「実家に出戻るから別れよう」と言う彼女を追って、新幹線に飛び乗った男。車内で見てしまったモノとは
恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。
盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。
だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。
恋に狂った彼らのトラップに。
▶前回:交際中の彼氏が、突然元カノと復縁することに…。女がいきなり乗り換えられてしまった、そのワケは

東京駅の男・小寺正吾(32歳)
「ごめん正吾。私、実家へ戻ることにしたから別れよう」
付き合って2年になる雅から電話でそう告げられたのは、今朝のことだった。
だが彼女の意思は固く「東京を出て、京都の実家に帰る」の一点張りだったのである。
「何時の新幹線に乗るの?その前に少し、会えないかな」
「18時30分だけど…。ごめん、会えない」
「じゃあ新幹線の中で、話をしよう」
こうして僕は、スーツ姿で東京駅のホームに立っていた。先月買ったばかりのシャネルの腕時計に目をやると、時刻は18時29分を指している。
あたりを見渡すが、雅の姿はない。そのときLINEが入った。
『miyabi:のぞみ101号。自由席』
ホームにすべりこんできた、のぞみ2号車の自由席に入る。しかし彼女は見当たらない。そのまま1号車に移動すると、通路側の席に美しい黒髪ストレートの後ろ姿が見えた。
髪だけで、すぐに雅だとわかる。乗車してくる人をかきわけて彼女のもとへ向かうと、声をかけた。
「雅…」
ゆっくり顔を上げた彼女は微笑み、僕の目を見つめている。
「正吾くん、来てくれたのね」
その笑顔にホッとした、次の瞬間。僕は後ろから、ふいに肩を叩かれたのだ。
いきなり正吾に声をかけてきたのは、誰だったのか…?
振り返ると、そこにはスラリと背が高く、痩せた体の男が立っていた。
「…あの、いきなりすみません。あなた誰ですか?」
「誰、って…。彼女の恋人ですが」
僕がそう言うと、男は「えっ!?」と、素っ頓狂な声を出し、呆然とした顔で雅のことを見つめる。そして、ありえないことを言い出したのだ。
「僕が、雅さんの恋人なんですけど…」
訝しげな表情を浮かべると、ためらう様子もなく彼女の隣に腰を下ろす。
「…雅さん、またナンパですか。本当に気をつけてくださいね」
「ちょっとお前、何言ってるんだよ!っていうか雅、こいつ誰なんだ?」
僕は思わず大きな声をあげた。しかし男も「あなたこそ誰なんですか」と、声を潜めながら僕を睨む。そのとき、今まで黙っていた雅がようやく口を開いた。
「…2人とも私の恋人なの。正吾くんも、元気くんも」
「は?どういうことだよ、雅。…二股してた、ってことか?」
混乱しながらもそう問いかけると、彼女は涙を浮かべて小さく頷いた。男はシートに腰掛けたまま、頭を抱えて「嘘だろ…」とうなだれている。
「…2人にお願いがあるの」
涙をぬぐうと、雅はさらに信じられないことを言った。
「京都駅まで2時間あるの。到着するまでに、どちらが私にふさわしいか、2人で相談してくださる?」
◆

