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厚生労働省の「令和4年度 国民生活基礎調査」によると、同居している家族が介護を行う割合は全体の45.9%で、そのうち<子の配偶者>は5.4%だそうです。そのようななか、翻訳家・エッセイストとして活躍する村井理子さんは、仕事と家事を抱えながら、認知症の義母と脳梗塞で倒れた義父の介護を続けています。そこで今回は、村井さんの著書『義父母の介護』から一部引用、再編集してお届けします。

【書影】ホンネ150%、キレイごとゼロの超リアルな介護奮闘記。村井理子『義父母の介護』

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義父が暗い

介護を受けるのが上手な人、下手な人

後期高齢者には、「介護を受けるのが上手な人」と「介護を受けるのが下手な人」がいると私は思う。わが家の場合、前者が義母、後者が義父だ。

私の勝手な基準で申し訳ないが、介護を受けるのが上手な人は、ポジティブだ。例えば失敗したとしても、次はがんばろうとか、今回は諦めようとか、あくまで明るく先を見ることが出来る人だと思う。ありがとう! と気持ちよく言える人。そんなイメージがある。最近はもの忘れも大変多く、何かと問題を抱える義母だが、その明るさは周囲の人も楽しい気分にさせてくれる。ありがとうねという言葉を決して忘れない彼女は、ヘルパーさんの間でも人気者だと思う。

私が大変苦手とする「介護を受けるのが下手な人」の特徴は、しつこい、暗い、重いの三拍子である。義父以外の何ものでも無い。誤解しないでほしい。私は義父が悪い人間だとも、義父のことが嫌いだとも言っていない(軽くは嫌いかもしれない)。ただ、彼に漂う陰気な雰囲気は今に始まったことではなく、私の悩みのひとつなのだ。

義母の認知症が進行してから、義母がそれまでやっていた家事を自分でやるようになったことは、大変素晴らしいと今でも思っている。

暗いッ! 重いッ!

そうではあっても、ここのところ数十年、彼が周囲にまき散らす負のオーラには参ってしまう。先日、たまたま立ち寄った実家で訪問看護師さんと遭遇したときのことだ。みんなで一緒にダイニングテーブルに集まって、雑談をしたのだが、その時、義父のあまりの陰気さに、訪問看護師さんも思わず、「暗いッ!」と言っていた。その言葉通りだ。暗いッ! 重いッ!

もちろん、理解しているつもりだ。長年連れ添った妻が、あのしっかり者だった妻が、調子の悪い日には自分のことを忘れ、忘れるだけではなく真顔で「早く出て行け」などと言うのだ。つらいに決まっている。数年前に発症した脳梗塞の後遺症で、体が思うように動かない日もある。嫁の性格がきつい。息子の性格もきつい。孫はなにより大切な存在だが、最近さっぱり家に来てくれない……。

「そんなの仕方ないじゃないっすか」と私は言った。

「お義父さんはさ、なんでも暗く考えがちなんですよ。運命だと思って受け入れちゃえばいいじゃん! お義母さんは認知症。それは病気なの。だから仕方ないことなんですよ。それに、お義父さんもお義母さんも体は健康なんだから、それ以上素晴らしいことはないじゃないですか! 陰気な顔やめてもらえません? 私の運気まで悪くなるような気がするんだよな〜」

文字にしてみると大変酷いことを言っているが、こうも言いたくなる気持ち、義父に対応して下さっているヘルパーさんであればわかってくれるはずだ。とにかくマイナス思考、そして病的な心配性なのだ。そもそもこの心配性だって、義母の認知症がきっかけというわけではなく、随分昔からのことだ。

雨が降るとわが家の電話が鳴る。「雨が降っているけど、大丈夫か!?」と半泣きのような声で言う。お前が大丈夫かと言いたい。雷が鳴れば「雷が鳴っているぞ!」と、泣きそうな声だ。電車が止まれば「電車が止まったぞ!」、台風が来れば「台風が来るぞ!」。

