ベッドの上の信者の身体はどんどん瘦せ細り…(写真はイメージです)

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 この3月にも、東京高裁で世界平和家庭統一連合(旧統一教会)に解散命令が下されるなど、宗教団体のあり方を巡る問題は、常に社会の重要テーマであり続けている。これまでもオウム真理教や、法の華三法行、幸福の科学など社会と軋轢を起こす宗教団体の例は少なくなかったが、今から27年前の1999年に教祖が殺人罪で起訴され、大きな注目を浴びたのは「ライフスペース」なる団体であった。病に伏す信者に奇怪な“治療”を施し、死に至らしめてもなおそれを認めず、遺体をミイラ化させる――。ノンフィクションライターの高橋ユキ氏が当時の雑誌記事などを基に、この極めて異様な犯罪を振り返り、狂信的な宗教団体が陥る危険性について考察する。

ベッドの上の信者の身体はどんどん瘦せ細り…(写真はイメージです)

【前後編の前編】

【高橋ユキ/ノンフィクションライター】

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【写真を見る】見るからにうさん臭い風体 「ライフスペース」教祖・高橋弘二

「長期宿泊客の様子がおかしい」

 連絡を受けた捜査員が成田市のホテルに向かったところ、客室から見つかったのはミイラ化した男性の遺体。しかし宿泊客は言うのであった。

「この人は呼吸をしており、まだ生きている。治療中だ」

浴衣一枚でミイラ化

 事件が明るみに出たのは1999年11月12日。前日夕方にホテルから千葉県警に冒頭のような連絡が寄せられたことから、22時ごろ、捜査員が現場に向かった。ところが問題の客室にいた男性に「病人がいる」と言われ、押し問答に。説得を経てようやく客室内に足を踏み入れると、ツインルームのベッドには浴衣一枚をまとい、ミイラ状態になっている男性の遺体が横たわっていた。

「死臭がひどく、手足は煮干しのよう。死後数ヶ月は経っていた」(成田署の捜査員)というその遺体に捜査員が触れようとすると、部屋にいた女性が「私の夫だ。死んでないので触らないでほしい」と反論する。理由を尋ねても「脈がある」などと言うため、深夜に県警は医師を呼び、ミイラ化した男性の死亡を改めて確認した。

「グルの治療を受けさせたい」

 遺体で見つかったAさん(66=当時)が、成田市のホテル客室に運び込まれたのは、事件発覚から4ヶ月も前の同年7月のこと。兵庫県川西市在住のAさんは6月、風呂で倒れ同県内の病院に搬送されたが、脳内出血と診断され、そのまま入院していた。ところが妻と息子が「グルの治療を受けさせたい」と、Aさんに繋がれた人工呼吸器や点滴を無理やり外し、成田市まで連れて来ていたのだった。事件発覚時、部屋にいたのはこの妻と息子である。

 2人が「グル」と称する男は「SPGF」(シャクティパットグル・ファンデーション)という団体を主宰していた高橋弘二(当時61)。Aさん家族は、彼とSPGFが設立した自己啓発セミナーである「ライフスペース」の会員だった。ホテルには1999年1月から「都内の出版業者」を名乗る団体が4部屋で宿泊しており、最大時には15部屋20名にも膨らんでいたという。9月頃、ホテルに対し「いかがわしい団体が泊まっている」といった投書が届いたことがきっかけで、退去させられていたが、Aさんの遺体が横たわっていた客室だけは「病人がいる」という理由で連泊状態が続いていた。

治療費は800万円

 ライフスペースの「グル」だという高橋は、このホテルでAさんに対しいかなる「治療」を施していたのか。これはAさんの遺体発見後、同団体が自ら公にしていた。なんと“Aさんが治療中だった”ことを証明するため、同年7月から10月末までのAさんの様子をまとめた『闘病ドキュメント』と題する本を警察に提出したうえ、マスコミ各社にも送りつけていたのである。

