「41歳と43歳で子どもを産んだ、という数字だけ切り取られて、じゃあその年齢でも産めるなら大丈夫だ、と思ってほしくないんです」。卵子凍結や不妊治療経て40代で出産を果たした関西テレビの村西利恵さんは自身の壮絶な回り道の人生を振り返り、若い方々に伝えたいことがあると言います。

【写真】「まさか40代とは」抜群のスタイルが目を引く村西さん ほか(全13枚)

「いつか子どもが欲しいから」36歳で卵子凍結

── 現在のパートナーと出会う前、36歳で卵子を凍結保存していたそうですね。何かきっかけがあったのでしょうか?

村西さん:きっかけは、趣味の釣り仲間でもある女友達が、「35歳の卵子を凍結してきたわ」と報告してくれたことです。「話には聞いていた卵子凍結を、身近にする人がいたんだ」と驚きました。詳しく話を聞くと、「卵子は年齢を重ねるごとに数が減り、35歳以降は妊娠確率も下がっていくから、できるだけ若いうちに卵子を採取しておいたほうがいい」と。私はバツ2で現在の夫と結婚しているんですけど、当時は1回目と2回目の結婚の間、おつき合いしている人がいない時期でした。「現状はパートナーもいないけど、将来的に子どもは欲しいから今のうちに卵子を残しておこう」と思い、36歳での凍結となったんです。

趣味の釣り仲間から卵子凍結の報告を受け、一念発起したそう。釣り番組や釣りコラムの仕事が、不妊治療の合間の気分転換に

── 働きながら卵子を採取するのは時間や体力的にも大変ではなかったでしょうか?

村西さん:当時はニュース番組を担当していましたが、本番は夕方なので、朝一番に病院へ行ってから午前の打ち合わせに間に合うよう出社することは可能でした。周りの人に特に説明することなくスケジュールが組めそうだったので、今がチャンスだと思いました。ただ、卵子採卵による体調の変化は予想以上でした。

卵巣を刺激し、卵子の発育をサポートするために排卵誘発剤の自己注射と内服をおよそ2週間続けてから採卵するのですが、1回の採卵で少しでも多くの卵子が採れるよう高刺激な手法を選択したため、採卵後は卵巣が腫れて、もうぐったりしてしまって。下腹部のなんとも言えない鈍痛で歩くこともままならず、父に車で迎えにきてもらって、這うように帰宅しました。

そのときの採卵で14個の卵子が採取できたのですが、医師に「36歳の卵子が14個だと、将来子どもを得る確率は50~80%ほど」と言われました。もう一度採取して卵子の数を増やしておけば子どもを1人得られる確率がもっと上がりますよ、と説明を受けましたが、想像以上に体力的なダメージが大きかったことと、費用が1回の採卵で100万円ほどと高額でもあったので、2回目は断念しました。

39歳、不妊治療を始めたら卵子の数が減っていた

── 39歳で現在のご主人と出会い、不妊治療を開始されたそうですね。

村西さん:はい。いまの夫と出会って1年が経った頃でした。お互い離婚経験者だったので入籍にはこだわらず事実婚のような状態でしたが、子どもは欲しいし、子どもができたら入籍しよう、という流れで、不妊治療を始めました。年齢的にも授かるかどうかギリギリのタイミングだとわかっていましたし、2人とも体外受精からのスタートに抵抗はありませんでした。そこで、凍結した卵子を保存してもらっている病院へ行って相談すると「39歳ならまだ卵子が採取できるから、凍結している卵子を使わず新たに採取しましょう」と言われました。

── そうなんですね。凍結している卵子は残しておこうと。

村西さん:私も意外でしたが、不妊治療は卵子が採取できなくなったら強制終了になってしまうので、採取できるうちはしたほうがいいと言われました。結果を先に言いますと、そこから1年半かけて、採卵は3回、体外受精は8回におよび、やっと子どもが授かりました。