品川の男・佐々木元気(32歳)
僕は汗をぬぐいながら、品川駅のホームを駆け上がっていた。死んだ祖父にもらった安物の時計に目をやると、時刻は18時32分を指している。
「よかった、間に合った…」
2時間前。次に作る映画の脚本について打ち合わせをしていた僕のもとに、雅からLINEが届いた。そこには『今日、実家に帰る』と書かれていて、最初はフラッと数日だけ帰省するのだろうと思っていたのだ。
それが勘違いで、もう東京には戻ってこないのだとわかった僕は、慌てて彼女に電話をかけた。
「…いつ京都に戻るの?」
「18時30分東京発の、のぞみに乗る予定」
「じゃあ、仕事を早めに切り上げて行くから。新幹線の中で話できる?」
こうしてのぞみ1号車に乗り込んだ僕は、車内中央の席に雅の姿を見つけた。…しかし彼女は、見知らぬ男から声をかけられていたのだ。
― またナンパか。前にもこんなことがあったな。
僕は急いで雅のもとへ歩み寄り、震える手でゆっくり男の肩を叩く。
「…あの、すみません。あなた誰ですか?」
振り返った男は、くっきりした二重に弓なりの眉が特徴的で、ドラマから飛び出してきたようなイケメンだった。腕には、ダイヤモンドが埋め込まれた黒い時計が光っている。
「誰、って…。彼女の恋人ですが」
「えっ!?僕が、雅さんの恋人なんですけど…」
男の言葉に戸惑っていた、そのとき。追い打ちをかけるかのように、雅がこんなことを言ってきたのだ。
「どちらが私にふさわしいか、2人で相談してくださる?」
こうして僕は初対面の男と、新幹線内で彼女の奪い合いをすることになったのである。
◆
小寺正吾と名乗った男は、身なりからして稼いでいそうな雰囲気で、きっとモテるんだろうなと感じた。僕は重い口を開き、本題に入る。
「小寺さんは、雅といつから…」
「ああ、2年前から付き合ってます。来月、彼女の誕生日にプロポーズしようと思ってて。…ってか、あなた本当に付き合ってるんですか?ストーカーとかじゃなくて?」
「えっ!?僕だって1年半前から、ちゃんと付き合ってましたよ…!」
2人の間に気まずい雰囲気が流れる。僕は黙って、窓に映る彼の横顔をぼんやり眺めていた。…容姿や社会的地位。すべてにおいて勝てる気がしなかったから。
そうこうしているうちに新幹線は名古屋に到着し、たくさんの人が乗り込んでくる。その中の1人の男が、雅の横に座った。
「誰だあいつ?」
思わず2人で顔を見合わせる。すると男は、雅の頭を撫で始めたのだ。
親しげな雰囲気で、雅の横に座ったのは…
「…なあ雅、次は誰なんだよ。ちゃんと説明してくれよ!」
見知らぬ男に頭を撫でられている雅を見て、ついに怒りを堪えきれなくなったらしい。小寺さんは座席から立ち上がると、怒鳴り声をあげながら彼女に近づいていった。
僕もその後を追って、雅の席に向かう。すると彼女はいたって冷静な顔で、ゆっくりと口を開いた。
「…どういう結論になったかしら?」
「えっ?」
「お2人のどちらが私にふさわしいと思ったか、と聞いているのです」
「俺に決まってる!この男に将来性はないし、金もない。俺のほうがずっとずっと、雅を幸せにできる」
情けないけれど、僕は何も言えなかった。すると雅が、こんなことを言い始めたのだ。
「小寺正吾さん。あなたは、売れっ子の映画プロデューサーで、お金も地位もあって顔もかっこいい。でも優しさはありません」
雅は視線を僕に向け、言葉を続ける。
「佐々木元気さん。あなたは見た目にも無頓着で、お金もない。でも人並み外れた監督としての才能と、優しさがある」
そして雅は、隣の席に腰掛けている男に目を向けた。
「この人はお金も地位もあって、ハンサムで。そして才能があり、優しさもあります」
しかし彼女の横に座っているのは、還暦近い見た目をしている普通のおじさんだ。
「おい雅、何の冗談だよ。こんなの、ただのオッサンじゃないか!」
今にも殴りかかりそうになっている小寺さんの言葉をさえぎり、雅は言葉を続ける。
「30歳までに父を超える方に出会えなければ、私は京都の実家へ帰ることになっていたのです。…では行きましょう、お父様」
雅は父親の手を取り、グリーン車のほうへと歩き始める。彼の腕には、アンティークのパテック・フィリップの時計が光っていた。

◆
残された僕たちは、自由席に座ったまま呆然としていた。しばらくして小寺さんが口を開く。
「佐々木さん、映画監督だったんですね。僕はプロデューサーです」
「は、はい…。アート系の映画ばかり撮っていますが」
「次回作はどんなのを撮ろうと?」
「恋愛です。ミステリーモノの。とんでもない理由で捨てられた2人の男の話」
「いいですね。…佐々木さん、よかったら東京に戻って飲みませんか?僕もちょうど、そういう映画を作りたいと思っていたんです」
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