「頑張っても、もう意味ないか」…年収600万円・56歳サラリーマン、暗いリビングで通帳と家計簿を眺める夜。4年後の定年を前に「働き方が一変した」ワケ【CFPが解説】
「あの人、変わったよね……」部下からの信頼も厚かった50代社員。しかし「あること」をきっかけに仕事への情熱を失い、働き方が一変します。年収600万円、課長職という安定した立場にありながら、将来に不安を抱え、静かに戦意を喪失していく……。本記事は、FPの小川洋平氏が、“50代の危機”に直面した一人のサラリーマンの事例をもとに、定年前後の働き方とお金の課題について解説します。
情熱とともに仕事に打ち込んでいたのに…50代会社員の変化
田中一也さん(56歳・仮名)は、地方都市にある大手製造業で課長職を務める会社員。生産管理部門に所属し、現場と取引先の板挟みにあいながらも、これまで数々の問題を解決してきました。
40代からは課長として、コスト削減を求める上層部と、品質や納期を重視する現場・顧客の間に立ち、冷静な判断と交渉力で組織を支えてきた存在です。部下からの信頼も厚く、「困ったときは田中さん」と頼られていました。
しかし、ここ最近の田中さんに、その面影はありません。
以前であれば、自ら前に出て調整していた問題も、今では上司である部長に任せることが増えました。何が起きても「部長の判断を仰ぎましょう」と、どこか他人事のように微笑むだけ。持ち前の頭の良さで上手に上司を動かし、自分は深く関与しない……そんな働き方に変わっていったのです。
ただ淡々と仕事をやり過ごす田中さんの姿に、かつての仕事ぶりを知る部下たちは、いいようのない違和感を覚えます。
「田中さん、変わりましたよね。どうしちゃったんだろう……」
そう囁かれるようになった背景には、冷酷な現実がありました。
虚しさの正体―努力の報いがないという絶望
田中さんの会社には、60歳で役職を外れる「役職定年」の制度があります。現在は年収600万円ほどですが、60歳を迎えると役職が外れ、年収は約450万円まで下がる見込みです。
これまで責任を背負い、現場と会社のために奔走してきた田中さん。しかし、役職定年による収入減は、あと4年に迫っています。
「あと数年、身を粉にして会社を救ったところで、待っているのは「給料3割カット」だけか……」
努力しても報われない構造に気づいたとき、人は静かにアクセルを緩めます。田中さんも例外ではありませんでした。
「無理に頑張らなくても、定年まではいられる。いや、頑張ると、むしろ損だ。省エネモードでやっていこう」
そう考えるようになり、目立たず、波風を立てず、“透明人間”のように働くことを選びます。しかし、そう割り切ろうと思っても、心の奥の虚しさを消すことはなかなかできませんでした。
仕事に人生を捧げたのに「お金が足りない」
収入減を前に、金銭的な悩みも襲い掛かります。
子どもたちの大学進学が重なり、教育費の負担はピークを迎えていました。また、住宅ローンも65歳まで残っており、家計は慢性的な赤字状態。老後資金の準備もほとんどできていません。
「会社のために人生を捧げてきた結果が、この不安と虚しさなのか?」
収入は下がるのに、支出は減らない。暗いリビングで家計簿と通帳を前に、田中さんは独りごちます。
収入減少を見越した準備もできず、かといって今さら仕事に情熱を燃やすこともできない。時間がただ無情に過ぎていきます。
収入減とモチベーションの低下にどう対処するのか
人事院の「民間企業の勤務条件制度(令和5年調査結果)」によると、役職定年制度を導入している企業割合は16.7%。決して珍しくはありません。
かつては55歳頃から一律で役職を外す企業が多かったのですが、今では定年延長の流れに伴って、60歳まではバリバリ働いてもらい、給料も維持する。60歳で雇用延長になる際に役職が外れ収入も下がるという企業も増えているといいます。田中さんは、まさにこのパターンです。
いずれにしても、この役職定年のタイミングで仕事への気力を失ってしまう人が多く見られます。
特に問題となるのは、教育費や住宅ローンといった大きな支出が残っている中で収入が減ることです。これにより家計が崩れ、老後への不安が一気に現実味を帯び、それまで何とも思わなかった働き方への疑問に向き合うことになる人もいます。
まとまった退職金が入ったとしても、その大半がローンの完済と学費に消えてしまえば、手元に残るのは自由ではなく空っぽの通帳だけです。
収入とモチベーションを切り離すのは難しいものです。だからといって、元々やる気があった人が、56歳から65歳まである会社員人生を「透明人間」で働くというのも、別の厳しさがあるでしょう。
重要なことは、「収入が下がっても破綻しない家計」を早い段階から作っておくことです。毎月の支出を把握し、無理のない生活水準を維持すること。そして、老後に必要な資金を逆算し、リタイアまでにどれだけ準備すべきかを明確にする必要があります。
役職定年はネガティブな出来事だけではありません。管理職としての責任から解放されることで、自分の人生を見つめ直す時間を得ることもできます。また、これまで培ってきた経験やスキルを活かし、副業や新たな仕事に挑戦するという選択肢もあります。
重要なのは、「なんとなく働き続ける」のではなく、自分のこれからの人生を主体的に設計することです。変化をポジティブに捉え、人生の後半戦をどう生きるかを考える時間としてみても良いのではないでしょうか。
50代は将来への分岐点―今やっておくべきこと
今回の事例は、収入の減少が見えているにもかかわらず、十分な準備ができていないことで、働き方や人生そのものに影響が出てしまう典型例と言えるでしょう。
50代は、収入のピークであると同時に、将来への分岐点でもあります。この時期に家計の見直しや資産形成の方針を明確にしておかなければ、役職定年後に大きな不安を抱えることになりかねません。
「まだ大丈夫」と思っている間に時間は過ぎていきます。
収入が下がる前に、支出を整える。将来必要なお金を見える化し、今から準備を始める。そして、働き方も含めて人生設計を見直す。それらを実行できるかどうかが、定年前後の安心と不安を分ける大きなポイントになるのです。
小川 洋平
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