【3月9日】レミオロメンのカバーで1000万回再生 当時高校生だった3人が15年後の「3月9日」に再会した理由「この日しかないと思って【前編】
15年前「3月9日」奏でた高校生3人 再生回数1000万回 今は…。
きょう「3月9日」と聞いて、レミオロメンの名曲を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。2010年10月、この曲を演奏した「高校生バンド」の動画が、インターネットで大きな話題となりました。
再生回数は、のべ約1000万回。あれから15年ーそれぞれ別の道を歩んだ3人が、きょう「3月9日」、母校で1日限りの復活ライブに臨みました。
「3月9日」15年前にこの曲を演奏した、高校生バンドの動画です【画像①】。YouTubeの再生回数は、これまでに約1000万回にのぼり、今もなお、コメント欄には書き込みが続いています。
復活ライブまで残り10日となったこの日、3人が、母校に帰ってきました【画像②】。
(作陽学園高校ミュージッククラス音楽デザイン長 貞廣 幸大さん)
「久しぶりー。14年ぶり?15年ぶり?」
岡山県倉敷市の作陽学園高校です。校舎は移転しましたが、教室のロゴは当時のまま残っていました。
(作陽学園高校ミュージッククラス音楽デザイン長 貞廣 幸大さん)
「あれはジョーが作ったもの【画像③】」
(ジョーさん【画像④】)
「歴史に刻んでいるんだな、っていう」
3人は、音楽を専門に学ぶクラスの生徒でした。顔を揃えるのは、卒業以来です。
ギター・ボーカルのジョーさん ついたあだなは「3月9日」
(YOTUBE動画より)
ライブは当時、全校生徒の前で行われました。ギター・ボーカルは、1年生のジョーさん(30)。ドラムは2年生の、黒田康之さん(32)。ベースは3年生の内田尚之さん(33)でした。
【画像⑤⑥ジョーさんの昔と今】
【画像⑦⑧黒田さんの昔と今】
【画像⑨⑩内田さんの昔と今】
(ジョーさん(30))
「ゴリゴリのスポーツ高校だったので、なんかオタクたちが何か出てきたみたいな。目線を感じながら、そうやった後は、もうずっとあだ名は『3月9日』でした」
「ムキムキのマッチョの先輩たちが『3月9日!』みたいな、廊下でめっちゃ絡んでくるっていう」
なぜ3人は「16年後の3月9日」めがけて集まった?
当時、戸惑いながらも演奏した一曲は、思いがけず、多くの人に届きました。
(黒田康之さん(32))
「ただただびっくりして、そんなことがまさかあるとは思っていないので」
(ジョーさん(30))
「3月9日のパワーがすさまじいので」
「それにあやかって乗っかって」
集合するなり練習を始める3人。しかし、内田さんは3年ぶり、ジョーさんは6年ぶりの演奏です。
(ジョーさん(30))
「いまだって、コード調べてた。ギターが弾けません」
(内田尚之さん(33))
「久々にやったら弾けないですね。難しいです」
再結成を呼びかけたのは、恩師の貞廣さんでした。きょう3月9日からレミオロメンが15年ぶりに全国ツアーをスタート。同じ“15年”の節目に、もう一度あの曲を―。その思いからでした。
(作陽学園高校ミュージッククラス音楽デザイン 貞廣 幸大 さん【画像⑫】)
「またいつかできないかなと、ずっと思いはあったんですけど…。ベースの内田くんがレミオロメンのめちゃくちゃファンで、もうこれはこの日しかないなと思って」
(内田尚之さん(33))
「そういう繋がりが今も続いて。会えるのは、ちょっと感慨深いですかね」
(ジョーさん(30))
「レミオロメンキッズだもんね!」
高校卒業後 3人の人生は
現在は、音楽活動から離れているベースの内田さん。しかし、この曲への思いは変わっていませんでした。
(作陽学園高校ミュージッククラス音楽デザイン長 貞廣幸大さん)
「うーちゃん(内田さん)やっぱりすごいな。完コピやな」
(内田尚之さん(33)【画像⑬】)
「完コピと、ちゃんとベースの前田さんのアレンジも入れました」
ドラムの黒田さん。動画のコメント欄で、思わぬ憶測も飛び交いました。
(黒田康之さん(32))
「コメント欄の中で、僕は寺の息子になっていて…父親が住職で本当は、音楽に反対されている両親の意見を押し切って、そのロックをやってるみたいな。だから本当はお前はドラムじゃなくて、木魚を叩けみたいな【画像⑭】」
これには本人もー。
(黒田康之さん(32))
「だからもう俺がコメントしたもん自分で、『ドラムの木魚です』。あれから何十年経ちましたが、僕はその寺でもないし、みたいなそのコメントに本人降臨とか、ちょっとなんか沸いとったわ」
現在は、昇降機のメンテナンスの会社で働きながら、バンド活動も続けています。
(黒田康之さん(32)【画像⑯】)
「ちゃんとドラム叩いてたんだぞ、っていう感じですかね。木魚じゃなくて」
ボーカル・ジョーさん「武道館やってやるぞ」待っていた挫折
その歌声と端正なルックスで注目を浴びたジョーさん。実は、動画のステージがボーカルデビューでした。
(ジョーさん(30))
「バンドで一時期、夢見たときもありまして、そのときの原点的な動画ではあるかなって思いますね」
卒業後に上京し、2017年にはバンドを結成。楽曲の制作も手がけ、アルバムもリリースしました【画像⑰】。
(ジョーさん(30))
「武道館でやってやるぞとか、ありふれたベタなものは目指していました」
「このままやり続けていたら、いい線いくんじゃないかとかって、信じてやっていたんですけど」
しかし、2020年ー。コロナ禍で出演予定のフェスはすべて白紙に。ストレスから、入院を余儀なくされました。
(ジョーさん(30))
「だいぶどん底でしたね。2週間ぐらい天井を見ながら、『バンド辞めるかぁ』と思ったら、なんか」
アーティスト活動を終えたジョーさん。現在は会社員として、充実した日々を送っているといいます。
(ジョーさん(30))
「音楽はもうやんないけど…ここからね…楽しく幸せに生きていく上での、エネルギーになってくれる日になればいいかなって思ってます」
そしていよいよ3人の音が重なる
この日の練習は、6時間にも及びました。
(作陽学園高校ミュージッククラス音楽デザイン長 貞廣 幸大さん)
「ジョー色が出てきている。あの時はザ・レミオロメンだった」
(内田尚之さん(33))
「東京のバンドっぽくなった」
飾らない制服姿で演奏していた3人。あの日から15年。それぞれの人生を経て。再び、3人の音が重なります。
【後編】へ続く
高校生だった3人 15年ぶりに奏でた“レミオロメン” 「音楽をやっている自分って初心。初心を思い出して頑張ります、社会人生活」
