「解のない時代」に求められるものとは?【私の雑記帳】
覇気を取り戻すには
それにしても、日本は〝失われた30年〟といわれて久しい。賃金も1997年のデフレ経済に突入して以来、ほぼ横バイ。1人当たりのGDPではシンガポール、香港にすでに抜かれている。
スイスのビジネススクールの調査によると、日本の競争力では世界31位に転落。かつて1989年から1992年まで世界1位とされた日本だが、その凋落は著しい。
こうした流れをどう見るか?
「僕はやはり先進資本主義の競争の中で負けたんだと思います。1990年代初めまでは勝ち組だったのだけれども、負け組に転じてしまい、勝ち方を忘れてしまった」
オリックスのシニアチェアマン・宮内義彦さんはこう語り、「日本が戦後復興した最も大きな原動力はものすごく働いたことだと思うんです」と述懐する。
宮内義彦さんの提言
「これは、戦後復興という思いが国民みんなの共感としてあった。それでなおかつ工業でそれが共感された。工業というのはみんなで働かないとできない」と宮内さん。
いわば、敗戦という現実の中で、危機感を持って、国民全体が働いたということ。
工業主体の時代から、知識集約化の時代へと変わり、今はデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代である。
「アメリカは1980年代の苦しい時を経て変わっていった。完全にソフト産業ができて、ついにGAFAまでつくって世界を席巻している。それだけのダイナミズムがあった。日本は唖然として、茫然として今日まできたんじゃないですか」
では、どうするか?
「基本的には日本の官僚社会を変えることだと思います。日本は行政も官僚社会だし、大企業も全部官僚社会になっているんです。日本がつくり上げた今の社会をじっと見ると、真ん中は全部官僚社会になっているんです」
1人ひとりが自分の立ち位置を使命を見直すときである。
小林哲也さんの人生
帝国ホテル前会長で特別顧問だった小林哲也さんが6月末、特別顧問を退任された。
小林さんは終戦の1945年(昭和20年)生まれ。1969年に帝国ホテルに入社し、以来53年が経つ。帝国ホテルをこよなく愛するホテルマン一筋の人生である。
帝国ホテルは1890年、文明開化がいわれる明治23年にオープン。欧米に追い付け、追い越せの時代。時の外相、井上馨の声がかりもあって、国を代表するホテルとしてオープンした。
それだけに、いろいろな出来事や話題で帝国ホテルは取りあげられた。世界的女優のマリリン・モンローが野球選手のジョー・ディマジオとの新婚旅行で同ホテルに宿泊したことも有名な話。
1960年代にビートルズ来日の際は、ホテルが混乱するのを避けて、当時のトップがやんわり宿泊を断ったという話も伝わる。
「新入社員の仕事はトイレ掃除から始まりました」と語る小林さんのホテルマン人生。社長、会長を務めた人の人生を顧みると、実に味わい深い。
