プレゼント

その包み紙を開けたとき、送り主から相手への想いが明らかになる。

ずっと言えなかった気持ち。意外な想い。黒い感情…。

ラッピングで隠された、誰かの想い。

そこにあるのは、プレゼントなのか。それとも、パンドラの箱なのか──。

▶前回:和やかな送別会が、一気に地獄に…。女が後輩に送った最悪なギフトの中身




東麻布の『日日日』。

男女が2人ずつ向かい合っている。和やかなムードで談笑中だ。

1人の男が、問いかける。

「どんな男性がタイプなんですか?」

カジュアルな食事会なのだろうか。よくある一コマだ。

1人の女が答える。

「やっぱり落ち着いた人かな。遊んでそうな人とかは、ちょっと…」

模範解答のような答えに、場は盛り上がることはないが、空気が乱れることもない。

しばらくすると、自然ともう1人の女に視線が集まる。自分のターンだと自覚した女は、おもむろに口を開いた。

「私は…ちょっと変わってるって言われるんだけど…」

どうせ、大したことないだろう。そんな周囲の心の内を知ってか知らずか、女は爽快に期待を裏切る。

「私、有名な人が好きなの」
「え…?有名人…?」
「そう、有名人。Wikipediaに載ってる人じゃないと付き合いたくないな〜って…」

男たちは薄ら笑いを浮かべながら、女の話に耳を傾けた。


女の名前は、美香。今年で32歳になる。

「数年前までね、付き合いはじめた彼の名前をググると、みんな必ずWikipediaがヒットしたの。他にもWebでのインタビュー記事とか、まとめサイトとか…!」
「そうなんだ、すごい有名人と付き合ってきたんだね。美香ちゃん、可愛いもんね」

数年前まではモデルとして生計を立てていたというだけあって、美香のルックスは抜群だ。

今でも十分にモテるであろう。

「街歩いてても、“あ、あの人!”って彼が指されるの!その横を歩いているのが、なんだか嬉しくて」
「へ〜。俺らの知らない世界だな〜」

しかし、男たちは思う。

「すごい人の隣歩いているとね、なんか自分も選ばれし人間っていう感じがして…。何とも言えない優越感があってね…!!」
「なるほどね…」

この女は、自分の市場価値がどんどん落ちて行っていることを、自覚していないのだろうか、と。

「美香ちゃん、彼氏どれくらいいないの?」
「え?あぁ〜、どうだったかな…。どれくらいだろ…」

歯切れが、急に悪くなる。




「私も32だし結婚もしたいから、もう少し普通の人も見ていかなきゃって思ってるの。ほら、有名人ってモテるから浮気とかしがちじゃない。結婚には向いてないかな〜って」

しかし美香の顔は、すぐにぱっと明るくなった。

「でもね、最近、全然有名じゃない人に恋しちゃったの…」

一応、出会いを求めての食事会の場だ。恋人になっていない状態なのであれば、デート相手がいることをあえて主張しなくてもいいのだが…。

誰も聞いていないというのに、美香は彼との馴れ初めを語り始めた。




美香は今、ベンチャー企業の事務として働いているという。

そこはあえて明言しなかったが、徐々にモデルとしての仕事はなくなっていってるようだ。

デート相手との出会いは数ヶ月前。

取引先の大手コンサル企業勤務の男性で、難しそうなビジネス用語や、知らない横文字を口にする彼の姿に一目惚れし、恋心はどんどん白熱。

一方の彼も美香を気に入ったらしく、何度か食事をしているそうだ。

「付き合えると思います?私たち!ねぇ、どう思います?」

来週、3度目のデートを予定しているという美香は、順調に進みそうな恋の予感に上機嫌だ。

出会いのために集まったはずのこの場は、いつのまにか美香の恋愛相談の場と化したのだった。




食事会での恋愛相談が功を奏したのだろうか。

1週間後。意中の彼との3回目のデートに出かけた美香は、文字通り顔を赤らめていた。

「俺と付き合ってください」
「はい…」

こんなにも真っ当に始まる恋愛なんて、大人になってからは本当に久しぶりだ。思わず胸が、ドキドキと高鳴る。




それから、2人の交際は順調に進んでいった。

「俺、非効率なことは嫌いなんだよ」

そんな彼の口癖も、美香は大好きだった。

家の中はスマート家電で溢れ、無駄なものは一切ないミニマリスト。移動時間は無駄だといって、タクシー代は惜しまない。

一方、着る服は全てユニクロで、どれも似たようなものばかり。服を選ぶ時間が無駄なんだとか。

彼に感化され、美香も徐々にシンプルな生活スタイルに染まっていった。

けれど、付き合い始めて1ヶ月が過ぎた頃。珍しく美香は、彼の前でモジモジとためらう様子を見せる。

「あのね、私来週、誕生日なの…」

誕生日プレゼントが欲しくて、彼と付き合ったわけじゃない。だから、そんな風に思われたら嫌だ。

心配しながら恋人に打ち明けた美香だったけれど、彼から返ってきたのは思ってもみなかった反応だった。

「え、そうなの!?もっと早く言ってよ!そうしたら会社休めたのに。その日は仕事だけど、ちゃんとお祝いしよう。プレゼントもちゃんと準備するよ」
「嬉しい…!」

想定外の反応に、美香は舞い上がってしまったのだ。



誕生日、当日。

彼の部屋に行くと、彼はおもむろに小さな紙袋を取り出した。

「お誕生日、おめでとう」
「ありがとう…」

アクセサリーか何かだろうか。しかし、紙袋には何のブランドのロゴもない。

「開けてみて」
「うん」

ブランド物のロゴがないプレゼントなんて、美香にとっては初めてだ。

― もしかしたら、オーダーメイド?

それくらいの稼ぎはある彼のことだ。美香を喜ばせるために、ブランド物以上の品をくれてもおかしくない。

美香ははやる気持ちを抑えながら、紙袋から小さな箱を取り出した。




すると、そこには1枚のメモが。

『XLYU-946Y5C-XXXX…』

一体何かの暗号なのか…。

わけがわからず、美香は彼を見つめる。

「これ、何…!?」

そして、彼は得意気に言った。

「アマギフ」
「え…?」
「だから、アマゾンギフトカード。ほら、スマホ出して。登録してあげるから」

唖然とする美香を横目に、彼は言った。

「ほら。俺、非効率とか無駄嫌いじゃん?美香と付き合ったばっかで何が好きとかわかんないしさ、だから、これで好きなもの買って」

美香の脳裏を、過去、有名人の元彼たちがくれた数々のプレゼントが駆け巡る。

ディオールのバッグ。エルメスの時計。プラダのコート…。

いや。別に、ブランド品が欲しいわけじゃない。

相手を思って、何がいいか考えを巡らせる。それこそがプレゼントの醍醐味だと感じる美香にとって、今手の中にある味気ないメモは、何の思いもなければ色気もない紙切れでしかなかった。

「私、これいらない…」
「え?本気で?」
「うん…」

美香は心の中で悟った。

― 私レベルの女には、何かしらで有名になるレベルの男性じゃなきゃ釣り合わないんだわ…。

「5万円分だよ?」
「さようなら…」

「有名人とじゃなくても、自分は幸せになれる」という幻想が打ち砕かれた美香。

Wikipediaに載っているような有名人の恋人を、また0から探し始めようと決意したのだった。

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