事故のあった那須サファリパーク正門には警察官の姿が

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 残雪が目立つ栃木県のJR黒磯駅前からバスで約17分。市街地や別荘地を抜けた山奥に銀世界に囲まれた『那須サファリパーク』はあった。正門に栃木県警の立ち入り禁止の黄色いテープが張られ、警戒中のパトカーと警察官の姿も。動物をかたどったバスが寂しく何台も停まっていた。

【写真】飼育員を襲ったトラは世界で約30頭しか飼育されていない希少種

 飼育員がトラに襲われる事故があったのは5日午前8時20分ごろのこと。

 開園準備中のトラ舎に肉食動物担当の女性飼育員(26)の悲鳴が響きわたった。

「ボルタ〜! わぁ〜っ!」

 近くで別々の作業をしていた20代の飼育員男女2人がそれぞれ異変を察知し、女性飼育員を助けようと獣舎わきの飼育員通路へ。本来そこにいるはずのないベンガルトラの「ボルタ(10歳オス)」はかまわず襲いかかった。

手首から先を失う重傷

 同園からの119番を受けて飼育員3人はドクターヘリなどで緊急搬送されたが、頭部を噛まれて骨折するなど大けがを負い、同僚を助けようとした小動物担当の女性飼育員(22)は右手首から先を失う重傷という。

 同園の葛原直人支配人(46)は、

「まだ3人と面会できておらず、早期の回復を願うばかりです。園を再開するめどは立っていません。再発防止のため徹底的に事故原因を究明しなければなりませんし、本人から話を聞かなければわからないことがいくつもあります。できる安全対策をとった上での再開になります」

 とケガを負った飼育員を気にかける。

 関係者によると、手首から先を失った飼育員は手術を無事に終えて容体は安定しているという。

 日ごろ世話をしてもらっている飼育員に噛みついたボルタは、2018年に岩手サファリパークから転園。ベンガルトラのなかでも世界で約30頭しか飼育されていない『ゴールデンタビータイガー』という希少種で、トラ縞の模様が薄く金色に見えるため、俳優ジョン・トラボルタの髪色から名付けられた。表情が穏やかで“癒し系”として人気に。体長約2メートル、体重約150キログラムまで成長し、同園では2頭しかいないベンガルトラ「ラブ(メス14歳)」との繁殖が期待されていた。

「トラは基本的に単独行動する動物ですが、ラブとの相性は悪くありませんでした。エサは鶏肉や馬肉を与えており、1食で5〜6キログラム食べます。本来ボルタのいる獣舎に事故前夜に置いたエサは、手つかずに残っていました」(前出の葛原支配人)

前日、トラはエサを食べていなかった

 事故原因の解明は県警の捜査などを待つしかない。予断は禁物とはいえ、ボルタがトラ舎内の自室にあたる獣舎の中にいなかったことからも、前日獣舎に戻れずエサを食べていなかった可能性はあるだろう。

 空腹で人間を襲ったのか。

「わかりません。仮にエサを食べたあとでも人と出くわせば襲ったかもしれませんし、それが見慣れている人でもそうでなくてもトラは力加減が違いますから。見慣れているから近づいたのかもしれないし、人がいてびっくりしたのかもしれない。ボルタの気持ちはわかりませんが、調教できる動物ではありませんから」(前出の葛原支配人)

 常駐する獣医によって麻酔銃を撃ち込まれたボルタは、しばらくノロノロと動いたあとに眠ったという。現在は自室の獣舎におり、ほかの飼育員が経過観察している。

 事故後、同園には、ケガをした飼育員を心配するメールや電話などが数多く寄せられており、ボルタの処遇を気にする声も多いという。

《ボルタを殺処分しないでください》

《ボルタはどうなってしまうのか》

 そんな声を届けられた前出・葛原支配人は表情を変えずにこう話す。

「人を襲ったからといってその動物を殺処分する動物園はどこにもないと思います。一般の方にはそんなイメージがあるのかもしれませんが、管理動物のやったことはみな人間の責任です。ボルタが殺処分されることはありません。管理している人間側の責任です」

 第三者にあたる専門家はどうみるか。危険性の高い、脱走したアミメニシキヘビや池に捨てられたワニガメを頼まれて捕獲した国内最大の爬虫類・両生類の体感型動物園「iZoo(イズー)」の白輪剛史園長に聞いた。

過去には殺処分されたベンガルトラも

 トラはお咎めなしでいいのか。

「報道で知る限り、園は飼育員とトラのあいだに必ず檻を挟む間接飼育をしていたようです。給餌時など危険な生き物の世話をするにあたっては、同じ空間に一瞬たりとも飼育者と生き物が入ることのないようにする間接飼育が望ましい。そうしていたにも関わらず飼育員とトラが対峙してしまったわけですから、構造上のミスか、テクニカルなミスがあったことが考えられます。生き物は、通路があって開いていれば通っていくのは当たり前なんです」(白輪園長)

 アミメニシキヘビやワニガメの捕獲依頼を引き受けたのは、人に危害を加えるようなミスコンタクトを未然に防ぎたかったから。その万が一が起きた場合、もし白輪園長ならばどう対処するのだろうか。

「難しい質問ですね。トラは悪くないという論調はどうしても起こるでしょう。しかし一方で、被害者の感情やご家族の気持ちも考えてあげなければいけない。飼育員を志すような人ですから“殺処分してください”とは言わないかもしれませんが、ほかの飼育員のモチベーションも考慮する必要があります。

 少なくともトラという高等動物が人間の血の味を覚えてしまったわけですから、今後は間接飼育を完全に守らなければいけない。隔離して非公開で飼い続けることも選択肢のひとつでしょう。いずれにしても、それぞれの園の方針ですから、第三者がああせい、こうせい、とは言えないことだと僕は思います」(白輪園長)

 過去の事例を調べてみると、2000年2月に東京・町田市の動物プロダクションで飼育員に噛みついて死亡させたベンガルトラは薬殺処分されている。17年2月に長野・小諸市の動物園で飼育員を噛んで重傷を負わせたライオンについては、有識者による事故検証委員会が事故原因を人為ミスと認定し、ライオンも被害者といえるとして「殺処分にしなかったのは適切な判断」と園の対応を評価した。

 那須サファリパークでは1997年と2000年にも飼育員がライオンに噛まれる事故が発生している。

「その事故当時はマニュアルが徹底されていなかったと聞いており、以降はほかの動物園の事故なども反映して毎年のようにマニュアルを更新し、その都度、徹底してきたところでした」(前出・葛原支配人)

 まずは事故原因の究明だろう。