『ばけばけ』写真提供=NHK

写真拡大

 髙石あかりがヒロインを務めるNHK連続テレビ小説『ばけばけ』が現在放送中。松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々を描く。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語。

参考:“吉沢亮フィーバー”は終わらない 『ばけばけ』『国宝』を経て高まる次回作への期待

 第19週、トキ(髙石あかり)は生まれ育った松江を離れ、熊本に住む決意をする。これはヘブン(トミー・バストウ)による提案だったが、彼はその理由について「松江は寒いから」と周囲に嘘をついていた。

 実際に小泉八雲・セツ夫妻も、結婚後に松江から熊本へと移住しているが、その動機は明確になっていない。制作統括の橋爪國臣は「お金のためだったり、本当に寒いからだったり、セツさんがラシャメンと呼ばれていたからだったり、セツさんが都会に行きたかったからだったり……。資料にはいろんなことが書かれていますが、本人たちにとって何が一番重要だったのかは、よくわからないんです」と話した上で、「その部分をちゃんと描いていくのが、ドラマだと思っています」と決意を口にする。

「単純に“お金が儲かるから”という理由にしてもいいんですが、それでは面白くない。ヘブンとトキの関係を軸に物語を作っていきたいと考えたときに、一番大切なことは何かなと。トキ本人は気づいていないけれど、実は松江で過ごしにくさを感じている。それをヘブンがどう察してあげるのか。そして、トキはどう乗り越えていくのか。そこが2人のドラマなので、そのあたりをフィーチャーして描くことにしました」

 トキのラシャメン騒動は、知事の食い逃げ事件、そして力士と遊女の心中事件によって過去のものとなった。だが、決してすべてが元に戻るわけではなく、その構図は現代社会にも通じるものがある。

 橋爪は「週刊誌の報道などで一時的に盛り上がっても、ひと月も経てば別の報道が出て、世間からは忘れられていく。そうして直接本人に言うことはなくなるけれど、みんなの中にはずっと何かが横たわっていて。そんな状況に立たされた人たちを描けたらいいなと思った」とし、こう続ける。

「たとえばヘブンがトキの思いをすべて汲んで、白馬の王子様のように彼女を松江から連れ出したら、あまりにもできすぎた人ですよね。一方で、直接本当のことを言われたら、トキも戸惑ってしまうかもしれない。そう考えたときに、きっとヘブンなりの優しい嘘をつくんじゃないかなと。トキが悪いのではなくて、すべて自分が悪い。ヘブンなら、そうやって自分のせいにするのではないでしょうか」

 第93話のラストで描かれたのは、トキがひとり宍道湖畔で思いを巡らせるシーン。台本には「宍道湖畔」とだけ書かれていたが、演出のために桟橋を建て、大きな船へと渡るための小舟も用意した。

 撮影当日、残念ながら現場には立ち会えなかったという橋爪だが、「『ばけばけ』ではナレーションで説明することもないし、登場人物が自分の心情を語ることもなくて。みなさん芝居が達者で表情で語れる方々ばかりなので、それを全面に生かした演出やシーン作りをしてきました。今回も髙石さんが湖を見つめて、最後の松江の景色に思いをはせる。それだけでトキの決意を表した、すごく感情的なシーンになっていると思います」と手応えを語る。

「言葉で説明すれば、『ああ、そうなんだ』で終わりだと思うんですね。『この人はこういう思いだったんですよ』と言ってしまえば“。(マル)”がつくけど、人間の思いはそんなに単純なものじゃなくて。松江から離れたい思いもあるし、離れたくない思いもある。みんなに助けてもらえて嬉しい気持ちもあるし、なんでみんなに助けられているんだろうという気持ちもある。ヘブンはなぜ嘘をついたのか、どこの歯車が狂ってしまったのか……その複雑な感情が、説明することで一色になってしまう。セリフにせず表情で魅せることで、観ている方の感情により訴えかけるものになればいいなと思っています」

 なお、トキが自分の本心と向き合うきっかけとなったのは、サワ(円井わん)の「誰も知っちょる人がおらんってことは、周りも誰も自分のことを知らんってことだけんね」という言葉。

 橋爪は「おサワだって離れたくないと思いますが、トキの背中をちょっと押してあげたんでしょう」と2人に寄り添いつつ、「もしかすると、サワはそこまで深く考えていなかったのかもしれないですけどね。自分自身に重ねた本音かもしれません」と笑ってみせた。

 いよいよ熊本行きが決まったトキとヘブン。親友・サワはもちろん、錦織との別れがどう描かれるのか。物語は大きな転機を迎えそうだ。(文=nakamura omame)