田中麗奈「あの頃は、毎日もどかしかったんです」あれから25年超――俳優デビュー当時の秘話

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十数年ぶりにコメディ作品へ挑戦

「5歳の頃から芸能界に入ることを夢見ていました。あの頃は毎晩、“誰か私を見つけて!”って祈ってましたね(笑)」

当時の行き場のない野心と焦燥感を懐かしんでいたのは、俳優の田中麗奈(45)だ。

俳優デビュー作となった’98年公開映画『がんばっていきまっしょい』では、高校に通いながら憧れのボート部を設立する主人公・篠村悦子(通称:悦ネエ)を熱演。映画のラストパートで悦ネエが「がんばっていきまっしょい!」と声を張り上げる姿は視聴者に爽やかな感動をもたらし大ヒットを遂げた。

以降も『はつ恋』(’00年)や『東京マリーゴールド』(’01年)など立て続けに注目作品へ出演しながらキャリアを積み重ね、現在も第一線で活躍している。

4月3日公開の映画『黄金泥棒』では、十数年ぶりにコメディ作品へ挑戦。田中が演じるのは、金に魅せられ泥棒に手を染める主婦・美香子。突飛な設定だが、田中はこの主人公の葛藤に強烈なシンクロニシティを感じていた。

「美香子は小さい時から野心が強い人なんですよね。『バリバリ働いて社会に貢献できる人になりたい』という思いがあったのに、両親から『普通が一番だし、平凡でいい』と決められてしまって。パートナーにも『自分の仕事についてきてくれ』と言われて仕事を辞めることになる。自分らしい生き方をしていない彼女のもどかしさが、すごく理解できるんです」

この「自分らしく生きられない苦しさ」は、福岡県久留米市で育ち、5歳で「女優になる」と決めていた田中の焦燥感と重なる。歌手の松田聖子(64)や藤井フミヤ(63)といった同郷のスターをテレビで眺め、自分もそうなれると信じていたが、現実は甘くなかった。

「15歳ぐらいになると本当に焦ってきたんです。高校の進路指導で『女優になりたい』と言ったら先生に驚かれて、母親にも『なに、夢みたいなことを』と言われました。東京に行く手段もないし、本当に無理かもって。私は今、役者になれたからこうやって生きていられるけど、なれなかったら本当に苦しくて生きられなかっただろうなって。だから、美香子の思いとリンクするところがすごく多かったです」

周囲から猛反対されるなか、田中にとって人生を揺るがす待望の瞬間が訪れる。

「翌年高校を卒業するのに、17歳になってしまった自分に絶望していました。学校帰りに、『このまま私は平凡な暮らしをしていくのかな』と思いながら歩いていた当時の坂道や空の色もよく覚えています。その頃、九州のローカルCMに出演していて、母は『こうやって活動していれば誰か見つけてくれるよ』と励ましてくれていたんですが、私にはもう時間が残されていない気がして、毎日もどかしかったんです。

そんな時、学校から家に帰ったら母が映画『がんばっていきまっしょい』のオーディションの話が来たと教えてくれたんです。もう受かった気になって『これだ! 私は絶対これに受かる。私の役だ!』って(笑)」

まるで少年漫画の主人公のような根拠のない熱烈な自信。実は長らく決まらなかった主役の選考中にたまたま帰省していた映画担当者がテレビのローカルCMで田中を目にし、「この子いいね」と最終選考に呼んだのだ。

「母の言葉が見事に現実になりました。でも、東京のオーディション会場にいたのはレッスンを積んだ猛者ばかり。私にあったのはむき出しの気合だけで(笑)。やってるうちにわかんなくなって、オーディションの途中でお芝居をやめちゃったんですけど、監督が『大丈夫、まだこれからできるから』って言ってくれて。その顔を見て、動物的な直感で『受かった!』って勝手に思ってましたね」

直感通り、彼女は見事にヒロインの座を射止めた。公開された映画はロングランヒットを記録。彼女自身も、その年の映画新人賞を総ナメにし、鮮烈なデビューを飾った。

あれから25年超――キャリアを積み重ねた田中は、今や日本が誇る“主演女優”へと成長した。

4月28日発売の『FRIDAY4月17・24日合併号』と有料版『FRIDAY GOLD』では、「なっちゃん」ブレイク当時のエピソードや今後の展望などを赤裸々に語っている。

『FRIDAY』2026年4月17・24日合併号より