新卒の転職サイト登録は14年で31倍!「退職代行」が普及しても大卒離職率がむしろ低下している意外な背景
「最低でも3年は辞めてはいけない」。いまから30年ほど前、社会に出たばかりで右も左もわからなかったころ、ベテラン会社員から言われたこの一言には長年の経験に裏打ちされた重みが感じられました。
当時は、その言葉に特別な疑問を抱くこともなく、「まずは3年」という考え方を自然に受け止められたように思います。しかし、状況は随分と変わってきたようです。今年も多くの会社で4月1日に入社式が行われましたが、その日のうちに新卒社員から2件も依頼があったという退職代行会社の様子が報じられました。
ほかにも、入社してすぐに転職サイトに登録する新卒社員が増えているという民間調査もあるなど、従来では考えにくかった動きが見られるようになっています。終身雇用が崩れつつあると言われる中で、新卒社員の常識や価値観は大きく変わってきているようです。

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もはや「石の上にも3年」が当たり前だった時代ではなくなり、入社したばかりでも簡単に辞めてしまう新卒大退職時代が到来することになるのでしょうか。
ただ、統計を見ると必ずしもそうとはいえない実態も浮かび上がってきます。
「一択心中型」の終焉、新卒社員の価値観を激変させた終身雇用の限界
かつては、正社員として新卒入社すると会社に一生を預けるような感覚がありました。メンバーシップ型と呼ばれる日本独特の雇用形態は会社の一員として包括的な契約を交わし、雇用期間だけでなく職務や勤務地も無限定。会社に命じられた配置で職務をこなし、経験を積んで職務能力を高めながら定年まで勤め上げるという一本のレールを歩んでいくルートでした。
一方で、会社は社会人として未熟な新卒社員に一から仕事を教え、戦力となる人材へと育て上げていきます。社員側は、時に理不尽に思える指導があったとしても黙って耐え続けるうちに実力をつけて一人前のビジネスパーソンとなり、定年までの安定した生活を手に入れることができます。
このように会社と社員が運命共同体となる“一択心中型”とでもいうべき関係性は、双方にとって持ちつ持たれつの合理的メリットがありました。
しかしながら、中には新卒入社した会社がどうしても合わない人もいます。また、ほかにチャレンジしてみたいことが見つかったり、他社から引き抜きの声がかかったりすることもあります。新卒入社した会社以外の選択肢を求める事例が増えるにつれ、転職は珍しいことではなくなっていきました。
会社側も市場環境の変化が激しくなるにつれ、柔軟に人員体制を再構築する必要性に迫られるようになっています。採用した人材が会社にとって戦力であり続けるかどうかは読みづらくなり、経済団体が終身雇用を維持することの限界を訴えるようにもなりました。社員側から見ても会社側から見ても、従来の前提が崩れてきているのです。
アルムナイ制度が変える企業のスタンス「縁を切り離さない前提」へ
こうした会社と社員双方の意識変化は、両者の関係性を一本道だった一択心中型から、個々の事情に応じて道が複数に分かれていく“選択共存型”へと変えつつあります。
会社側は新卒採用した社員を思いのままに配置するスタンス一辺倒ではなく、職務や勤務地を限定するなど、社員側の要望をできる限り汲み取るスタンスも見られるようになってきました。
また、社員が退職した後でも関係性を継続させるアルムナイ制度を導入し、再入社への道筋をつけるような動きも見られます。会社は社員が「辞めない前提」から「辞める可能性を織り込む前提」へとシフトし、雇用の切れ目を縁の切れ目と見なして退職者を裏切り者のように扱うのではなく、同じ釜の飯を食った仲間として大切に扱い続けるケースが増えてきました。
社員側は新卒入社した会社に一生を預ける人ばかりではなくなり、転職や副業など複線的なキャリア構築を視野に入れるようになりつつあります。
入社早々に退職代行サービスを利用したり、転職サイトに登録したりといった動きは、会社と社員の関係性や価値観の変化を象徴するものです。人生を一つの会社に委ねて留まり続けるキャリアだけを正解とするのではなく、自らのキャリアを主体的に設計する意識が広がっています。
