いまやユーチューバーは飽和状態だ、と主張する人もいるかもしれない。リリー・シン、ライザ・コシ、そしてデーヴィッド・ドブリックといったYouTubeスターたちは、すでに大きなファンベースを抱えている。

それでも、こういったYouTubeスターとハリウッド俳優のような「本当のセレブリティ」のあいだには差があると、YouTubeは継続して考えている。だからこそ、YouTubeにテレビや映画のスター、音楽アーティストやプロアスリートを登場させようと尽力しているのだ。

本稿の取材に応じてくれた5人のエンターテイメントエグゼクティブによると、YouTubeはこういった「本当の」セレブリティたちにYouTubeチャンネル設立のためのプロダクション費用前金として報酬を支払って、チャンネル設立を促しているという。対象となっているセレブリティたちの名前は明かさなかった。これまでもハリウッド・リポーター(The Hollywood Reporter)は、セレブリティにYouTubeチャンネルを作るようにお金を支払っており、この支払金額は5桁から6桁(数百万円から数千万円)にのぼると報じている。

契約内容はケースによって異なるが、決められた数の動画をチャンネルにアップロードすることに対して、20万ドル(約2170万円)から30万ドル(約3270万円)の報酬を受け取っているセレブリティが複数存在するという。動画の数は30本で、6カ月に渡って毎週、もしくは隔週で動画を投稿する、というのが一般的だ。具体的な契約内容についてはYouTube広報担当者はコメントを控えた。

広告費には大きな影響なし



5人のエグゼクティブによると、ウィル・スミスやジェニファー・ロペスといったハリウッド・スターたちがYouTubeチャンネルを開設することで注目を集めているものの、広告主に対してはこれらのセレブリティ・チャンネルに注目を集めようとはしていないようだ。これらのチャンネルの一部はGoogleプリファード広告バイイング・プログラムに組み込み、スポンサーシップ契約を広告主に対して売り込んでいる。しかしエグゼクティブたちによると、セレブリティのチャンネルが含まれていることは、広告主たちのYouTube支出に大きな影響は与えていないようだ。「大々的に、高価なものとしてはこれらをマーケティングしていないように思う」と語ったエグゼクティブのひとりは、エージェンシ・ホールディング会社レベルではこれらのチャンネルの売り込みを受けたことがないという。

もちろん、毎月20億人が使用するYouTubeのオーディエンスにリーチするにあたり、こういった従来の意味でのセレブリティがなくても広告主への売り込みは成り立つ。

むしろ、セレブリティたちにプロダクション費用を支給するというYouTubeの取り組みは、エンターテイメント業界自体に対する広範な働きかけの一環のようだ。従来のセレブリティがYouTubeスターとなることで、その境界線を曖昧にすることができる。その結果、メインストリームのメディアを楽しむオーディエンスや広告主に対して、YouTubeというプラットフォームの価値を承認させる助けとなる。

今回のアプローチの背景



これは妙なアプローチだと思われるかもしれない。YouTubeは現時点でもっとも大きなデジタルの動画プラットフォームである。YouTube上のスターはYouTubeはもちろん、その他のオンラインプラットフォームで大規模なファンベースを抱えている。リリー・シンのように、通常のテレビ番組を持つに至ったスターもいる。しかしその一方で、ローガン・ポール、ピューディパイ(PewDiePie)といったYouTubeスターたちによるスキャンダルが生むYouTubeのブランドセーフティへの懸念、平均的なレベルのオリジナルプログラムビジネスといった状況があり、YouTubeは従来のテレビ、Netflix(ネットフリックス)、さらにはインスタグラム(Instagram)といったレベルの認知を得ることに取り組んでいるのだ。

エンターテイメント業界のエグゼクティブたちによると、YouTubeからの報酬を受け取らずにチャンネルを設立したセレブリティたちもいる。プロダクション費用の支給はこの流れを加速させるものであり、時間をかけてチャンネルを成長させ、チャンネル自身でプロダクション費用がまかなえるレベルに達するため、時間と労力をかけることのインセンティブをセレブリティたちに与えようとしている。

エグゼクティブたちによると、これらのセレブリティたちはYouTubeとさらに収益の高い契約を結び、オリジナルの番組をプロデュースしたり、出演するといった可能性もあるようだ。そのことからも、YouTubeがセレブリティたちのチャンネルの制作支援を提供するモチベーションが高まっていると言える。YouTubeはオリジナル番組を無料の広告サポート分野に置いているため、彼らのオリジナルプログラムビジネスの助けにもなる可能性がある。同じファンたちをYouTubeチャンネルに登録させることができれば、YouTubeのオリジナル番組を観るよう誘導することも可能かもしれない。昨年ウィル・スミスによるYouTubeオリジナル配信の「ウィル・スミス:ザ・ジャンプ(Will Smith: The Jump)」は配信開始から48時間で1750万回の再生回数を得た。

セレブリティたちの存在



YouTubeはこれまでも、テレビの広告主たちに対してスポンサー契約の売り込みをしてきたが、有名な役者たちがオリジナル番組に出演することで、その売り込みの助けにもなるだろう。こういったセレブリティたちの存在が、広告主たちの支出を直接増加させているようには見えないものの、害にもなっていない。

YouTubeのブランドセーフティには多くの問題があることは理解している。そのためウィル・スミスやジェニファー・ロペスのようなブランドにとって安全なセレブリティが独立したチャンネルを作るときには、我々は非常に嬉しい。彼らのコンテンツはブランドにとって安全であると分かるからだ」と、マグナ・グローバル(Magna Global)のデジタル・イノベーションと戦略部門のシニア・バイスプレジデントであるジェニー・ラング氏は言う。

毎年のアップフロント・バイイング期間に広告主が購入できるグローバル・プリファード広告プログラムでは、YouTubeのもっとも人気のあるチャンネルをパッケージにしている。セレブリティたちのチャンネルもここに含まれると、YouTube広報担当者は言った。

YouTubeは過去にセレブリティを中心に制作したコンテンツを広告主たちに売り込んだことがあるが、現在、YouTubeがそれを控えているのは対照的だ。YouTubeはこれまでも、デミ・ロヴァートのようなセレブリティが出演するオリジナルの番組や映画を制作して、マーケターたちに対して「シェア・オブ・ボイス(SOV)」形式のスポンサー契約を売り込んだことがある。ふたりのエージェンシー・エグゼクティブによると、この形式では番組が持つ3つか4つのスポンサーのうちの1つになることに対して数億円の手数料を請求したという。

例外のディールも存在する



だが、セレブリティによるチャンネルをエージェンシーとのミーティングでスポンサー対象として売り込むこともあるようだ。ほかのクリエーターのチャンネルを広告主に売り込むのと同様、セレブリティのチャンネルがスポンサーシップの対象として売り込まれたことがあると、デジタス(Digitas)のアソシエイト・コンテンツディレクターであるカサリン・サクソン氏は言う。

「彼らの売り込みで、こういったオファーをYouTubeから受けたことがある。ウィル・スミス、ザック・エフロン、ナオミ・キャンベルといったトップ・レベルのセレブリティを抱えていることを披露しない理由がない。こういったセレブリティがプラットフォームに参加しており、コンテンツを作りたいと思っているとしたら、それはとてもユニークなオファーだ」と、彼女は言う。

Tim Peterson(原文 / 訳:塚本 紺)