「サッカー監督相関図を作って遊ぼう。イタリア編。」

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―われわれは、われわれの歴史のなかにわれわれの未来の秘密が横たはつてゐるといふことを本能的に知る。

明治時代の思想家、岡倉天心は歴史について上記のように述べた。人間は、過去の知を集積し、それを活用することによって発展を成し遂げてきた生き物だ。

だからこそ、スポーツの世界においても歴史を学ぶことは重要だ。

過去の監督が使ってきた戦術を学び、それを発展させる。過去の偉人が血と涙を流しながら作り上げた方法論こそ、後の指導者にとって重要な基礎となるのだ。

指揮官の略歴を知ることは、「指揮官としての傾向、特性」を知る助けになる。戦術の歴史を紐解いていく上でも、こういった図は役立つことだろう。本コラムでは、フットボールの世界における指導者の相関図を作ることで、彼らの特性を紐解いていこうと思う。

前回はオランダ、スペインの系統図を作ったが、今回はイタリア。

フットボールにおいて、「特殊な地」と考えられることも多い戦術の聖地は、ジョゼ・モウリーニョ、カルロ・アンチェロッティ、ディエゴ・シメオネ、ルイス・エンリケなど、多くの指揮官のキャリアにおいて重要なものとなってきた。

3冠を成し遂げたルイス・エンリケは、ローマで大きな挫折を味わい、ディエゴ・シメオネもカターニャでの指揮経験がある。特殊な戦術の地、イタリアでの監督相関図は、興味深いものになるかもしれない。

簡単に図の説明から始めよう。

文字の無い線、これは指揮官の下でのプレー経験を表している。

例えば、右上のジョバンニ・トラパットーニからチェーザレ・プランデッリに繋がっている線。これは、チェーザレ・プランデッリが選手時代にジョバンニ・トラパットーニの指導を受けていることを表す。

「師弟」と書かれた線は、コーチ時代などに共に働いた経験を意味する。

「影響」と書かれた矢印は、指揮官に影響を受けたと公言しているケースだ。

色分けに関しては、ある程度時代のイメージで分けている。アリーゴ・サッキや、ジョバンニ・トラッパトーニなどは赤。彼らは、既に指揮官を退いているケースが多い。

カルロ・アンチェロッティやチェーザレ・プランデッリは緑。この枠は、指揮官としてはベテランに入るようなイメージだ。

そして、青色で示した指揮官が現在、「働き盛り」という年代の指揮官。ここには マッシミリアーノ・アッレグリ、ロベルト・マンチーニなどが揃う。

そして最後となる白は、現在売出し中、もしくはコーチとして修行中の若手監督だ。この色分けは、そこまで細かく設定している訳ではないので、参考程度に考えて頂きたい。

では、特に有名な各指揮官の特性について図を用いて考えていきたい。

まずは、ゾーンプレスを生んだ革命家アリーゴ・サッキ。

プロのサッカー選手経験無しで指揮官として大成した彼は、「騎手になるために、馬に産まれる必要はない」という言葉を残している。父親の経営する靴屋で働きながら、独学でフットボール理論を完成させ、圧倒的な個人能力を持ったマラドーナを止めるために、組織で相手のボールを奪い取るというゾーンプレスを完成させた奇才は、多くの指揮官に影響を与えている。

オランダのヨハン・クライフ、イタリアのアリーゴ・サッキ。この2人は、戦術におけるパラダイムシフトを引き起こした。

大きく言ってしまえば、イタリアの指揮官で完全に彼の影響から逃れられたものはいないだろう。「サッキ以前」と「サッキ以後」で、フットボールは大きく変化した。

その中でも強くアリーゴ・サッキの影響を受けているのは、カルロ・アンチェロッティだ。

ミラン、チェルシー、パリ・サンジェルマン、レアル・マドリーという錚々たるクラブを指揮しているイタリア人指揮官は、「サッキとは良く連絡を取っている。彼は私の師だ」とコメントしている。選手としてACミランで活躍し、アリーゴ・サッキの革命に大きく貢献した彼は、類まれなる吸収力でサッキの理論を吸収した。

