荒木飛呂彦の人気コミックを実写化した『岸辺露伴は動かない』シリーズを大ヒットに導いた渡辺一貴監督が手掛ける初のオリジナル作品で、主演に高橋一生さんを迎えた映画『脛擦りの森』が公開中です。

タイトルにもある「スネコスリ」は道ゆく旅人の足にまとわりつき離れないといわれる、岡山に古くから伝承される妖怪。特に人に危害を与えるでもなく、「ただ、人を転ばせる」という不思議な妖怪がモチーフとなった本作は、幻想的な映像とともに、目に見えない存在への想像力を無限に掻き立てます。


本作を手がけたのは、『岸辺露伴は動かない』シリーズを大ヒットに導いた渡辺一貴監督。そして、この世界観を作り上げたのは、同じく『岸辺露伴は動かない』でタッグを組んできた柘植伊佐夫さんです。渡辺監督、柘植さんのお2人に作品のこだわりについてお話を伺いました。

※本記事には、物語の展開に触れている箇所がございます。ご注意ください。

--本作大変素晴らしかったです。スネコスリという妖怪がこれまでにない表現で描かれていますね。監督はスネコスリのどの様な所に惹かれたのでしょうか?

渡辺:悪さをしたり、負のエネルギーで人間に向かってくる妖怪ではなくて、歩いている人間を転ばせるだけという、不思議で興味深い存在だなと思っていました。そんなスネコスリの特性を広げていったら、どんな物語になるんだろう? というのがこの企画のはじまりです。スネコスリには目的や悪意はなくて、無邪気な気持ちで転ばせていると思うのですが、だからこそそれによって恐ろしい展開が起こりうるかもしれない。その様なイメージから物語をふくらませていきました。

--柘植さんはこの企画を聞いた時はどの様な印象を受けましたか?

柘植:渡辺監督と違う作品に入っている時だったか、その後に「こういう映画を考えています」と言われて。監督がNHK在籍時代に岡山で過ごした時間のことを色々お聞きして、今回のメインのロケ地になっている穴門山神社のお話も聞いて、興味深いなと思いました。その後、穴門山神社の写真を見せてもらって、これは凄い場所だなと。きっとこの物語の中の、さゆりは神社に祀られるものに見守られている存在なのかな?と想像も膨らみ、さゆりの人物デザインは巫女姿をベースにしようと考えました。

--本作はセリフ数もとても少なく、美術や衣裳から想像させる部分がとても多いと思います。ロケ地から受けたインスピレーションが衣裳に活きて、それが物語を深めていくという広がり方が面白いですね。

柘植:僕も撮影現場に行ったのですが、写真で見たり、話で聞いていた以上にパワーを感じる素晴らしい場所でした。

渡辺:柘植さんのデザインやアイデアは、自分が気付いていなかったことを気付かせてくれるというか、物語のフックになるものを与えてくれます。「この衣類を着ているということは、こんな生活をしているのだろう」と想像させてくれて、ストーリーのヒントになるようなものを一緒に作ってくださっている。それが役作りにもつながっているので、言わば“もう一人の監督”として頼らせていただいています。

柘植:そう言っていただくのは恐れ多いんですが。僕は疑問に思ったことや、思いついたことをどんどんその場で言う様にしています。ラフなスケッチだったとしても、監督はそこから僕が何を伝えようとしているのかを嗅ぎ取ってくださるので、そこからまた意見交換が始まり、良いデザインを見つけることが出来るのです。

▲柘植さんによるスケッチ画

--荘厳で美しいけれど、何か恐ろしさも感じさせる場所で、さゆりの着ている衣裳の“赤”が効いていますよね。

柘植:巫女からイメージを膨らませていったので、緋袴は直感的にすぐ決まったのですが、アザミ色のストールは無意識に描いていたんですね。実際にスタイリストの羽石輝さんがこれを用意してくれていて、全体的にとても良い人物デザインになったなと思いました。スタッフそれぞれのエネルギーが集まって、「これが我々のさゆり」なのだというものが出来上がる。そこも面白さだと思います。

渡辺:関わる人それぞれの解釈が重なりながら視覚化されていくので、スタッフ、キャストと話していくうちに「なるほど」と気付くことが多く、それが脚本や演出にも反映されていくのです。

柘植:(高橋)一生さんのアイデアも大いに反映されていますよね。昔の人は今よりも身体が小さいので、コートも小さいのですが、それを2枚着たらどうかというアイデアをいただいて実際にやってみたら「なぜそれを着ているのか」という物語が広がる感覚もありました。

--柘植さんの行っている“人物デザイン”というのは、衣裳、小道具、ヘアメイクなど多岐にわたるものですよね。

柘植:日本ではまだあまり知られていない職業なのですが、海外の演劇には、一般的なプロデューサーとはまた別の、純粋にクリエイティブだけを補佐する「ドラマツルグ」という役割があります。監督はそういった部分を、僕や周りのスタッフに任せてくれるので、ありがたく色々なアイデアを伝えさせていただいています。

--先日、若い男役の黒崎煌代さんにお話を伺った際に「寒い撮影だったけれど、衣裳がとても暖かかった」とおっしゃっていたのですが、着ている「どてら」は防寒も兼ねているのでしょうか?

