一蹴した。実力と経験を見せつけた中村の成長に感嘆し、頼もしく感じる一方、落合の名前は強く印象に刻まれた。
「令和の怪物」
落合は、全日本ベスト8で「三段目格付け出し」の資格を取ったが、高校卒業後すぐ角界には入らなかった。肩の手術が理由と言われている。一年間は、父が経営する会社の相撲部員として大会に出場。全日本実業団選手権で優勝し、見事に「幕下15枚目格付け出し」の資格を手にして角界入りした。入門したのは元横綱白鵬の宮城野部屋だ。高校の先輩・照ノ富士にも声をかけられたが誘いを断り、白鵬に弟子入りした。後年、その照ノ富士のいる部屋に移籍し、しかも引退後照ノ富士が親方になるという、皮肉な因縁が今回の出来事の背景にある。
入門直後、落合は大相撲でも破竹の勢いを見せた。初土俵は令和5年1月場所。いきなり7戦全勝で幕下優勝。1場所で十両昇進を決め、3月場所は10勝5敗。5月場所は14勝1敗で十両優勝し、わずか2場所で幕内に昇進した。この時の勢いは、全日本で旋風を巻き起こした落合そのものだった。令和5年7月場所、新入幕で優勝争いに加わり、千秋楽を優勝争いの首位で迎えた。あわや新入幕で優勝の快挙を遂げる寸前まで行き、日本中を興奮させた。千秋楽の相手は、同じく3敗で並ぶ豊昇龍(この時は東関脇)。勝った方が優勝決定戦に進む大一番は豊昇龍に軍配が上がり、結果的に豊昇龍が優勝、伯乃富士は快挙を逃した。世間では「令和の怪物」と形容され、それが彼の代名詞となった。
もう酒席には連れて行かないで
私はそのころ、落合の活躍にジリジリしていた。メディアは「令和の怪物」と落合を囃し立てるが、
(おいおい、本当の令和の怪物はほかにいるぞ)
と叫びたかったのだ。この時、大の里はデビュー2場所目、東幕下3枚目。落合同様、ひと場所での十両昇進も期待されたが、6勝1敗にとどまり、しかもこの場所は3勝3敗で最後の7番勝負に臨むという、かなり厳しい状況に追い込まれていた。なんとか勝ち越し、番付運の良さもあって十両昇進を決めたが、この時点では落合の勢いが上回り、「本当は大の里の方がすごいんだよ」とは言いにくい、言っても相手を納得させられない雰囲気で私は悔しい思いをかみしめるしかなかった。
簡単に言えば、伯乃富士は目の上のタンコブのような力士で、全然好きではなかった。ところが、伯乃富士の取り組みを連日注目するうち、いつのまにか魅かれてしまう自分がいた。
伯乃富士の相撲はハラハラする。最後までわからない。幕内では伯乃富士も簡単には勝たせてもらえない。土俵際に追い込まれる相撲も多かった。ところが、伯乃富士は、一瞬の変わり身で相手を土俵下に突き落とすような、逆転劇をしばしば演じた。最後の瞬間までわからない。
次第に、私は「最後の瞬間までわからない」伯乃富士の相撲に胸を熱くするファンのひとりになっていた。
大の里と対戦する時は当然大の里を応援するが、いつだって「嫌な予感」がする。実際、対戦成績は伯乃富士の3勝2敗。大の里が対戦成績で負け越しているのは、豊昇龍と阿武咲の二人だけだ。
令和7年の7月場所に続いて9月場所でも4日目に大の里を破った。この場所、大の里は13勝2敗で優勝する。大の里は、優勝を決めた後の千秋楽で豊昇龍に敗れるまで、伯乃富士戦だけが唯一の黒星だった。
そのような経緯もあって、私の中で伯乃富士はいまも「令和の怪物」。世間はいま横綱の座にある二人の“大豊時代”などと呼ぶが、まだ定着したとはいえない。これに安青錦が加わるのかどうか。
私はむしろ、大伯時代が到来しないかと密かに期待している。181センチ、161キロの伯乃富士は、現代の関取の中では大きい方ではない。だが、かつて栃若時代を築いた二人の横綱、栃錦は178センチ、124キロ、若乃花は179センチ、105キロ。その身体でそれぞれ幕内最高優勝10回を果たし、横綱として一時代を築いた。三代目若乃花は180センチ、134キロで優勝5回を記録した。
伯乃富士は身体的にはそうした先輩力士に負けていない。早く怪我を治し、今回の騒動からの葛藤をも乗り越え、才能を輝かせてほしい。そして伊勢ケ浜親方には、「もう伯乃富士は酒席に連れて行かないで」と、くれぐれもお願いしたい。
スポーツライター・小林信也
デイリー新潮編集部
