【WBC】「大谷は人種差別も超えた」日米での活躍知る“ゴーンヌおじさん”が語るその凄み、そして変化

日本中を熱狂させている第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での侍ジャパンの活躍。日本時間21日午前8時からの準決勝でメキシコと対戦する。そのチームで投打の中心となり、スーパースターの貫禄を見せているのがロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平だが、その活躍に目を細めている人物がいる。昨季まで8年間、スポーツ専門チャンネル「GAORA」の日本ハム主催試合の実況を務めてきたスポーツアンカーの近藤祐司さんだ。長年メジャーリーグの実況も務め、日米両方での活躍を見てきた“ゴーンヌおじさん”に、大谷への思いを聞いた。
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近藤さんは、本塁打を「イッツゴーンヌ」、3者凡退を「ワン、ツー、スリー」とメジャーリーグ流の独特の実況を繰り出し、野球ファンの間では“ゴーンヌおじさん”として親しまれている。

もともとメジャーリーグの実況を担当していた近藤さんは、2015年から日本ハム主催試合の実況を担当した。そこでメジャー流のフレーズを実況に持ち込んだが当初、ファンからは「日本語でしゃべれ」など批判も多かった。その状況が変わった一因が大谷だったという。
「大谷選手が2016年シーズン、ホームランを22本と連発したんです。大谷選手がホームランを打つと、そのシーンがSNSなどで動画が切り抜きされ拡散するんですよ。その動画に『イッツゴーンヌ』という実況も入っていて、定着していった。大谷選手の恩恵に与かった形ですね。その年は大谷選手以外にも中田翔選手、レアード選手とホームランバッターが多かったのも認知されていった理由です」
個性的な実況といえば、エンゼルスの試合で現地の実況を務めるマット・バスガーシアンさんが大谷がホームランを放った際「キュンデス」と日本語で実況したことも話題となった。実はこの実況の“仕掛け人”は近藤さんだ。
「雑誌『Number』(文藝春秋)でエンゼルスの実況アナのバスガーシアンさんと個性派実況者の対談をしたんです。彼が『近藤さん、大谷のホームランを打った時に日本語で何を言ったらいいですかね?』と質問してきた。僕も日本で大谷の試合の実況をしているので、大谷がホームランを打った後にいつも喜ぶ女性が出るのを知ってたんです。で、スタンドにその女の人が出てきた瞬間に『キュンですって言うんだよ』と教えたら、実際にやってくれたんですよ(笑)」
もともとメジャーリーグからフレーズを学んだ近藤さんにとっては“逆輸入”と言える出来事だ。ただ近藤さんは謙遜しつつ、次のように語る。
「それが大谷の存在感なんですよね。大谷の活躍で、アメリカ人が日本語を知りたいと思うようになる。アメリカのアナウンサーが自ら大谷を喜ばせたいからと日本語を使いたいとなる。そんなことって初めてですよ」
「アメフトだったらQB」の意味
近藤さんは幼少期をアメリカで過ごし、アメリカンフットボールでは日本代表にも選ばれた元アスリートでもある。アメリカでの体験を経ているからこそ、大谷のすごさをより痛感しているという。
「メジャーリーグでの活躍は衝撃ですよね。圧倒的にパワーで勝っている。僕のやっていたアメフトの世界ではちょっと考えられないし、日本人でもこれだけできるのだと誇りに思います。アメフトの経験から体を大きくする筋トレの知識はよく知っていますが、大谷選手の場合は193センチの体があって、さらに指先まで器用に神経が通っているのがすごい。これまで日本人アスリートは体は大きくても、のっそりというタイプばかりだった。でも大谷はバスケットボールでいえばポイントガードのように動けるし、新しいアスリートの出現だと思います」
実際、大谷は他ジャンルのアスリートからも尊敬を集めている。NFLアリゾナ・カージナルスに所属するスーパースター、JJ・ワットが大谷を賞賛したコメントに、近藤さんは衝撃を受けたと言う。
「ワットがあるメディアの取材で、二刀流で活躍している大谷選手を見て『アメフトだったらクオ ーターバックだな』と言っていたんです。日本人を、アジア人をクオーターバックに据えようという発想自体がこれまで絶対なかったことだから驚きました。アメフトはリーダーを育成するためのスポーツで、花形のポジションであるクオーターバックは基本的に白人。そんな中でたと え話であっても、超一流のワットがアジア人をクオーターバックにと発言したことは衝撃でした。文化が変わった瞬間だと思います」
アメリカでは日本で考えられないほどの人種差別があり、それはスポーツの世界でも変わらない。そんな中、二刀流で活躍する大谷の存在が変化を生んでいると近藤さんは語る。
「だって、メジャーリーグのルールを変えちゃう存在なんですよ。アメリカがアジア人のためにルールを変えたんです。アメリカは人種差別がないと考えている方も日本にはいるかもしれませんが、実際はすごくある。日本人なら一度は差別を経験している。その中で、大谷選手はすごいものはすごいと完璧に認めさせた。スポーツでも差別はあるけれど、フィールドでのパフォーマンスがすごければ誰もが認めざるを得ない。大谷はまさにそれをやってるんです」
WBCで見えた「変化」
大谷はメジャーリーグの経験を経て、ひと回りもふた回りも大きくなった。そしてWBCでは、ヌートーバーなど周りの選手に声をかけ、チームの雰囲気作りにも貢献している。日本ハム時代から大谷を知る近藤さんにとっては、この変化も驚きだったという。
「大谷選手を何回も取材しているけれど、味方のチームメイトも気軽には話しかけられない選手なんです。だって、打者の練習が終わってロッカールームに戻ったと思ったら、すぐに荷物を取り替えて、投手の練習に行くわけだから。周りもそれを知っているから、邪魔をしちゃいけないだろうなという雰囲気になる。これまで、どちらかというとプレーで引っ張るイメージだった大谷選手が、WBCではリーダーシップも芽生えてきている。ベンチでも積極的に自分から声を出してやっているところを見ると、自分が中心であるという立場がわかってきたんだなと感じます」
8年間の実況でもっとも記憶に残るのは…
近藤さんには、日本ハム時代の大谷の試合で今も鮮明に記憶に残っている場面がある。2016年、福岡ソフトバンクホークスとのクライマックスシリーズファイナルステージ第5戦だ。この試合、3番DHで先発した大谷だったが、3点リードの9回にはDHを解除して5番手としてマウンドに上がった。
「大谷がDHを解除してマウンドに上がった瞬間、それまでざわざわしていた札幌ドームの観客が息をのみ、シーンとしたんです。最初の打者を三振で仕留め、次の打者には日本選手最速となる165キロを記録した。ストレートがミットに入った瞬間、スポーンッと、ビール瓶のふたを開けたような音が聞こえた気がしました。あの試合、あの瞬間は8年間での実況の中でも特に記憶に残っています」
この試合、3者凡退に抑えた大谷は、この年日本ハムを10年ぶりの日本一へと導いた。その際の指揮官が現在、侍ジャパンを率いる栗山英樹監督だ。今度は世界一に向け、日本中が息をのんで見守る瞬間を大谷は作ってくれるはずだ。
徳重龍徳(とくしげ・たつのり)
ライター。グラビア評論家。大学卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。記者として年間100日以上グラビアアイドルを取材。2016年にウェブメディアに移籍し、著名人のインタビューを担当した。現在は退社し雑誌、ウェブで記事を執筆。個人ブログ「OUTCAST」も運営中。Twitter:@tatsunoritoku
デイリー新潮編集部
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