パーソルキャリアによると、4月に転職サイト「doda」に登録した新社会人の数は年々右肩上がりで、2025年には2011年比で約31倍にまで増えました。いまの新卒社員の多くは、転職サイトからスカウト連絡を受けながら働き、いざとなれば退職代行も利用できる状況にあるということです。
こうなると、もはや冒頭で紹介したような「最低でも3年は辞めてはいけない」という先輩社会人からのアドバイスは、説得性を失いつつあるようにも見えます。それどころか、上司や先輩社員が転職したり退職代行を使って辞めたりするようなケースさえ容易に想像できる時代になりました。社会に出たばかりであっても遠慮なく辞めていく“新卒大退職時代”が到来したとしても不思議ではないかもしれません。
ところが、統計を見ると別の側面が見えてきます。
新卒1年以内の離職率を下げた3つの要因、退職しやすい環境が生んだ“ゆとり”
厚生労働省が公表している新規学卒就職者の離職状況によると、2022年大学卒の就職後3年以内離職率は33.8%。前年比で増えるどころか、1.1ポイント減少しています。
かねて大学卒の3年以内離職率はおおむね3割と言われてきましたが、いまでもその水準は維持されているのです。環境が変わり、実際に退職代行を使って入社したその日に辞める一部のセンセーショナルな事例に注目が集まる一方、新入社員全体の行動としては急激な変化が起きているわけではないということになります。
さらに、同じく厚労省データの1年以内離職率を見ると、2022年は12.1%、2023年は11.0%、そして2024年は10.1%と減少してきています。もちろんこの数値は今後また上下する可能性がありますが、転退職しやすい環境が整ってきたにもかかわらず、離職率が低下しているのは不思議にも感じます。考えられる理由として、大きく3点挙げたいと思います。
まず、心のゆとりが緩衝材になっている可能性です。転職サイトに登録する、退職代行を利用するといった選択肢が用意されていれば、いざとなったときに会社にしがみつく必要がありません。
理不尽さや嫌悪感を覚えるようなことがあっても、「いつでも辞められる」と思いながら職場に残り続ける場合は、強制ではなく自らの意思による選択です。「上司はムカつくけど、一人前になるまでは我慢しよう」という具合に、現状を一歩引いた視点から観察して冷静に対処しやすくなります。
次に、会社側の対応改善が挙げられます。慢性的な人手不足が指摘される中で、毎年出生数も過去最少を更新しています。それはそのまま新卒採用が売り手市場となって、難易度が上がっていることを意味します。
実際に、新卒社員を受け入れる上司や先輩社員たちからは「気を使ってしまう」という声も聞こえてきます。その良し悪しは一旦横に置くと、職場環境の改善に取り組む会社が増えること自体は新卒社員の離職率低下につながっていくはずです。
最後に、転退職にはリスクが伴うこと。いまの会社に不満があったとしても、退職してより良い会社が見つかるとは限りません。仮に転職できたとしても、その会社にまた不満を感じることだってあり得ます。
転退職すればうまくいくという保証があるわけではないため、転職サイトからスカウト連絡があったり退職代行を使えたりしたとしても、会社を辞める決断が簡単にできるわけではないのです。人生に少なからず影響を及ぼすだけに、慎重になります。
転退職しようと思っても、会社で戦力として活躍し、一人前と認められる状況になっていなければ自信が持ちづらいものです。自分なりに納得できる状態になってからでないと転退職の決断は難しいと考えれば、石の上にも3年の精神はいまの時代にも通じる部分がまだ残っているように思います。
だからといって会社側は、「簡単には辞めないだろう」などと安易に受け取ってしまうと危険です。各社が職場環境の改善に取り組んでいる中で努力を怠れば、自社だけが取り残されてしまいかねません。
いざとなれば転退職しやすくなっている状況は、会社と社員双方に良い意味での緊張感をもたらしている面があります。この緊張感は会社の方に大きく傾いていた社員との間のパワーバランスを整え、双方の関係性をより健全なものにしていく基盤となるのではないでしょうか。
筆者:川上 敬太郎
