関連画像

写真拡大

自治体の要請でヒグマを駆除したハンターの猟銃が、捜査当局によって廃棄されていた問題。検察は「所有権放棄の意思を確認したうえで適正に処分した」と説明するが、当事者側は「放棄に同意した覚えはない」と反発を強めている。

しかも、取材を進めると、別の疑問も浮かび上がってきた。警察は当時、「所有権が放棄された」とするライフル銃について、なおも“池上さんの銃”として「所持許可取り消し処分」の対象に含めていたのだ。

「放棄された銃」なのか、「本人が所持する銃」なのか。当局の説明には、なお整合しない部分が残されている。(ライター・小笠原淳)

●捜査当局「ハンターが『所有権放棄書』に署名した」

北海道砂川市のハンター池上治男さん(77)の猟銃が廃棄されていた問題(https://www.bengo4.com/c_18/n_20322/)をめぐり、その猟銃を廃棄した検察が5月中旬、地元の報道機関向けに説明の場を設け、改めて処分は「適正だった」と強調した。

これに先立ち、銃の持ち主である池上さんの代理人にも説明がおこなわれていた。

代理人によると、検察側は廃棄理由について「所有権放棄の意思を確認した」と説明。銃を押収した警察が「所有権放棄書」なる書類を作成し、池上さん本人から署名・捺印を得たというのだ。

しかし、そのライフル銃に特別な思い入れがあった池上さんは「廃棄に同意した記憶はない」と話す。代理人の中村憲昭弁護士も「仮に署名・捺印があったとしても本人に放棄の意思がなかったのは明らか」として、当局の対応に疑問を呈している。

●最高裁で逆転勝訴、その直後に判明した「廃棄」

池上さんは2018年8月、自治体の要請を受けてヒグマを駆除。同年10月、銃刀法違反などの疑いで猟銃4挺を押収され、2019年4月には地元の公安委員会から猟銃所持許可を取り消された。

池上さんは2020年、この処分を不服として札幌地裁に提訴。一審勝訴、二審敗訴を経て今年3月、最高裁で逆転勝訴判決が確定。池上さんの訴えがほぼ全面的に認められる結果となった。

北海道公安委員会は処分の誤りを認めて謝罪。押収していた銃を7年ぶりに持ち主へ返還することになった。

ところが、その“返還”された銃の中に、ヒグマ駆除で使用した最も重要なライフル銃は含まれていなかった。この顛末は、上記の記事で伝えた通りだ。池上さんにとって最も重要な1挺は、どうなったのか。

“返還”翌日の4月10日、中村弁護士が銃を管理しているはずの検察に問い合わせたところ、4日後に返ってきたのは「廃棄しました」という回答だった。このとき初めて「所有権放棄書」の存在が示唆されたという。

廃棄の根拠とされる「放棄書」はいつごろ、どういう経緯で作成されたのか。その書類に基づいて、実際に銃が廃棄処分となったのはいつなのか──。中村弁護士は改めて説明を求めた。

これを受けて、札幌地検の担当者が中村弁護士との面会に応じたのは、1カ月ほど過ぎた5月14日だった。

「とくに新しい事実は示されず、改めて『放棄書がある』『廃棄は誤っていない』との説明がありました」

中村弁護士はそう振り返る。

「放棄書の署名により池上さんの所有権が失われ、銃は国庫に帰属したと。不起訴事件で国庫に入った物については、法務大臣訓令の事務規程(https://www.moj.go.jp/content/000110750.pdf)に基づき、すみやかに処分することになっているという説明でした」

一方、放棄書の現物については、謄写(コピー)は認められないものの、本人あるいは代理人であれば閲覧は可能とされたという。

●行政不服審査の申立て翌月に「廃棄」

検察が「不起訴記録」という言い回しを使ったように、問題のライフル銃は、不起訴となった銃刀法違反事件などの重要な証拠物だった。

今回、新たに判明したのは、池上さんが「放棄書」に署名したとされる時期だ。

検察によると、それは2019年1月。北海道警察・砂川警察署(のちに滝川署へ統合)が、札幌地検滝川支部に事件を送致する直前だった。その後、銃は同年2月の送致に伴って検察管理下に入り、同年7月、札幌地検によって廃棄されたという。

これに対して、中村弁護士は疑問を呈する。

「放棄書があれば、半年で処分できるのか、甚だ疑問です。そもそも池上さん自身に署名した記憶・認識はありません。放棄への同意とわかっていたら署名などするわけがない」

さらに中村弁護士はこう続ける。

「2019年6月に(猟銃所持許可取り消し処分について)行政不服審査を申し立てています。(銃の返還を求める意思は明確なのに)なぜ7月に廃棄されるのか」

●池上さんの意思を把握しながら廃棄していた?

