『イッツ・ア・スモールワールド』©Disney

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1966年12月15日のウォルト・ディズニー死去から今年で48年になります。

【写真】知らなかった!ウォルト・ディズニーが作ったアトラクションだったの?

ウォルトが遺したものは現在の東京ディズニーランドにどのような形で息づいているのでしょうか。

ウォルト時代にディズニーが発明した技術「オーディオアニマトロニクス」が用いられているアトラクションと共に、彼の足跡をたどります。

■魅惑のチキルーム

オーディオアニマトロニクスとは、オーディオ、アニメーション、エレクトロニクスを組み合わせた造語。

ウォルトは旅行先のイギリスで機械仕掛けの鳥のおもちゃに出会いました。すぐさまイマジニアにこのおもちゃを調べさせ、作り上げたのがオーディオアニマトロニクスです。

そして最初に出会ったおもちゃと同様、機械仕掛けの鳥が登場するアトラクションとして1963年に「魅惑のチキルーム」をオープンさせました。

東京ディズニーランドでも開園当初から「魅惑のチキルーム」があります。

当初はカリフォルニアのディズニーランドと同じバージョンでしたが、その後リニューアル。

「魅惑のチキルーム“ゲット・ザ・フィーバー!”」を経て、現在は「魅惑のチキルーム:スティッチ・プレゼンツ“アロハ・エ・コモ・マイ!”」が公演されています。

■イッツ・ア・スモールワールド

1964年、ニューヨーク世界博覧会でユニセフから依頼を受けたウォルトは、オーディオアニマトロニクスの子供たちがオリジナル曲「小さな世界」を各国語で歌う、世界でいちばん幸せな船旅「イッツ・ア・スモールワールド」を作りました。

世界博覧会閉幕後、アトラクションはカリフォルニアのディズニーランドに移され、パークのアトラクションとしてオープン。

ディズニーランドを代表するアトラクションとなり、世界中のパークでこのアトラクションが作られるようになりました。

東京ディズニーランドではクリスマス期間にクリスマスの飾りつけと共に世界の子供たちがクリスマスソングを歌う「イッツ・ア・スモールワールド“ベリー・メリー・ホリデー”」という期間限定バージョンで運営されています。

また、海外パークでは、世界の子供たちに混ざってディズニーキャラクターが登場するバージョンへのリニューアルも行われています。

■カリブの海賊

「カリブの海賊」はウォルトが最後に手掛けたアトラクションです。

オーディオアニマトロニクスを用いたボートライドとして、ウォルトの指示を受けながら制作されていましたが、完成直前にウォルトが死去。

その3か月後、1967年に「カリブの海賊」はオープンしました。

2003年にはこのアトラクションを基にした映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズが公開され、大ヒットを記録。

アトラクションもこの映画シリーズの主人公ジャック・スパロウたちが登場するリニューアルがありました。

東京ディズニーランドでも2007年に『パイレーツ・オブ・カリビアン』リニューアルがあり、ジャック・スパロウに会えるようになっています。

■ホーンテッドマンション

「ホーンテッドマンション」の建物は1963年、ウォルトが生きていた時代に作られていました。

しかし、中身の企画が固まらないままウォルトはこの世を去ります。

ウォルト亡き後、彼の遺志を継いだイマジニアが、幽霊のオーディオアニマトロニクスが999人登場するアトラクション「ホーンテッドマンション」を作り上げました。

ウォルトの死後最初に作られたアトラクションとして1969年にオープンしました。

このアトラクションは各パークに作られていき、東京ディズニーランドにも開園当初から設置されています。

現在、ハロウィーンからクリスマス期間にかけて「ホーンテッドマンション・ホリデーナイトメア―」と称して、映画『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のジャック・スケリントンたちが登場します。

■ウォルトの遺産は進化して受け継がれている

ウォルト・ディズニーが遺したアトラクションたち。

今回ご紹介したものは、どれも近年リニューアルや期間限定バージョンでの運営が行われているものです。

ウォルトは機械に命を与え、ストーリーを通じて私たちに新しい世界を見せてくれました。

そのアトラクションは時も海も超えて現在の東京ディズニーランドでも見ることができます。

これらは遺産として同じ形を継承していくだけでなく、新たな要素を加えてより進化したアトラクションになっています。

ウォルトがかつて「パークは永遠に完成しない」と述べた通り、彼が遺してくれたものは時代と共に進化しながら、今でも私たちを楽しませてくれています。