こんなことが続き、私がノイローゼになりそうになって、電話線をハサミで切ってしまったことがある。すると翌朝に、いきなりわが家にやってきた(当時はまだ車の運転ができた)。「死んでしまったかと思って、警察に通報するまえに確認に来た」ということだった。こんな事件が何度もある。子どもたちが小さい頃は、もっともっと酷かった。すべては書き切れないし、私の怨念が噴出しそうなのでこのあたりでやめておくけれども。

陰キャの義父と陽キャの義母

さて、そんな陰キャな義父と陽キャな義母を連れて、先日、月一度の受診に行ってきた。以前は3か月に一度の通院でよかったものの、この3年間義母を診察してくれている医師が、義母の様子を観察し、1か月おきにすることを決めた。つまり、進行してきているのだ。

私と夫で、順番に連れて行くことにしている。車でたかだか1時間の距離の病院だが、二人の後期高齢者を連れて受診することの大変さは筆舌に尽くしがたい。後部座席で琵琶湖を眺めて、「なんて美しい海なのかしら。ここはどこ?」と言っている義母はかわいいものだ。義父は車に乗った瞬間から、泣きそうな声で「こんなことをさせて、すまんなぁぁ……」と言いはじめる。何度も言う。


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「こんな目に遭わせて、つらい……こんなことならいっそ……」

「病院に行ったからって、何が変わるでもない……」

「こんな苦労ばかりさせてしもうて……」

もう、本当に急ブレーキをかけて車から放り出したいぐらいに腹が立つのだ。反応するのも腹が立つ。堂々としていればいいじゃないか! ありがとう、今月も迷惑かけたが、本当に助かるよ。なぜそう言えないのだ。どんどん怒りが募り、若干運転が乱暴になってきた時だった。次男からLINE通話が入った。ハンズフリーにしていたのですぐに応答した。

「あ、母さん? 俺やけど、帰りにマクドでダブチ(ダブルチーズバーガー)買ってきてくれへん? もしトリチ(トリプルチーズバーガー)があったらそっちでええわ。3個……いや、4個で頼む!」

了解と応答してそそくさと通話を切ったのだが、聞きつけた義父が(こんな時はよく聞こえるのだ)、またもや泣きそうな声で「今のは誰や」と聞いた。「ああ、次男ですよ」と答えると今度は、

「あああ、可哀想に……」と言った。何が可哀想なのか、まったく理解できない。

「何が可哀想なんですか。ハンバーガー買ってきてってだけじゃないですか」

「食べるものがないんやろ……わしらがこうやって迷惑をかけているから……」

ムキーッ、イライラするう! 高校生は24時間ハンバーガーを食べる生き物なんですよ。いつでも食べるんだよ、やつらは!

今日のヘルパーさん

イライラする私にまったく気づかず、義父は追い打ちをかけるように言い出した。

「このまま真っ直ぐ家に戻ってくれ。あの子が可哀想や。お昼ご飯がないんやから、待たせるわけにはいかん、いますぐハンバーガーを買いに行ってくれ……」

この発言にはさすがの義母も「はぁ?」と言っていた。私は二人を病院に連れて行くために仕事を休んでわざわざこんなに遠いところまで車を飛ばして来ているというのに、息子がダブルチーズバーガーを買ってきてと言ったぐらいで、なぜ病院からマクドナルドに行き先を変える必要が!?

堪忍袋の緒が切れて「病院には行く!」と大声を出してアクセルを踏み込んだ私の勢いに圧倒されたのか、車内は静かになった。おんぼろ車のエアコンから出るピューピューという音だけが響いていた。

帰り道は運転手の私が完全無言となった車内で、義母が「今日のヘルパーさんは恐いわねえ……」と小声で言っていた。

そのヘルパーさんは私や。

夜に義母から電話があり、「今日のヘルパーさんは乱暴な人でした。あなたに報告しようと思って」と、まだ言っていた。「お父さんも、『あれだけきつかったら周りもタジタジやろ』と言ってました」ということだった。

ええ根性しとる。

※本稿は、『義父母の介護』(村井理子)の一部を再編集したものです。