採卵してみてわかったのは、やはり36歳のときより同じ刺激方法を使っても採れる卵子の数が減っていたこと。1回目に採取できた卵子は10個でした。そのうち半分を通常の体外受精で自然に任せる方法(ふりかけ法)にして、残りの5個は精子を直接注入する方法で顕微授精しましょう、となったのですが、ふりかけ法はどれも「胚」にはならず、全滅でした。そこで、やはり私たちにはタイミング法などで段階を踏んでいる時間はなかったな、とはっきりわかりました。

「一度休みたい」期待することに疲れて

── 8回というのは、顕微授精で「胚」になったものを移植し続けた形なんですね。

村西さん:はい。最初は毎月、挑戦してはうまくいかず、というのを繰り返していたんですけど、3回目の移植が妊娠に結び付かなかった段階で、夫から「一度休みたい」と言われました。毎回毎回、「今度は成功するかもしれない」「今度こそ父親になれるかもしれない」と期待してガックリして、という感情のアップダウンがきついと打ち明けられたんです。

いっぽうの私は「生理の周期を考えても年間12回しか移植のチャンスがない」という焦りがあり、目標に向かって突き進んでいくつもりだったので、そこで初めて意見がぶつかりました。しかも、当時は体外受精に関して保険適用ではなく全額自費負担だったので(2022年4月から保険適用)、金銭的な不安もあったのだと思います。2人でいろいろと話し合い、「じゃあ、いったんお休みしましょう」ということになりました。2020年4月のことです。

── 不妊治療のお休み期間はどう過ごしていらっしゃったのですか?

村西さん:「大切な家族であれば子どもにこだわらなくてもいいのでは」と、犬を飼うことにしました。コロナ禍で2人とも家で過ごす時間が長かったですし、犬の散歩のおかげで規則正しい生活を送るようになると精神的にも安定してきたんですね。「もし子どもが授からなくても犬を子どもと思い、仲良く暮らしていこう」という考えにシフトできて、3か月後、40歳の夏に不妊治療を再開することにしました。夫からの提案で治療にかかるお金の計算をして、上限を決めての再チャレンジでした。

2020年4月、不妊治療をお休みしている期間に迎え入れた愛犬・リオンちゃん

そして再開してすぐの4回目の移植で、一度着床したんです。でもすぐに化学流産(胎嚢が確認される前に妊娠が自然に終了してしまう状態)してしまい、このときはさすがにショックで休みを取り、ひとりで奈良のお寺に行き、号泣して帰りました。ただ、先生から「妊娠を示す数値が弱くはあったけれど、一度着床して数値が上がったということは、あなたに妊娠できる能力があることを示しているから、落ち込むことはないんですよ」と言っていただき、その言葉がとても支えになりました。

不妊治療は勉強などとは違い、「努力すれば必ず結果が出る」わけではありません。でも自分なりに最善を尽くし、その結果としてダメだった、というにはまだ早い。もっとやれることが絶対にあるはずだ。もともと目標に向かってコツコツ努力するのが好きな性格でもあり、不妊治療を始めてからずっと前向きで、私としては一度も治療をやめたいと思ったことはありませんでした。

40代で出産経験も「大丈夫だと、思わないで」

── 5回目の移植以降は、鍼治療や漢方薬など東洋医学も取り入れていたそうですね。 

村西さん:そうです。治療を再開した2020年9月ごろから鍼治療を、2020年12月からは漢方クリニックにも通い出しました。食生活も和食中心にするなど見直して、医療に任せるだけでなく妊娠しやすい体をつくろうと、いろいろ試しました。6回目と7回目は凍結していた36歳の頃の卵子を一部使ったのですが、妊娠に至らず…。ただ、鍼治療や漢方薬は私には合っていたようで、徐々にその成果が出ているのを、自身の体調のよさでも感じていました。

それが治療に結果として出たのは2021年の3月です。3回目の採卵をしたのですが、私の平均採卵数がそれまで10個前後だったにも関わらず、そのときはなんと21個も卵子が採取できたんです。すべてに顕微授精をするとそのうち12個が「胚」になり、培養士さんがランク付けした一番いいものを2021年5月に移植しました。これが8回目の移植になったわけですが、この時はERA(子宮内膜着床能)検査をして着床できるベストなタイミングを計り、さらに子宮内膜スクラッチ(あえて軽く子宮内膜を傷つけて着床を促進する治療)を実施して挑みました。その結果、妊娠することができたんです。

── そして41歳で母に。出産後はどんな気持ちになりましたか?

