「昼は塩むすび2個」「冬は暖房禁止」…FIREを目指す35歳サラリーマン。〈資産3,000万円超え〉の先に待っていた激しい虚無感のワケ
早期リタイアを目指す「FIRE」への関心が高まるなか、コツコツと資産を拡大していく道程は、決して楽なものではありません。ある男性のケースから、「FIRE疲れ」の実態をみていきます。
資産形成を優先した「35歳サラリーマン」の末路
東京都内のIT企業に勤務する佐藤健太さん(35歳・仮名)は、数年前から本格的にFIREを目指し始めました。現在の年収は約700万円ですが、毎月の手取り額のうち約6割を投資に回しています。佐藤さんは、淡々と自らの生活習慣について語ります。
「平日の昼食は自作の塩おにぎり2個と決めています。1食あたりのコストは約30円です。外食は同僚や友人との付き合いも含め、原則として年に数回、どうしても断れない時だけに制限しています」
佐藤さんの徹底した節約は食費にとどまりません。賃料を抑えるために築40年の木造アパートに居住し、冬場でも暖房器具は一切使用しないと言います。
「家の中では厚手のダウンジャケットを着て過ごします。お風呂も、ガス代と水道代を節約するために数日に一度、銭湯に行くだけにしています。自宅のシャワーは使いません」
こうした生活を続けて3年。佐藤さんの証券口座の残高は3,000万円を超えました。しかし、資産の増加と反比例するように、生活の満足度は低下していると佐藤さんは認めます。
「以前は趣味だった旅行や映画鑑賞も、今はすべて『投資効率を下げる悪癖』に見えてしまいます。友人と会っても、相手が注文するデザートの金額を頭の中で計算し、自分ならこれを投資に回せるのに、と考えてしまう。最近では、誰かと会うこと自体が苦痛になり、連絡を絶つようになりました」
佐藤さんが掲げる目標金額は1億円です。現在のペースで運用を続ければ、あと15年程度で達成できる計算だと言います。しかし、50歳でリタイアした後に何をするのかという問いに対して、佐藤さんの口調は重くなります。
「正直、リタイア後のプランはありません。今はただ、数字を増やすことだけに執着しています。たまに、自分は何のために生きているのか分からなくなることがありますが、投資を止めるとすべてが崩れてしまうような恐怖感があるのです」
将来の自由を求めて始めたはずの資産形成が、現在の佐藤さんの選択肢を奪い、精神的な余裕を削り取っている様子がうかがえます。
6割が「生活満足度が低下」…データで見る投資貧乏の落とし穴
FIREを目指しているのに、長い道のりのなかで投資疲れに陥る……。それは、決して珍しいことではないようです。
合同会社WOZが実施した調査によれば、FIREを目指す過程で「生活満足度が下がっている」と感じている人は58.1%に達しています。削減対象の筆頭は「外食費(42.1%)」、次いで「旅行・レジャー費(36.0%)」などが挙がっており、日常の彩りを削ることで投資資金を捻出している実態が浮き彫りになりました。
調査では、目標金額を「1億円以上」とする層が過半数を占め、その達成まで「10年以上」かかると見込む人が約7割にのぼります。この長期戦ゆえの焦燥感は、投資手法の過激化を招いています。回答者の7割以上が「運用利回りの高い手法やレバレッジを効かせた手法を増やしたい」としており、生活の苦しさから逃れるために、許容範囲を超えるリスクを取ろうとする心理状態が透けて見えます。
しかし、皮肉なことに目標を達成しても完全に仕事を辞める人は約半数にとどまっています。リタイアしない理由の1位は「社会との繋がりを維持したい(56.0%)」でした。一度人間関係や生活の質を破壊してまで資産を積み上げても、結局は「社会的な居場所」を求めて労働に戻るという矛盾が生じているのです。
資産形成は本来、人生を豊かにするための手段です。しかし、いつの間にか「資産額の最大化」が目的化し、今を生きる喜びを犠牲にするのは本末転倒だといえるでしょう。
内閣府『国民生活に関する世論調査(令和6年8月調査)』によると、「充実感を感じるときは?」の問いに対して、「ゆったりと休養しているとき」(54.8%)、「家族団らんのとき」(47.3%)、「趣味やスポーツに熱中しているとき」(47.2%)などが上位を占めています。
生活に彩りがなければ、どんなにお金があったとしても幸せを感じることは難しいのかもしれません。
FIREを目指すにしろ、目指さないにしろ、ストイックになりすぎると逆効果。ときには「今の楽しみ」に資金を割り振る余裕を持つことが、結果として長期的な資産形成を成功させる鍵になりそうです。
