【ジャパンC】第1回は日本のトップホースらがGI未勝利馬の外国馬に完敗 武豊騎手「衝撃を受けた。外国馬が強かったので」

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「世界が認めたジャパンカップ No.1への道」レビューVol.1

11月16日(土)、テレビ東京で「世界が認めたジャパンカップ No.1への道」が放送された。

世界各国のトップホースが集結して頂点を競う日本最高峰のGⅠレースだが、イクイノックスが制した2023年はロンジンワールドベストレースを受賞。

名実ともに世界一の称号を手にしたことで、世界のホースマンたちの注目度がより一層アップした。

その中でも今回はこれまでの43回を振り返りつつ、競馬大国アイルランドのホースマンたちへインタビュー。彼らにとって「ジャパンC」はどう映っているのかを追った。

多くのホースマンたちを震撼させた世界の強豪たち

世界最高峰のGIとなったジャパンCは2024年で44回目を迎える。

記念すべき第1回目の開催となった1981年から昨年までに参戦した外国馬は延べ253頭が参戦してきた。

世界の名だたるトップホースと日本の名馬たちの激突ということでいつの時代も大きな話題となったレースだったが......創設当時、日本馬たちは世界の馬に敵わなかった。

1981年の第1回ジャパンC。外国馬7頭が来日したのに対し、日本馬は天皇賞(秋)で激闘を繰り広げたホウヨウボーイとモンテプリンスなど、当時の日本競馬界のトップホースたちがこぞって集まった。

にもかかわらず、アメリカからやってきたGI未勝利のメアジードーツに完膚なきまでに叩きのめされ、日本馬はゴールドスペンサーの5着が最高着順という結果に終わった。

この時のことを当時、中学1年生だった武豊は鮮明に覚えているという。

「外国の騎手は全然違うスタイルで乗っていて、衝撃を受けた。外国の馬が強かったので、『(日本の強い馬と一緒に走ると)こんな感じになるんだ』と思いましたよ」

翌1982年もアメリカのハーフアイストが外から差し切り勝利し、日本馬はヒカリデユールの5着が精いっぱい。

第3回目となった1983年のジャパンCでこの年の天皇賞(秋)を勝利したキョウエイプロミスが2着に健闘するも、戦前から体調不良と報じられていたアイルランドのスタネーラを捕らえられないなど、世界との壁の厚さを痛感することに。

だが、1984年。この年は日本競馬の威信をかけて、ミスターシービーとシンボリルドルフという2頭の三冠馬が出走。悲願のジャパンC制覇が期待された。

その期待通りに日本馬が勝利したが、勝ったのはなんと10番人気の伏兵カツラギエース。

ノーマークなことを生かしての逃げ切り勝ちで日本馬初勝利を果たすと、翌1985年はシンボリルドルフが先行策から抜け出して勝利して、日本馬が2連覇を果たした。

だが第6回以降、日本馬はジャパンCで苦戦を強いられ、1991年の第11回までに日本馬はわずか2勝に留まる結果に。

シンボリルドルフが勝利した後、オグリキャップやタマモクロス、メジロマックイーンといった名馬が参戦したが世界の強豪馬たちを破ることはできなかった。


■文/福嶌 弘


【世界が認めたジャパンカップ ~No.1への道~】

今年44回目を迎えるGIジャパンカップ。トップクラスのサラブレッドたちが頂を目指してしのぎを削る日本最高峰のレース。そのジャパンカップが「ロンジンワールドベストレース」に選出され、世界一の称号を手にした。

これまでフランスの凱旋門賞やアメリカのBCクラシックなど世界の名だたるレースが選ばれているが、そこに初めて日本の「ジャパンカップ」が並んだ。この快挙をホースマンたちはどのように捉えているのか?

創設から43年。外国馬に席巻された時代から日本競馬の巻き返し、そして世界ナンバーワンとなるまで...。その躍進の理由を世界で探った。

【見逃し配信①】世界が認めたジャパンカップ ~アイルランド編

【見逃し配信②】世界が認めたジャパンカップ ~アイルランド・フランス編

【見逃し配信③】世界が認めたジャパンカップ ~アメリカ編