すらりとした体躯をかがめて、女優は東京・目黒の古びた飲食店ビルの地下にある店に入り、慣れた様子で席についた。すべての動作がしなやかで、もともとはモデルだったのも、うなずける。

 ただ、彼女の立ち居振舞いとは相反するように、店内は男くさい。壁には矢沢永吉のポスターやグッズが、奥には松田優作さんのカレンダーがバラして貼ってある。BGMも、永ちゃん(矢沢永吉)だ。

 その店は、とよた真帆(53)の数年来の行きつけ、「羊や カブト 本店」。ジンギスカンをはじめ、ラムのしゃぶしゃぶ・すき焼きも楽しめる、羊肉好きにとっては、たまらない店だ。

「初めて来たのは、この店に支店ができたあとなので……ねえ、マサさん(店長の名)、もう何年前かしら? 8年以上前? だそうです(笑)。オーナーのアキラさんが、店の前に立っててね。いまと違って、ドレッドヘアで怪しい感じがして、気になって仕方なかったんです」

 とよたは店との“馴れ初め”を、楽しげに振り返る。店には、ひとりカラオケをした帰り、ふらっと立ち寄ったという。

「上の階の(カラオケボックスの)コート・ダジュールに、いまでも時々通っていて、ボイストレーニングも兼ねて歌い、ストレス発散をしているんです。一生懸命歌うと、おなかも減るから、『何か食べていこう』と下まで来ると、アキラさんと出会ってしまった」

 以降、それまであまり食べなかった羊肉に開眼。カウンターがあるので、ひとりでも立ち寄りやすく、現に1人前から注文できる。

 しゃぶしゃぶは、昆布と羊のテールで取った出汁に、たっぷりの野菜を入れ、まずは刺身でも食べられる北海ダコを浸してポン酢で味わう。それから、ラムを投入。北海道の「ベル」のジンギスカンたれをポン酢で割ると、ラムとの抜群の調和が生まれる。

 〆は、タコとラムの旨味が溶け込んだスープと西山製麺の麺でラーメンを作ってもらう。

「量の調節が利くのがよくて、ラムが柔らかい。夫婦でも、お友達とも来ます。そんなときは、しゃぶしゃぶのあと、ジンギスカンまでがセット」

 ラムは、低脂肪で高タンパク。自身で健康レシピ本を出し、料理には一家言ある彼女が、ここまでハマるラムしゃぶは、なるほど、出汁の風味がよそとは違う。たれも、ほんの少し絡めるだけで、美味しくいただける。

「ほら、こうやってお肉で巻くと、野菜もたくさん食べられる。カラオケは、意外と体力を使います。私の影響で、お友達にもカラオケにハマった人がいて。その方にも指導してあげられるくらいには、歌い込んでますよ。

 レパートリーは幅広くて、越路吹雪さんに浅川マキさん、ちあきなおみさん。メンズの歌も、けっこう得意。キングヌーやサチモス、そして秦基博さんは、だいたい歌えます」

 ボイトレは舞台のためでもあったが、浅川マキさんに関しては、夫で映画監督の青山真治氏からのリクエストがあった。

「あるとき、家で書き物をしていた主人が突然、『ちょっと、これ歌ってみてよ』と言ってきたのが『セント・ジェームス病院』という、浅川さんが日本語詞をつけたブルース。

 歌ってみると、『この歌を歌える女優がいたのか! 結婚10年めにして初めて聴いた』と驚かれたんです。それでカラオケにも目覚めてしまって(笑)」

 青山氏は、浅川さんの半生の映画化を目論みシナリオも書いたが、いまだ実現に漕ぎ着けていない。しかし妻の思わぬ才能が、そこで開花した。

「私がレッスンした方が、『Myマイクをなくした』って大騒ぎをして、代わりを買ったんですけど、あとで見つかって。だから、『余ったのをあげるよ』って、もらったのがこれなんです」

 とよたはバッグからマイクを、おもむろに取り出した。これが、見事に金ぴかなのだ。

「すごいでしょ。カラオケ館で3万いくらかで買ったそうです(笑)。その方は歌に自信がなく、職場でカラオケにつき合わされるのが苦痛だったそうで、私が『十八番が2曲あれば、人生乗り越えられる』とアドバイスしたら、そのとおりになったと、感謝の意味でマイクもくださったんです」

22歳のころ。10代でパリコレクションにデビューした

 とよたは小学校から学習院に通い、お嬢さま育ちだと、よくいわれる。父は大手広告代理店に勤め、20代で部長にもなったが、起業した会社が倒産し、家を出た。以後、父が銀座に残したバーを母が切り盛りし、とよたや兄姉を育てた。

「母は浅草育ちの江戸っ子で、細かいことにこだわらない性格。そんな人柄に惹かれ、バーには著名な作家の方々も、常連でいらしてました。20年前に出した緊縛写真集(『ambient M』[ぶんか社])の解説文を書いていただいた、浅田次郎先生も、そのひとりです」

 そんな母の苦労を見て、とよたは「一刻も早く独立したい」と考えていた。高校在学中にモデルのオーディションを受けたのも、「当時の自分でも働ける」のが理由だった。

「中学では演劇部でしたが、見る間に身長が伸び、150cmから173cmになってしまいました。女優を目指すより、モデルのほうが現実的だったんです。でも、いろんなお仕事をいただくうちに好奇心が湧いて、自然に女優への道が開かれていったんでしょうね。

 また、10歳上の兄が映画好きで、毎週劇場に連れていってくれました。最初に記憶にあるのが、『カッコーの巣の上で』(1976年)。なぜ、あんな深刻な作品を小学生に見せたのか(笑)。

 兄は高校で自主映画を作っていて、家には私が映った8ミリフィルムも残されています。それも女優になる、きっかけだったのかなと思います。その後、兄は日大藝術学部の映画学科に進み、いまでは映像プロデューサーとなり、兄が制作した番組に、私も出ました」

 母ゆずりのおおらかさ、父や兄ゆずりの創造性が溶け合い、多趣味で何にでも挑む、とよたの人間性が育まれた。週2回、ひとりカラオケに通うのも、凝り性ゆえだ。

「音域をどう広げるか、(地声と裏声を合わせた)ミックスボイスの出し方など、わりと研究家タイプなんです。

 昔から吉田美奈子さんのファンで、お手本にもしています。ライブはかぶりつきで聴いてるし、CDは並んで買ってサインをもらうほどです(笑)」

 昨今のシティポップリバイバルの談義にニマニマしながら、ラムを口へ。次の挑戦に向け、その瞳はひっそりと輝いていた。

とよたまほ

1967年7月6日生まれ 東京都出身 高校在学中にモデルデビューし、パリコレクションなどに出演。1989年、女優デビュー。以降多数のドラマや映画、舞台などに出演。芸術に造詣が深く、絵画の個展を開いたり、京友禅の絵師として着物のデザインを手がける。bayfm『SATURDAY BRACING MORNING』(毎週土曜朝8時)のパーソナリティを務める。インスタグラム(@maho_toyota)も更新中

【SHOP DATA/羊や カブト 本店】
・住所/東京都品川区上大崎2丁目27-1 サンフェリスタ1F
・営業時間/17:00〜翌1:00 ・休み/日曜定休

取材&文・鈴木隆祐
写真・野澤亘伸

(週刊FLASH 2020年9月29日・10月6日号)