また、図にはスペースの都合上入れられなかったものの、ローマ時代にゾーンディフェンスを得意としたスウェーデン人指揮官ニルス・リードホルムの指導を受けたことも、彼のフットボール観を形作っている。カルロ・アンチェロッティは、その2人の指揮官から学んだゾーンディフェンスを取り込みつつ、柔軟性を生かして様々なフットボールを吸収していった。

サッキやカペッロの様に戦術に対する知識が豊富な一方で、頑固なイメージが付き纏っていた古風なイタリア人指揮官と違い、アンチェロッティは変化に敏感で、柔軟な指揮官だ。様々な国での指揮経験を持ち、選手のマネジメントにも優れた彼は、新時代の指揮官とも言えるのかもしれない。レアルではジネディーヌ・ジダン、PSGではクロード・マケレレと共に働き、将来の指揮官養成にも携わっている。

サッキの影響を強く受けている指揮官には、日本代表で監督を務めたアルベルト・ザッケローニもいる。

彼は、「3-4-3というシステムからのサイドアタック」という理念に拘りながら、中盤でのゾーンプレスを採用。3バックはマンツーマンに近い形を保ちつつ、中盤ではサッキのゾーンプレスを取り入れる「ミックスゾーン」で一世を風靡した。

ザッケローニやアンチェロッティとは違い、アリーゴ・サッキのスタイルを「4-4-2」というフォーメーションと共に継いでいるのがデル・ネーリ、ジュゼッペ・サンニーノ、デーヴィス・マンジャの3人だろう。

特にジュゼッペ・サンニーノとデーヴィス・マンジャはサッキからの影響を公言している「サッキ信奉者」だ。デーヴィス・マンジャは現在41歳と若く、2012年から2013年にはイタリアU-21の指揮官も務めた。その際には「最も期待出来る若手指揮官」とも表現されているように、今後再びセリエAに舞い戻る可能性もある。名前を覚えておくと良いかもしれない。

2006年にイタリア代表と共にW杯を制した名将マルチェロ・リッピは、高い位置からのプレスと堅い守備を使い分けることを得意とする指揮官で、アリーゴ・サッキ的なフットボールを目指していく中で現有戦力とのバランスが悪いことに気づき、カペッロ的な要素を組み込んでいったと公言している。

同年代のカペッロからも学ぶ姿勢は、彼の1つの強みだろう。プレッシングシステムの機能美に強い拘りを持ったアリーゴ・サッキ、現実主義者のファビオ・カペッロと同じく、彼もファンタジスタと呼ばれる天才肌のMFとの衝突を繰り返した。

アントニオ・カッサーノやロベルト・バッジョとの折り合いが悪かったのは、何よりもチームの安定性を求める彼のフットボール観に起因するものだろう。W杯などでカモラネージを活用し、サイドアタックから多くのチャンスを作り出したことなどからはアリーゴ・サッキの影響も伺える。

このマルチェロ・リッピの愛弟子と考えて良さそうなのがファビオ・カンナバーロ。

イタリア代表だけでなく、クラブチームでも長い時間を共にしたことで知られている。中国の広州恒大では、彼がリッピの後を継いで監督に就任した(その後退任)。

現実主義者ファビオ・カペッロは、イタリアのフットボールにおける哲学「カテナチオ」の体現者だ。

彼は、カテナチオの創始者としてACミランの躍進を支えたネレオ・ロッコからの影響を受けている。守備を徹底して重視し、カウンターでの勝利を狙う。

「モダンフットボールにファンタジスタの居場所はない」というコメントからも解るように創造性を重視せず、厳格なマネジメントによってチームを纏め上げる。選手に対する厳しいアプローチは、オランダのファン・ハールや、スコットランドのアレックス・ファーガソンと共通した部分と言えるだろう。

カペッロ、リッピ、アンチェロッティ…。イタリアだけでも伝説的指揮官達の下でプレーしていたクラレンス・セードルフだが、ACミラン時代は満足のいく結果を残すことは出来なかった。

