早くに亡くなってその死が惜しまれる盒興┝造気鵑板敍睛柑阿気鵝帖鎚幻頬椶簇入り本が刊行
2024年に62歳で亡くなったノンフィクション作家の郄橋秀実さんと、20年に61歳で死去した文芸評論家の坪内祐三さんは、生前の活躍した分野は異なる。
だが、ともに早すぎる旅立ちが惜しまれる書き手だった。その死を悼むかのように関連した文庫や箱入り本が刊行されている。(待田晋哉)
郄橋秀実さん 「聞く人」独自の取材力
郄橋さんの単行本は、まるで現役作家のように文庫化が続く。ラーメンや結婚相談所など様々なものを取材し、それぞれのマナーを探る昨年11月の『人生はマナーでできている』(ちくま文庫)に続き、今月は『おやじはニーチェ』(新潮文庫)が刊行された。
「入院して1か月もたたないうちの突然の死でした。本人も次の企画を進めていたし、いまだにひょっこり現れそうな気がします」。妻の栄美さん(61)は話す。
苦手だった水泳に挑戦する姿を記した『はい、泳げません』(同)をはじめ、著者は自らの実感から書き起こす独自のノンフィクションを確立した。『おやじはニーチェ』は、実父の介護体験をつづり、胸を打つ。

妻を亡くした父親は認知症を患い、長男の郄橋さんが夫妻で同居して介護を始める。症状の進行を確かめるため「100足す7は」と尋ねると、父は答えた。
「足されたほうの身にもなってみろよ」
介護生活は、笑いだけでは済まなかった。大きな声を上げることなどがあり、迷惑をかけるため施設に入るのは難しかった。1日に8回も散歩に出かけ、どんな話をしても最後は子ども時代の話に戻った。
自身の仕事が進まず苦しむ郄橋さんに、父のことを「メモしてないの?」と聞いたのは、栄美さんだった。「家族のことだから、つい心配しすぎてしまう。気になることをメモすれば、変わるかなと思いました」
老いた父に取材するように接し、哲学者のニーチェやヘーゲルなど古今の本を読んで理解しようとする自らの姿を、一冊のドキュメントのように差し出した。

「介護する側は、ああすれば良かったといつまでも思うものです。でも、できることを精いっぱいやり、できなくても仕方がないと感じてほしい。読んで救われる人がいたらうれしい」
『「弱くても勝てます」』(同)は開成高野球部を取材し、死の直前に出た『ことばの番人』(集英社インターナショナル)は校正を扱った。人の話を録音せず、メモするのがスタイルだった。
「録音すると集中力がそがれる。相手が何を話したか、どんな表情をしたかをメモしていました。人の話を『聞く人』だから、取材相手も、ついしゃべってしまうのでしょう」
坪内祐三さん 時代映す文庫紹介

美しい箱に、色違いの6冊が納まる。本の目利きだった故人が手に取れば、目を細めそうだ。坪内祐三さんが著者の『文庫千趣』(発売・本の雑誌社)は、私家版として刊行された。
博学だった文芸評論家は、1996年から亡くなる2020年1月まで、「週刊文春」で「文庫本を狙え!」という旬の文庫の紹介欄を担当した。1000回を超すすべての回を索引つきで収める。
改めて驚かされるのは、目配りの良さと内容の面白さだ。昭和のにおいがする文学者に詳しい著者らしく、作家の吉行淳之介や田中小実昌らの文庫が多めに取り上げられているのは想像がつく。
一方で、松井浩『打撃の神髄 榎本喜八伝』(講談社+α文庫)やマツコ・デラックス『デラックスじゃない』(双葉文庫)など、スポーツや芸能関係のものもよく扱った。チェコ生まれの亡命作家、ミラン・クンデラの『小説の技法』(西永良成訳、岩波文庫)の回では、ノーベル賞の最大の不思議はクンデラが「いまだに受賞していないことだ」と、評論家らしい矜(きょう)恃(じ)をみせる。

妻の佐久間文子さん(62)によると、坪内さんは午前の早い時間はソファに横になって文庫本を読んでいたという。「回数を重ねることで、本を通して時代が見えることも意識していた」と話す。連載を始めた1996年から、紙の出版市場は右肩下がりだった。だが紹介された文庫本からは、実は多様な出版文化が花開いた時代だったことが浮かび上がる。
