(※写真はイメージです/PIXTA)

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満員電車に揺られ、時間に追われ多忙な日々を送るなかで、「定年後は都会を離れ、地方でゆったり暮らしたい」と定年後の移住プランを思い描く人もいるでしょう。ただし、地方移住には“認識しておかなければいけない注意点”があります。これを軽視すると、実際に移住したあと「こんなはずではなかった」と後悔するケースも少なくありません。東京から福岡に移住した60代男性の事例を通して、地方移住の理想と現実をみていきましょう。

定年後の地方移住で「積年の夢」を叶えた元公務員

都内で公務員として働くシゲルさん(仮名)には、長年思い描いている夢がありました。それは、地方移住です。

物価の高さや、常に人で溢れる東京での暮らしに疲れ、いつしかその願望は、固い決意となっていたといいます。結婚はしておらず、関東近郊にある実家は兄が継ぐことが決まっているため、特にしがらみもありません。

そして60歳を迎え、シゲルさんはめでたく定年退職。シゲルさんは数ある候補地のなかから、都会と田舎の適度なバランスと、「どうせ移住するなら心機一転遠いほうがいい」と、福岡市に移住することを決断しました。

移住先を終の棲家にしようと考えたシゲルさんは、「庭付き一軒家」を現金で一括購入することに。退職金の2,500万円に加えて、現役時代に貯めた貯蓄が約3,000万円あることから、退職金が消えることにためらいはありません。2,500万円のほとんどを、住宅購入資金のほか新しい生活基盤構築のために費やしたそうです。

「これからは、自分のために時間を使うぞ」

シゲルさんの胸は期待で大きく膨らんでいました。

「理想の生活」に生じた綻び

移住してしばらくのあいだは、まさに「理想そのもの」でした。引っ越してすぐに九州各地を巡り、温泉やその土地ならではの食事、名産品、景色を満喫。シゲルさんには収入がないため貯金残高は恐ろしいスピードで減っていきますが、本人は特に気にしていませんでした。

しかし、行きたい場所を一巡し、家で過ごす時間が増えるにつれ、理想の暮らしの“綻び”が生じはじめます。

まず、ちょっとした買い物にも車移動が必須です。しだいに街の中心部に出ること自体が億劫になりました。

「今日はやめておくか」

こうして、家から出ない日がだんだんと増えていきました。

シゲルさんが「東京へのUターン」を決めたワケ

そして追い打ちをかけたのが、近隣住民との人間関係です。

移住してすぐは家にいないことも多く、地区で行われている草むしりなどのイベントに参加できずにいたシゲルさんは、ご近所さんとの距離を縮める機会を逃し、気づけばすれ違っても声をかけられない関係に。

さらに、都内の友人たちに移住を報告した際は「羨ましい」「遊びに行くよ」と言われ、移住先での友人との交流を楽しみにしていたシゲルさんでしたが、実際に会いに来たのは移住直後の1人だけ。その後は友人にも会えず、近隣住民とも馴染めず、孤独な日々を強いられました。

そして移住から約3年後。予想外の孤独と不便さに耐えきれなくなり、シゲルさんは東京へUターンすることを決めたのでした。

家が売れない…八方塞がりの現実

「とにかく家を売って東京に戻ろう」と考えたシゲルさんでしたが、現実はそううまくいきません。

自宅の買い手がなかなか見つからず、最終的には購入額の半値以下で手放すことに。現在は家賃7万円の1K暮らしです。

「移住に固執しすぎて冷静さを失っていた」「周りに知り合いがいないのがこんなに孤独だとは思わなかった」「こんなことなら再雇用で65歳まで働けばよかった」

シゲルさんは次々と後悔の言葉をこぼしていました。

地方移住の理想と現実

認定NPO法人ふるさと回帰支援センターによると、2024年の移住相談件数は61,720件と、4年続けて過去最高となるなど、地方移住への関心は年々高まっているようです。しかし実際には、理想とのズレが生じることも少なくありません。

そのギャップを埋めるためには、最低でも下記の点を確認・認識しておく必要があります。

1.人との距離感

都市部では不必要に干渉しないことが心地よくても、地方では地域行事や共同作業が生活の一部になっている場所も多く、参加しないと孤立してしまうケースもあるようです。

2.利便性

地方都市では車移動が前提となる地域も多く、高齢になるほど行動範囲が狭まります。元気なうちは問題なくても「10年後、20年後も同じ生活が続けられるか」という視点が欠かせません。

3.資金計画

退職金などのまとまったお金が手に入り貯蓄が十分にあるように思えても、住宅購入や旅行、交際費、日々の生活費が重なると、資産は想像以上のスピードで減っていきます。特に不動産は、売りたいときにすぐ売れるとは限らず、「出口戦略」を考えない移住は大きなリスクです。

地方移住そのものが悪いわけではありませんが、「準備不足」のまま踏み出してしまうと、後悔してしまう可能性が高くなります。

地方移住で後悔しないためのポイント

地方移住で後悔しないためのポイントは「暮らし」と「お金」をセットで考えることです。

今回紹介したシゲルさんの場合、まずは賃貸で暮らすという選択肢もありました。地域の雰囲気や生活リズム、人との距離感を実際に体験しながら、「ここで老後を過ごせるか」を冷静に判断しましょう。

次に大切なのが、資金計画の“見える化”です。年金収入を把握したうえで、退職金や貯蓄を「いま使えるお金」「老後後半のためのお金」「病気や介護に備えるお金」といった目的別に分け、年間どれだけ使えるのかを明確にしておきます。

さらに、性格的な向き・不向きの自己分析も重要です。地域に溶け込む努力ができるか、そうでない場合孤独を楽しめるかなど、移住後の「日常生活」を想像しておくことが大切です。

移住は単に住環境が変わるだけでなく、生き方そのものが大きく変化します。

後悔を口にするシゲルさんですが、たとえ3年間でも「やりたいことを実現できた」という達成感は否定してほしくありません。その経験は、これから定年を迎える世代にとって大切なメッセージにもなるでしょう。

そのうえで伝えたいのは、夢を実現させるには「熱意」や「行動力」だけでなく、冷静なシミュレーションと覚悟が必要だということです。

大竹 麻佐子
ゆめプランニング 代表
ファイナンシャルプランナー(CFP)/相続診断士