サイドバックを組み立てに関わらせることを望むという点ではカルロ・アンチェロッティの面影を感じさせたものの、戦術的な特徴をハッキリと掴むためには、もう少し時間が必要かもしれない。

また、名ストライカーであったフィリッポ・インザーギもアンチェロッティ、アッレグリという2人の下でプレーし、経験を積んだ。

指揮官としては、アリーゴ・サッキやファビオ・カペッロほど有名ではないものの、相関図において強烈な存在感を放つのがジョバンニ・ガレオーネだ。

在籍したチームはウディネーゼ、ペスカーラ、ペルージャ、ナポリなどで、ビッグクラブでの経験は無いに等しい。ヨーロッパの舞台で注目を浴びる事も無かった。

それでも、1980年代後半には4-3-3をゾーンプレスと融合させた攻撃サッカーを志向し、「アリーゴ・サッキと並ぶ、革命的な戦術家」として国内で知られた彼は多くの弟子達をセリエAに送り出すことになる。

ジョバンニ・ガレオーネの下でプレーした「ガレオーネ派」は、突如としてセリエAを驚かせる旋風となった。

まずは、ジャンピエロ・ガスペリーニ。3-4-3の使い手として知られる彼は、ガレオーネ門下の1人だ。

守備を重視する相手を、研究した攻撃によって崩すという姿勢を持ったガレオーネの信念を継ぐ彼は、手数をかけたサイド攻撃に真価を持つ。まるでスペインを思い起こさせるような独特な崩しを得意とする戦術家は、インテルミラノでは思わしい結果を残せなかったものの、現在はジェノアへ戻って牙を研いでいる。

次に、マルコ・ジャンパオロだ。

ガレオーネ門下でも、最もアイディアに秀でた彼は、2011年のチェゼーナでの高速カウンターなど、攻撃面において多くの手札を持つ。しかし一方で、チームの中心となる戦術を構築するのが苦手という課題があるため、ガレオーネ門下生の中でも結果に恵まれてはいないものの、現在エンポリを率いて健闘中。数年後に、上位クラブで見たい指揮官の1人でもある。

そして、最後となるガレオーネ門下生最大の大物がマッシミリアーノ・アッレグリだ。

ガレオーネ門下生に共通する攻撃面でのアイディアの豊富さ、モダンな崩しのシステム構築に加え、イタリア人指揮官らしい守備の緻密さも兼ね備える若手指揮官は、カリアリでの指導を評価されて一気にACミランへ。3センターの使い手は、何度となく欧州の舞台でバルセロナを苦境へと追い込み、柔軟な守備によってヨーロッパでも名を知られる指揮官へ。

アントニオ・コンテが率いた3連覇のユベントスを継ぐ、という難しいミッションを課せられたにも関わらず、昨季はヨーロッパの頂点にまで手をかけるなど、文句の無い結果を残した。今季はピルロ・ヴィダルなど多くの主力が欠けて苦しんでいたものの、復調の兆しを見せている。

ガレオーネの攻撃における研究を重視する姿勢を守備にも適応し、相手に合わせて様々な守備体系を使い分ける姿は、ガレオーネ門下生の最高傑作と呼んでも差し支えないだろう。

ジョバンニ・ガレオーネと同様に、セリエの世界で静かに戦術家として名を馳せてきたのがフランチェスコ・グイドリンだ。

「ミラクル・ヴィチェンツァ」を率いた名将は、ウディネーゼで多くの若手選手を開花させながら4年間チームを指揮。様々な戦術を使い分け、バイタルを空けておいて相手を罠に引きずり込み、3バックからカウンターを狙うスタイルなどを確立した。

