「こんな時に死にやがって」職場での罵倒も。女性社会へ挑んだ「おじさんネイリスト」不条理を呑んだ20年
「お前、頭おかしいのか」。20年前、父から一蹴され、50軒ものサロンに採用を断られた塩見隼人さん。ようやく入った職場では、父の葬儀での欠勤に「こんな時に死にやがって」と職場から罵倒を浴びました。しかし、塩見さんは「不条理を呑む」ことで、今や数か月先まで予約が埋まる人気「おじさんネイリスト」に。目の前の一人を喜ばせるために、女性社会で全力を注いだ20年の歩みと、芸術の域に達した驚愕のネイルデザインに迫ります。
【写真】「これは芸術」お寿司にサメ、リアルすぎるイチゴなど、リピーター続出の塩見さんのネイルデザイン(3枚目から/全13枚)
父から「お前、頭おかしいのか」──内装業と夜間のネイルスクール
塩見隼人さん(45)は、東京・池袋で数か月先まで予約が埋まるネイルサロン「Nail ZERO+(ネイルゼロプラス)」を営んでいますが、約20年前、就職活動では都内50軒以上のサロンに門前払いされました。
「当時は声を聞いただけでお断り。スタッフもお客さんも全員女性の場所に男性が入るのは、警戒されたんだと思います。今では『ひどい』と言ってくれることもありますが、僕は今でも当時は『仕方なかった』と思うんです」
小さい頃からプラモデル作りが好きだった塩見さんが、爪に絵を描くことに感銘を受けたのは学生時代。しかし、就職氷河期の影響もあり、大学卒業後は友人が営む内装業に就きました。
「仕事に不満はありませんでしたが、成り行きで決めた場所にいていいのかと、次第に疑問が湧いてきました。自分の居場所は自分で見つけないとダメなんじゃないかって」
内装業を続けながらネイリストを目指した塩見さん。しかし家族に報告したときに父からは「お前どうした、頭おかしいのか」と予想通りの反応が。社会一般と違う道で生きることに対して、不安や疑問を抱かれたそうです。しかし、塩見さんは朝4時起きで現場へ向かい、仕事のあとスクールへ。夜10時に帰宅する生活を2年間続けました。
「学費のために職人として働き続けました。内装業は夏冬が忙しく、春秋の閑散期に集中してスクールに通えたのは、むしろ好都合だったんです」
「こんな時に死にやがって」──壮絶な嫌がらせを救った、亡き父の言葉
スクール卒業後、就職先を探すも都内のサロン50軒から断られ続けた塩見さん。「面白そうだから」と唯一、話を聞いてくれたネイルサロンで働き始めますが、待っていたのは逆風でした。お客さんから『触らないで』と拒絶されることもあり、職場の人間関係も次第に悪化していったそうです。
「当時はお客さんもスタッフも100%女性の世界。ネイルをする前から『他のサロンで男性のネイリストが担当だったときに下手だったから』という理由で門前払いをする方もいましたが、それでも半分ほどのお客さんは技術、接客面を含め僕を受け入れてくれました。ただ、女性の職場で見た目が中性的ではないからですかね。そういう所を含め気に食わなかったのかもしれませんが、お客様が僕を気に入っていることが、スタッフからよく思われていないのは感じていました」
転機は、父の死と娘の出産が重なった時期でした。
繁忙期の12月に父の葬儀と出産が重なり数日休むと、職場の方から「こんな時に死にやがって」と吐き捨てられました。もはや男性、女性という次元ではなく、倫理観がズレてますよね。ここに居場所はないと、辞める決心をしました。
父は生前、スクールに通う前こそ厳しい言葉をかけましたが、最期は「面白いところに目をつけたね」と独立に向けたアドバイスを遺してくれたそう。その言葉が、後の塩見さんの支えになります。しかし、その後のサロンでも嫌がらせがあり、道具を隠されたり、わざと聞こえる声で「あいつまだいんの」と陰口を叩かれたりした日も。しかし塩見さんは、怒るどころか「仕方ない」と受け流していました。
「女性社会に男性が入るという、もともと居場所がないところで働かせてもらっているという意識が強かったんです。居場所がないのは当たり前。何より、僕に指名客がつくのが面白くなかったんでしょうね。僕は店で一番指名が多く、一日中働いていましたから。オーナーに告げ口?言ったところで変わらないでしょう。逆に『あの子はよくやってますよ』と嫌がらせをした人をわざと褒めていました(笑)」
「おじさんネイリスト」として──性別ではなく、目の前の一人を喜ばせるだけ
池袋に店舗を開業するきっかけは、ある日、突然訪れました。勤務先が経営悪化で倒産。およそ80人いたリピーターから「塩見さんにやってほしい」と背中を押す声が相次いだそうです。
「僕のデザインは1点もの。その方の雰囲気やイベントに合わせて、その場で作り上げます。お客さんからは『人をダメにするサロン(他にはもう行けない)』なんて言われています。この20年で、男性が美容に力を入れるのは当たり前になり、ネイルをする男性も増えました。先日、僕が昔から好きなエヴァンゲリオンのフェスでネイルチップを販売したら、何人もの男性が買ってくれたんです。今まで一度もネイルをしたことがないという方から、『どうやってやるんですか』と聞かれ、嬉しくて涙が出そうでした」
しかし、男性がネイリストであることを押し出すのは違うと考える塩見さん。「メンズネイリスト」という言葉も好きではないといいます。
僕はただの『おじさんネイリスト』。ネーミングセンスが壊滅的にないとお客さんから言われます(笑)。僕は別に、やたらと男性のネイリストを増やしたいと思ってはいません。むしろ、男性のネイリストが増えることにヒヤヒヤしています。全体として男性が少なく目立つからこそ誰かが事件を起こせばその瞬間、僕を含めメンズネイリストに向けられる視線が変わる。だから「誰も何もしでかさないでくれ!」と願うばかりです。
そもそも、黒の中に白が入る時点でとやかく言われるのは仕方がない。でも、評価は適切にしてほしい。その評価を下すのは、オーナーや店長ではなく、目の前のお客さんです。技術があれば評価される世界。僕はお客さんを喜ばせるために、頑張って新しいアイディアを生み出し続けていくだけです」
…
「死にやがって」という卑劣な言葉。塩見さんは、そんな倫理の通じない場所を静かに見切り、自らの腕一本で居場所を切り拓きました。理不尽に抗うのではなく、ノイズを捨てて目の前の一人を喜ばせることに没頭する。そんな「潔い諦め」の先にこそ、誰にも侵されない、あなただけの居場所が待っているのかもしれません。
取材・文:内橋明日香 写真:塩見隼人

