アンソロピックに襲いかかるミュトスの呪い――米政府が犯した究極の愚行[道越一郎のカットエッジ]
例えば共同創業者 兼 政策責任者でAIガバナンスと国際規制のリーダーでもあるジャック・クラーク氏は英国籍。共同創業者 兼 解釈可能性研究チームリーダーのクリス・オラー氏はカナダ国籍。アライメント・サイエンスチーム共同責任者で世界的なAI安全研究者ヤン・ライケ氏はドイツ国籍だ。パーソナリティー・アライメントチームの責任者でClaudeに魂と倫理を吹き込む指導者とも言われる、哲学者のアマンダ・アスケル氏も英国籍だ。AIの安全性をつかさどる中心人物が、その安全性を理由に最新モデルへのアクセスを禁じられる構造になってしまっている。彼らを抜きに米国人だけでAI開発を継続するのは事実上不可能だろう。
Anthropicは声明で、今回の措置が技術的事実や透明性に基づかないものだと批判しつつ、早期復旧への決意を示した。同社は水面下で米政府に対し、即座にみなし輸出ライセンスの特例申請を行っていることだろう。米政府は申請を受け、特定の外国籍従業員に対する例外アクセス許可を速やかに与え、社内でのアクセスを許すべきだ。問題はその許可がいつ下りるか。通常、国家安全保障が絡む複雑な案件は、許可までに6カ月程度かかると言われている。半年後ではあまりにも遅すぎる。Mythosのプレビュー版が4月、ごく一部の組織に試験公開された際「極めて能力が高く、それゆえに安全保障上危険なAIモデルでもある。しかし中国のAIも6カ月もあれば追いつくだろう」との意見も聞かれた。他のAIモデルの一部を盗用する「蒸留」が前提だとしても、猛烈に米国を追いかけるZhipu AIのGLMやDeepSeek、アリババのQwenなど、中国勢の存在は決して無視できない。
政府による非公開の書簡一本で民間AIモデルの流通が強制停止されたのは前代未聞だ。影響はAnthropic1社にとどまらず、OpenAIやGoogle、xAIなどAIモデル開発にしのぎを削っている全ての米企業に及ぶ。「強力なAIを開発してしまうと米政府に止められる」となれば、AI開発のスピードはぐっと遅くなる。あるいは米政府が恣意的にAI開発を許可したり止めたりするような事態になれば、開発に携わる外国籍の天才たちは米国外に流出してしまうかもしれない。こうしたAI開発の「内紛」で、漁夫の利を得るのは中国勢だ。なりふり構わず猪突猛進する彼らが世界のAI覇権を握る可能性を高める。米政府のAnthropicに対する今回の措置は究極の愚行だ。(BCN・道越一郎)