 警察がAさんの遺体の司法解剖を行おうとしたときも、家族は「(Aさんを)返せ。生きているのに解剖したら本当に死んでしまう」と抗議していた。父親が生きていると信じ続けていた息子による『闘病ドキュメント』には、Aさんの様子だけでなく高橋の行動や発言も記録されている。

 グルの勧めで800万円もの費用がかかる「3Sセミナー」なる治療を受けさせるため、家族がAさんを成田市のホテルに運び込んだのが7月2日。Aさんの息子による、翌朝の記録は次のようなものだった。

「シャクティパット」とは

〈7月3日 6:35AM Shakty PAT後、父の呼吸がかなり楽に、そして深くなったように聞こえた。でも相変わらず痰は苦しそうであった。姿勢を確保していたところ、突然、父の呼吸が止まった。段々ゆっくりした呼吸になり、はあーと息を吐き切って、その後吸うことはなかった〉

〈6:50AM GURU:人は30分呼吸が止まって心臓が止まっていても大丈夫なんです。そんなにギャーギャー騒がなくても大丈夫です〉

〈7:50AM 呼吸が止まってから30分が経過した。再度GURUに報告に行ってもらった。
 GURU:今、魂が再生に入っているんです。生まれ変わる時なんです。脈も回復してきているんですよ〉

 息を吐き切って、吸うことはなかった……まさにAさんが亡くなってしまったようにも読めるが、GURUである高橋は“Aさんが生まれ変わる時”なのだと家族に説いていることが分かる。“Shakty PAT”(シャクティパット)とは、高橋がAさんの頭をポンポンと叩き“気”を送り込む“治療”のことだという。

背中はうっ血し…

 7月3日以降にも、Aさんは亡くなっているとしか思えない内容が記されている。

〈7月5日 腕が緑色になってきた。そして、背面はうっ血して血膨れのようになっていた。喉の奥に痰のような濁った水が上がってきていた〉

〈7月27日 父の、鼻の穴の中やその周辺に、白い、うじのような、小さな虫が、3匹ほどいるのを見つけた。すぐにGURUに報告すると、見せてください、という事だった。
 GURU:すなわち行者ダニとでもいえば、すなわち、生きた人間である事、この事が絶対条件なのですよ〉

 人が亡くなり、腐敗していく様子が記されているのではないか……しかし、高橋はAさんに起こっている変化も“生きている証拠”であるかのごとく家族に語り続けていた。

遺体写真も同封

 Aさんの呼吸が止まって2ヶ月が過ぎた同年9月にも、高橋は“治療”のためにホテル客室を訪れている。

〈9月9日、GURUが部屋にやって来た(中略)治療のために出て来てくれたのだ。私は、何と言って良いか、感無量で、言葉もなかった。
 GURU:今のAさんの状態は、入定と言って、生きて死ぬ時の、最終段階です。生きた屍と言うか、別名、ミイラ(mummy)の事です〉

 Aさんの息子が綴ったこの『闘病ドキュメント』は全5冊。ライフスペースは、団体を批判的に取り上げた報道機関やコメンテーターを相手取り、名誉毀損訴訟を起こしており、係争相手などに『闘病ドキュメント』を送りつけていたのだった。それだけでなく同団体は、Aさんの写真も同封していた。当時の各週刊誌には、Aさんのミイラ化した遺体が大きく掲載されている。

 ライフスペース側は事件発覚後の記者会見では「5冊シリーズ100セットを100万円で直接販売します。みなさんは、それを倍の200万円で売ってください……」と、『闘病ドキュメント』とミイラ写真の“セット販売”をマスコミに持ちかけてもいる。

 いずれにしろ、高橋による“治療”はまやかしで、医療行為は行われていない……記録からはそう読み取れる。しかし高橋らはその後、茨城県大洗町にて不可解な記者会見を開き、逮捕まで同町のホテルに“籠城”した。

 【後編】では、この異様すぎるグル、高橋弘二の来歴について詳報している。会見で連呼した摩訶不思議なワードとは? そして、逮捕、起訴された高橋の“その後”は――。

※参考にした雑誌記事は【後編】末尾に記しています。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部