グラス片手にポーズを取る筧利夫

 2000坪の区画の中に200軒以上の酒場が並び、数多くの作家、映画・演劇関係者が足繁く通う、新宿ゴールデン街。筧利夫も常連の一人だ。

「夕方以降、仕事がなければ午後3時から自宅で飲み始めます。ビールを2缶飲んだら続いて焼酎ロック。以前は、それからこの店に繰り出していましたが、コロナで自粛。今は家でグワ〜ッと飲んだら午後7時には寝ていますね」

 馴染みの店「しんしら」のカウンター席に座り、豪快に笑う筧。ここのママはかつて舞台制作をしていて、筧の主演作を数多く担当した旧知の仲。17年前に制作の仕事をやめて店をオープンした。

 筧はジョッキに残ったビールを飲み干し、かち割り氷が入ったグラスに麦焼酎を注ぎながら青春時代を振り返った。

■第三舞台で鍛えられた「自分でなんとかする」精神

 静岡県浜松市の高校を卒業した筧は大阪芸術大学に入学。演劇人生が始まった。

「大学時代は学生が150人くらいいる大型アパートで過ごしました。家賃6000円で炊事場と風呂は共同。そこに『劇団☆新感線』を主宰していたいのうえひでのりさんが住んでいまして、親しくさせていただきました。そのうちなんとなく裏方のお手伝いをするようになり、舞台にも立たせてもらえるようになりました」

 瞬く間に劇団の看板俳優になった筧は、4回生のときにいのうえ氏から「大学卒業したらどうする? 東京に行く気なら『第三舞台』という元気な劇団がある。劇団員オーディションをやるみたいだから、いっけいと一緒に受けてこい」と提案された。

“いっけい” とは同じく新感線で活躍していた渡辺いっけいである。

「すごいですよね。だって僕らは当時、看板俳優だったんですよ。受かったら劇団をやめることになるじゃないですか(笑)」

 一次オーディションでは、渡辺がとにかくウケまくった。

「音楽に合わせて自由に動きながら笑ったり怒ったりさせられたんですけど、いっけいさん大ウケ、独り勝ち(笑)。終了後、オーディション参加者から握手を求められていました。一応、僕も二次オーディションではかなり頑張って笑かしましたよ。

 でも、最終結果には驚きました。合格したのは僕一人。後日(主宰者の)鴻上尚史さんに理由を聞いたら『全劇団員がいっけいさんを推していたから、僕は逆に筧にしようと思った。いっけいさんはどこの劇団でもやっていけそうだったけど、筧はうちじゃないとダメだと感じた』と。結局いっけいさんはその後、唐十郎さんの『状況劇場』に入りました」

 第三舞台の演出は、劇団☆新感線とは真逆だった。それまでは演出家の指示どおりに演技をすればよかったが……。

「最初はわけがわからなかったです。台本を渡された翌日にはもう立ち稽古。台本持っちゃいけないんですよ。一日じゃ覚えられないから途中で固まるでしょ? でも言葉や動きを止めると怒鳴られるので、役者はドッタンバッタン羽をもがれた蝉のようにギャーギャーのたうち回る。地獄絵図でした(笑)。

 解散するまでほぼすべての舞台に立ちましたが、この時期に培った『自分でなんとかする』の精神は今でも役に立っています。それと『間の詰め方』。前の人の台詞が終わってから舞台袖を飛び出すと一瞬だけど間が空く。でも、台詞が終わる数文字前に出ればタイミングが合う。いい修業期間でした」

舞台『飛龍伝』でのワンシーン

 つかこうへい氏の舞台にも参加した。なかでもシリーズ化された『飛龍伝』は思い出深いという。

「すべてのパワーを出し切らないと成立しないキツい作品でした。毎日『この舞台をやり遂げればあとでご褒美がある!』と自分を奮い立たせていましたが何もなし(笑)。お客さんが喜んで拍手を送ってくださる、それがすでにご褒美だったのだなと、今になってわかりましたね」

 ここで筧はヒソヒソ声になり「つかさんは本当におもしろいんですよ」と数々のキワどいエピソードを教えてくれた。

「つかさんの芝居をほかの方の演出でやったことがあるのですが、稽古が始まって3週間過ぎたころ、役者のモチベーションが落ちてきたんです。そうしたらある日、つかさんから自宅に突然電話がありまして……。

『あのよぉ、(藤谷)美和子を押し倒すシーンあるだろ? 今日は帆立貝に紐をつけたやつをパンツの代わりにはいておいて、いきなりジャージを下ろして美和子を襲え!』

『え、帆立は、どこで買えば…?』
『やれよ!』ガチャ!

 実際そんなことはしないんですけど、こんなおもしろい話は絶対仲間にするじゃないですか(笑)。それによって稽古場のテンションを甦らせるという、つかさんならではの魔法です。『これ飲め! 元気出るぞ!』って、瓶詰めハブ酒を手に、ニコニコ登場されたこともありましたね。

 それから広末涼子さんと共演したときのことですが、稽古初日にやる気満々で行ったら稽古場の隅に鍼灸の先生が。何事かと思ったら、つかさんが『筧! マッサージしてもらえ!』と。よけいな気合を抑えるためだったのでしょうね。普通じゃないです、つかさんは(笑)」

■役者はどんな職業も本気で擬似体験できる

 笑いが絶えない筧だが、役者人生で笑顔を忘れた時期があった。30歳のころだ。

「テレビドラマに出始めたころでした。悪いヤツの役が続いたんですよ。ある時代劇で姫様を “手ごめ” にするシーンがありまして、放送の数日後にサウナに行ったら隣に座っていたおじさんが『犯してはりましたな?』と。ショックでした。俺じゃないんだよ! 役なんだよ!(笑)

 今なら『観ていただいてありがとうございます』でしょうけど、あのころはまだ若かったですから世間の反応がかなり嫌でした」

 紆余曲折を経てきた筧はこう言う。

「役者本人が『これはおもしろい』と喜びながら演じないと現場のスタッフさんも編集される方も楽しくない。お客さんを感動させることもできない。これは大変なサービス業です。

 今はもう役者は最高の趣味と考え、ほかに本業はないか探しています(笑)。タイでバーを開いたら楽しいでしょうねえ(大笑い)」

 本心がわからず戸惑う記者を前に、筧は最後の焼酎を飲み干し、そして続けた。

「役者は擬似体験が本気でできます。丁髷(ちょんまげ)して刀を振り回したり、警察官僚や弁護士、凶悪犯にだってなれます。すごくおもしろいですよね」

 どうやらこれが本心のようである。

かけいとしお
1962年8月10日生まれ 静岡県出身 大阪芸術大学に入学後、「劇団☆新感線」で俳優デビュー。卒業と同時に上京、「第三舞台」に入団。つかこうへい作品にも出演する。おもな出演作品はドラマ『踊る大捜査線』『Dr.コトー診療所』(ともにフジテレビ系)、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017年)、『イアリー 見えない顔』(WOWOW)、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』、舞台『ミス・サイゴン』など。1月14日より『雲霧仁左衛門5』(NHK BSプレミアム)に出演中

「しんしら」
住所/東京都新宿区歌舞伎町1-1-9
営業時間/17:00〜24:00
定休日/月曜、ほかに不定休あり
※新型コロナウイルスの感染拡大の状況により、営業時間、定休日が記載と異なる場合があります

写真・野澤亘伸