柘植:役者にとって寒さというのは、身体も自由に動けなくなりますし、あまり良くない条件です。物語の質感を損なわず、エッジの効いた解釈を残しながら、演じやすい環境も作りたいと考えました。どてらとゴム長靴を使うことで、「この場所は寒いのだな」と理解することが出来るし、「冬はこうやって生活しているんだ」という背景を感じさせることも出来たのかなと。

渡辺:どてらにゴム長靴を合わせることは、森の中の冬の装いとしてあり得るけれど、ちょっとした違和感も残ります。時間感覚が失われた場所に、現代でもよく使われている長靴が入ることで、魔境と現実、両方が入り混じった世界が作れるなと思いました。

--若い男は着ている衣類も変化していきますよね。

渡辺:謎の男が身につけている衣類、家にある様々な道具、それらはどこから来て、なぜここにあるのか。そんなことを想像すると恐ろしいですよね。

--そういった想像させる“余白”が本当に素晴らしくて、ご覧になった方それぞれの解釈を聞いてみたいなと思いました。

渡辺:以前から考えていることなのですが、表現しすぎることで面白くなくなってしまうことがあるのではないかと。人間というのは想像する生き物ですから、想像力を掻き立てる余地のある作品を作りたいなと思っているので、そう言っていただけてありがたいです。

柘植:この作品はとても台詞が少なく静かな時間が流れています。日本の芸術には“余白の美”があると言われるところですけれども、本作にも同様の美学を感じます。そもそも妖怪とは、人間にとって不可視な現象を擬人化したものなのかなと感じます。そうやって、実際に有るか無いか知れないエネルギーを人々の想像によって語り継がれていく。そんな面白さが溢れている映画なので、観てくださった方の解釈も、それぞれ違って面白いだろうなと思います。

渡辺:僕はホラー作品や特撮ものをきっかけに映像に興味を持って、この世界に入ったのですが、もちろん水木しげる先生の作品も大好きで素晴らしいなと感じていました。なので、こうして妖怪をテーマに作品が作れて感慨深いです。

柘植:僕は『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』(2008)で登場人物の扮装を統括しているのですが、それが人物デザインをするきっかけになりました。それまでは衣裳デザインやヘアメイクなど、それぞれ分業で仕事をするのが業界の常識でしたが、この作品ではトータルでデザインを行いました。その時、原作の水木先生とは配給を通してやりとりさせていたのですが、「自由にやってください。でも楽しませてくださいね」と言われまして。逆に丸投げされて(笑)、さらに緊張したわけですが、「すねこすり」もなんですが、ベースの在り方をしっかりと守れば、イマジネーションをいくらでも広げられるのだなと感じました。

渡辺:水木しげる先生とやりとりされていたとは、すごいですね。柘植さんがおっしゃられたとおり、日本独自の文化ですし、一つのテーマからいくらでも創作を広げられる余白があるので本当に興味深いです。

柘植:アニメーションに匹敵する、日本発で世界で勝負出来る題材だなと感じたので、こうして妖怪をテーマに渡辺監督とご一緒出来て嬉しかったです。いつか、もっと大人向けの「ゲゲゲの鬼太郎」の実写化なんてどうですかね(笑)。

--もうそんなことが実現したらお2人の作品のファンとしてはたまりません…(笑)。今日は素敵なお話をありがとうございました!

『脛擦りの森』(すねこすりのもり) 全国公開中
■配給:シンカ
©『脛擦りの森』プロジェクト

【ストーリー】
人里から離れた深い森で、足に傷を負った若い男(黒崎煌代)は、女の甘い歌声に導かれ、古めかしい神社にたどり着く。そこには謎の男(高橋一生)と、若く美しい妻・さゆり(蒼戸虹子)が暮らしていた。傷の手当てを受けながら、若い男はこの場所で夢のような、時の止まったような時間を過ごす。繰り返される穏やかな日々、すべては永遠に続くかに思えたが……

『脛擦りの森』作品情報
高橋一生 蒼戸虹子 黒崎煌代
監督・脚本:渡辺一貴

エグゼクティブプロデューサー:川村岬 平賀督基 スージュン 伊藤義彦 北原豪 中村高志 プロデューサー:岡本英之 土橋圭介
人物デザイン監修・衣裳デザイン:柘植伊佐夫 ヴァイオリン演奏:福田廉之介
撮影:大和谷豪 照明:岩木一平 録音・整音:高木創 美術・装飾:佐藤綾子 坂口大吾
スタイリスト:羽石輝 ヘアメイク:荒木美穂 小林雄美 特殊メイク:梅沢壮一 制作担当:基山絢子 
編集:鈴木翔 VFXスーパーバイザー:白石哲也 サウンドデザイン:荒川きよし
製作:『脛擦りの森』プロジェクト(Roadstead・モルフォ・シンカ・JR西日本コミュニケーションズ・Sunborn・NHKエンタープライズ) 
製作幹事:Roadstead 制作プロダクション:CULTBLAN 撮影協力: 岡山県フィルムコミッション協議会 配給:シンカ 61分