背番号「1」の系譜 〜マンチェスター・U編〜
サッカーの世界では、GKの背番号としてお馴染みの「1」。
このシリーズでは、特定のクラブチームで1番を背負ったレジェンドたちを順番に紹介していく。
なお、紹介するのは現在から遡って6人目までの選手。背番号は1996年からを記す。
今回はマンチェスター・ユナイテッド編だ。
ピーター・シュマイケル(GK)
【マンチェスター・ユナイテッドでの背番号の変遷】
#1 :1996 - 1999年
「赤鼻のお喋り」と呼ばれたユナイテッド史上最高のGK。圧巻のセービング能力はハンドボール由来のものであり、ゴール前に立っているだけで相手に威圧感を与える存在だった。ユナイテッドでは数多くのタイトルを獲得しているが、何と言ってもハイライトは1998-99シーズンの“トレブル”。バイエルンとのCL決勝でもスーパーセーブを見せた。
マーク・ボスニッチ(GK)
【マンチェスター・ユナイテッドでの背番号の変遷】
#1 :1999 - 2000年
ユナイテッドのアカデミーで育ったオーストラリア人GK。トップチーム昇格後アストン・ヴィラへと移籍したが、シュマイケルの退団とともにユナイテッドへと復帰。1999-2000シーズンには23試合に出場するもサー・アレックス・ファーガソン監督の信頼は掴めず、2000年にチェルシーへと去った。
ファビアン・バルテズ(GK)
【マンチェスター・ユナイテッドでの背番号の変遷】
#1 :2000 - 2003年
「ポスト・シュマイケル」を探すファーガソン監督が目をつけたのが、フランス代表で“スーパーダブル”を成し遂げたGKバルテズだった。当初は質の高いパフォーマンスを披露していたが、徐々にミスも増え始め退団に。現役引退後はレーサーに転身し、フランスGT選手権に出場するなどそれなりの結果を残している。
ティム・ハワード(GK)
【マンチェスター・ユナイテッドでの背番号の変遷】
#14:2003 - 2004年
#1 :2004 - 2005年
エヴァートンでは絶対的守護神として君臨したハワードも、ユナイテッドでは目立った活躍ができなかった。2003-04シーズンこそ32試合に出場したが、背番号「1」を受け継いだ翌シーズンは出場機会が激減し、CLポルト戦では敗退に繋がるミスも。今季からは母国に戻り、コロラド・ラピッズでプレーしている。
エドウィン・ファン・デル・サール(GK)
【マンチェスター・ユナイテッドでの背番号の変遷】
#1 :2005 - 2011年
シュマイケルの退団後、ユナイテッドにようやく現れた本格派のGKがファン・デル・サールだ。長い手足を活かした安定したセービングはもちろんのこと、特筆すべきはその足元の技術。プレッシャーにきた相手選手を弄ぶかのようにかわすシーンはよく見た光景だ。2007-08シーズンには自身2度目となるCL優勝を果たしており、ニコラ・アネルカのPKをストップしチームにタイトルをもたらした。
ダビド・デ・ヘア(GK)
【マンチェスター・ユナイテッドでの背番号の変遷】
#1 :2011年 -
2011年、弱冠20歳でユナイテッドへと渡ったデ・ヘア。ファン・デル・サールという偉大なレジェンドの後継ということでプレッシャーもあったはずだが、初年度からハイパフォーマンスを披露し今に至る。キックの精度では世界でも屈指であり、最近では弱点と言われたハイボールの処理も改善されつつある。ユナイテッドの新時代を託されたGKだ。