グイドリンの教え子である現ラツィオのステファノ・ピオリも、非常に柔軟な指揮官だ。

この2人の関係性は、ピオリがボローニャのユースチームで3年間指揮を執っていた間、トップチームを継続してグイドリンが率いていたというところに由来する。

また、グイドリンがテクニカル・ディレクターに就任して最初に指揮官に就任したのがアンドレア・ストラマッチョーニ。

多くのフォーメーションを使い分けることで知られる彼は、グイドリンのサポートを得ながらウディネーゼの指揮官に挑戦したものの、2015年には解任されている。

また、ストラマッチョーニ、ディ・フランチェスコ、モンテッラの3人は、ローマとの関係を持っている。

ディ・フランチェスコはローマのチームマネージャーを経験しており、残った2人はローマユースでの指導経験有り。名門のユースチームで経験を積んだ監督達が、セリエAでも鎬を削っているのだ。

イタリア人が揃った相関図に名を連ねた数少ない指揮官の1人が、スウェーデン人のスヴェン=ゴラン・エリクソンだ。

彼は、指揮官として得意な戦術の形があるというよりも、既存のチームが使っていたスタイルなどを受け継ぎながら強化していくことを得意としている。

また、ラツィオでセリエA制覇を成し遂げた際には、そのチームマネジメント術が評価された。選手との距離を近くする訳でもなく、恐怖政治によって遠くする訳でもない。理性的に自らの信じる理念を掲げ、チームの問題を解決し続けたマネジメント術は、高い評価を受けることになった。

Tord Grip(トルド・グリップ、スウェーデン人)はエリクソンの師でありながら、後にアシスタントマネージャーを務めるなど、相棒として彼を支えることとなった。

このエリクソンの教え子が、ロベルト・マンチーニだ。

イタリアではインテル、イングランドではマンチェスター・シティと共に国内リーグを制覇した指揮官は、そのマネジメント術において師の影響を受けている。選手達の友人としてでもなく、強面の上司としてでもなく冷静沈着に選手と接していく姿は、師を思い出させるものだ。

戦術においては、緻密な指示によって守備を強化しつつ、個人能力を生かしたカウンターを得意とする。ダビド・シルバやズラタン・イブラヒモヴィッチなど、チームの中心となる攻撃の要を軸に、チームを作り上げるのが非常に上手い監督とも言えるだろう。

マンチーニの下でアシスタントを務めたパトリック・ヴィエラはアメリカ、ニューヨーク・シティFCへ。将来のマンチェスター・シティの指揮官就任を見据え、アメリカという地で牙を研ぐこととなった。

また、マンチーニの副官としてインテルでは守備組織の担当をしていたというシニシャ・ミハイロヴィッチは現在ACミランへ。堅守速攻を得意としている彼が、現在インテルに戻った師を超えることは出来るのだろうか。

トッティの0トップと、現代的なポゼッションフットボールを志向したのは元ASローマのルチアーノ・スパレッティ。

彼のフットボールに大きく影響を受けた2人が、現在のセリエAにはいる。1人はサッスオーロのディ・フランチェスコ。

彼は、攻撃的なフットボールで知られるチェコ人指揮官ズデネク・ゼーマンからの影響も公言しているように、攻撃に対して非常に明確な価値観を持っている期待の指揮官である。

フィオレンティーナから、サンプドリアへと移ったヴィンチェンツォ・モンテッラも、非常にモダンなポゼッションサッカーを得意とする指揮官として知られる。

彼も、明らかにスパレッティからの影響を受けており、ボールを保持することにイタリア人らしからぬ拘りを見せる。また、レスター・シティで指揮を執っているクラウディオ・ラニエリもモンテッラに影響を与えたであろう指揮官だ。モンテッラがユースの指揮官時代に、ラニエリはトップで監督を務めている。カターニャ時代などに見せた3バックと4バックの使い分けなどは、ラニエリを彷彿とさせる柔軟さだった。

さて、今回はイタリアの監督における「師弟関係」から指揮官の特質を読み解くという試みを行ってみた。

しかし、書ききれた部分はあくまで一部に過ぎない。ズデネク・ゼーマン、チェーザレ・プランデッリ、マウリツィオ・サッリ、アントニオ・コンテ、デリオ・ロッシなど、様々な指揮官も割愛せざるを得なかったことも残念に思っている。それでも、この相関図が何かのヒントになれば幸いだ。