村西さん:妊娠したことは嬉しいんですけど、何度も不妊治療した末の高齢出産ですし、無事に産めるかずっと心配でした。コロナ禍の不安もあったうえ、予定日を過ぎてから逆子になってしまったので、緊急帝王切開での出産に。だから、娘が生まれて抱っこして初めて実感がわいて「喜んでいいんだ」と思った気がします。母乳をあげながら嬉しい気持ちがこみあげてきました。夫も娘にメロメロで、自分は母乳があげられないから、お風呂だけは必ず入れてあげたいと、毎日入れてくれていました。

── 現在はこうして治療の経過についても取材を受けるなどして発信されています。

村西さん:「41歳と43歳で子どもを産んだ」という数字だけ切り取られて、若い女性や会社の後輩たちに「その年齢でも産めるなら焦らなくて大丈夫か」と思ってほしくないんです。たとえば、私は若い頃から、月経の出血量が異常に多い「過多月経」でしたが、特にその対策をすることなく過ごしてきました。でも、婦人科の医師と話すうちに、生理をもっと薬でコントロールしてもいいということを知ったんです。そして不妊治療を始めてからは、「若いうちからピルなどを服用して排卵を止めておけば、卵巣機能の温存につながる」ということも知りました。たらればですが、普段からもっと自分の体や将来の妊娠に対して意識高く生活していたら、私の不妊治療はここまで大がかりなものにならなかったのではないかと思っています。

また、今でこそ体外受精は保険適応になりましたが、それには回数や年齢制限もある。治療のお金も、わが家は高級ミニバンが買えるくらいにはかかってしまいました。もし、妊娠に適した時期に自然と妊娠できていたら、そのお金は住む家や子どもの教育費に回せたはずです。私と同年代の女性アナウンサーは特に、妊娠・出産したら仕事がなくなるのではないかという漠然とした不安があったかと思いますが、今はもう時代が違います。後輩たちに相談されたら必ず「産めるとき、産みたいときに産んで、そこからまた働けばいいよ」とアドバイスしています。先人として、社会や会社をそういう風潮にしていかなければならないとも強く思います。そして妊娠を後回しにした結果、何が起こるかを今からきちんと知っておいてほしいんです。

卵子凍結も、保存期間が長引くと100万円単位のお金がかかりますが、実際の使用率は5~7%という低いデータが出ています。もちろん、自然妊娠したために使う必要がなかった、というケースもあるとは思いますが、凍結保存したことがお守りとなって安心して、さらに仕事に打ち込んだり、パートナー探しに真剣に取り組めなかったりした人も見てきました。

私自身、凍結していた卵子は結果的に妊娠に結びつきませんでした。もし将来子どもが欲しいという希望があるなら、「今は高齢でも産めるから大丈夫」「卵子を凍結しているから大丈夫」とは思わずに、加齢による卵子の数や質の変化、妊娠確率の低下についてもっと調べて、普段から子宮頸がん検診を受ける、生理の不調や困難を放置しない、ことを心がけてほしいです。

そして女性側のリスクばかり言われますが、男性側の年齢が上がることのリスクも近年研究が多く発表されています。男性も女性も人生100年時代。仕事のキャリアは後からいくらでも挽回できるから、結婚や出産を迷っている人がいたら背中を押してあげたいですね。

取材・文:富田夏子 写真:村西利恵