渦中の木下剛志・高市首相秘書(C)共同通信社

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 疑惑の秘書隠しだ。高市陣営の中傷動画疑惑を巡り、立憲民主党が月内開催予定の参院予算委員会に、動画作成を指示したと報じられた高市首相の秘書を参考人招致するよう要求。自民党側は難色を示し、「総理とのやりとりの中でしっかり聞いてもらいたい」(磯崎仁彦・参院国対委員長)と完全に後ろ向きだ。

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 この消極姿勢を「24年前の彼女」が目撃したら、間違いなくキレていた。

〈代議士が無実だというなら、ご本人にとっても堂々と身の潔白を明らかにされる機会にもなるでしょう〉──。2002年2月28日、高市首相自身の発言である。

 当時の国会は、鈴木宗男議員を巡る一連の「ムネオ疑惑」一色だった。野党は本人の証人喚問を求め、与党が応じない限り、全委員会の審議を拒否。国会は空転した。

 この日の清和会(派閥)総会で、当時は所属議員だった高市首相が発言を求めて挙手。首相就任後に閉鎖した自身のブログ(02年3月6日付)に「積極的な疑惑解明と改革が必要」と題し、その発言内容を記録していた。ブログのアーカイブから引用する。

〈むしろ自民党側から進んで証人喚問の日程決めを申し出て、真実を早急に明らかにされてはいかがでしょうか〉〈自民党の積極的な真実解明姿勢を打ち出していただける様、党執行部に申し入れて下さい〉

 この投稿から5日後、宗男氏の証人喚問は実現した。疑惑の解明への積極姿勢を求める高市首相の情熱が、一助となったに違いない。この頃の高市首相はムネオ疑惑に限らず、自民党内で疑惑が浮上するたび、真相解明を訴え、当事者に積極的な説明姿勢を求めていた。

■他人に厳しく自分に甘いだけ?

 例えば2001年のKSD事件だ。高市首相は同年1月21日、テレビ朝日系「サンデープロジェクト」に出演。司会の田原総一朗氏に「証人喚問もやっていいですね?」と聞かれ、肯定的な返事をしたことで、「党幹部に怒られた」とブログ(01年1月29日付)に投稿した。そして、証人喚問を是認した理由をこう記していた。

〈疑惑を受けた政治家は、むしろ1日も早く積極的に証人喚問に応じて「合法性」を主張し「身の潔白」を明らかにした方が良いと考えたのです〉

 さらに3カ月前。中川秀直官房長官(当時)に不倫スキャンダルや捜査情報漏洩疑惑が浮上した際も、高市首相は〈官房長官には、一刻も早く堂々と明快な事実説明をしていただきたいと切望します〉とブログ(00年10月27日付)に書いたのだ。

 今や疑惑から逃げ回る高市首相は、四半世紀前の情熱を失ったのか。単に「他人に厳しく自分に甘い」だけなら、一国のリーダー失格である。

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