太平洋戦争末期、水上特攻艇に乗り込み命を落とした隊員を追悼する慰霊祭が川棚町で行われました。

太平洋戦争中、旧日本軍が開発した水上特攻艇「震洋」。

ベニヤ板で作られた5メートルほどの船に、爆薬250キログラムを積み込み、敵艦への体当たりします。

過酷な訓練を含む、3000人を超える隊員が命を落としました。

訓練基地があった川棚町の慰霊祭は、60回目で遺族や川棚町長らが参列し、黙とうを捧げました。

(遺族代表 鶴田 明子さん)

「臨時魚雷訓練所が、ここ川棚町新谷郷にあったこと。決して忘れることなく後世に伝え、そして平和を絶対に守り抜くことだと思います」

遺族らの高齢化が進み、継承問題への対策は急務に。

現在「特攻殉国の碑」の維持管理や慰霊祭は、地域が主体となって続けています。

(総代 寺井 理治さん)

「(これからも)尊い犠牲の上にたっているということを忘れずに。そして平和が続くように、引き継いでただきたい」

参列者は静かに花を手向け、犠牲者の冥福を祈っていました。