参考までに、銃の放棄書作成時期と廃棄の時期を時系列表にまとめる(上記記事の一部誤記を訂正)。

2018年8月 池上さんが砂川市の依頼でヒグマを駆除
2018年10月 道警が銃刀法違反などの疑いで池上さんを在宅捜査、銃4挺を押収
2019年1月 道警が駆除に使われた銃の「放棄書」を作成、池上さんが署名・捺印
2019年2月 道警が池上さんを書類送検(銃が検察の管理に)
2019年3月 札幌地方検察庁滝川支部が不起訴処分を決定、砂川署が池上さんの銃返還要求を拒否、また道警・北海道公安委員会へ猟銃所持許可取り消しを上申
2019年4月 道公安委が池上さんの銃所持許可取り消し処分を決定
2019年6月 池上さんが行政不服審査を申し立て
2019年7月 札幌地検が問題の銃を廃棄
2020年4月 公安委が審査請求棄却
2020年5月 池上さんが札幌地裁に行政裁判を提起
2026年3月 最高裁で池上さんの勝訴判決確定

中村弁護士が指摘する通り、池上さんは不起訴処分後の2019年6月に所持許可取り消し処分を不服として行政不服審査を申し立てている。

申立て先は北海道公安委員会だが、検察がこの動きをまったく把握していなかったとは考えにくい。仮に把握していたとすれば、検察は銃の返還を求める池上さんの意思を知っていながら銃を廃棄してしまったことになる。

中村弁護士は「審査請求を警察が検察に隠していたとしたら警察に問題があり、隠していなかったとしたら検察に問題があることになる」と指摘する。

●検察は「行政不服審査の申立て」を知らなかった?

札幌地検は5月18日夕、臨時記者会見を開いて、地元報道に一連の経緯を説明した。

クラブ非加盟の立場で会見に参加した筆者は、清水雅晴次席検事に対して、行政不服審査との関係などについて質問した。大手メディアの記者の質問も含め、当日の主な質疑は次の通り。

なお、録音・撮影が制限されていたため、記録は取材メモと配布資料に基づく。

筆者:なぜ廃棄をしたのか。
次席:所有者も代理人も『放棄書』作成後に撤回してこなかった。

筆者:もし「やっぱりやめて」と言われたら廃棄は中止できたか。
次席:再検討はできるはず。

筆者:廃棄の少し前に本人が行政不服審査を申し立てているが。
次席:検察では把握していない。

筆者:警察から情報がいっていなかったということか。
次席:そういうこと。

筆者:最高裁判決確定後、中村弁護士が札幌地検に当該銃の返還を求めたが、これに「廃棄した」と答えるまでに4日間を要している。即答しなかったのはなぜか。
次席:単純に、確認に時間がかかったのだと思う。

筆者:銃の破壊・廃棄は具体的にどういう作業か。
次席:保安上の問題があり、あきらかにできない。

他社の記者:放棄書サインから廃棄まで4カ月。これは長いか短いか。
次席:どちらとも言えない。

他社の記者:最高裁判決についてはどう思うか。
次席:検察が関わっていない行政処分の話なので、答えられない。

つまり、検察は、池上さんの行政不服審査の申立てを知らなかったというのだ。

にわかには信じがたいが、会見での次席検事の回答はほぼ即答に近く、少なくとも現時点では、その説明を額面通りに受け取らざるを得ない。

●署名された銃を「所持取り消し」の対象にしていた

ただ、取材を進めると、別の疑問も浮かび上がる。

砂川警察署は2019年3月、道警・道公安委員会に対して、池上さんの銃所持許可取り消しを上申している。このときの上申で、砂川署は押収した4挺すべてを取り消し処分の対象とすべきとの考えを示していた。

しかし、そのうち1挺は、ほかでもない砂川署自身が「放棄書」への署名・捺印を得たとする問題のライフル銃である。

国庫に帰属したはずのライフル銃なのに、「池上さんの銃」として所持許可取り消しの対象にしていたことになる。

もし本当に所有権が失われていたのなら、なぜ公安委への上申対象に含めたのか──。

札幌地検は記者会見で「もし『やっぱりやめて』と言われたら」の問いに「再検討はできるはず」と答えている。

池上さんも中村弁護士も「やっぱりやめて」とは当局に伝えていなかった。理由は今さら言うまでもない。そもそも放棄に同意した覚えがなかったためだ。

一度所有権を失ったという認識があれば、その撤回も申し出られるところ、そもそも放棄した覚えがなければ「やっぱりやめて」とは言いようもない。

●若くして亡くなった狩猟仲間の形見だった

「廃棄されたということは、譲ってくれた彼の思いを壊されたのと同じこと。私はそれで怒っているんです」

池上さんは会見の翌日の5月19日、砂川市内で筆者の取材に応じ、静かに怒りをにじませた。

廃棄されたライフル銃は、若くして亡くなった狩猟仲間の形見だった。病床で託され、大切に使ってきた1挺だった。

「その銃が戻ってきて初めて、裁判での争いがすべて終わった、ということになるんです。それを戻さないっていうのは、最高裁判所への冒涜でもありますよ」

さらに、こうも語った。

「刑事事件にならなかった時点で、警察はすべて返すべきだった。どう考えても処分する必要なんてないんだから。それをしなかったがために、7年もかけて争うことになったんでしょう」

あまつさえ一審で敗訴した公安委はこれを不服として控訴し、いたずらに争いを長引かせた。警察・検察の捜査も裁判所の審理もすべて公務、つまり税金由来の手続き。

7年間の費用を納税者として背負うことになった国民はこの間、各地の猟友会と行政との緊張関係の傍らで否応なくヒグマやツキノワグマの脅威にさらされ続けた。

この7年間あまりで猟銃の引き金を引くことをためらうことになったハンターは一人や二人ではない。

今回の裁判の判決確定によりいくらかでも事態が好転することが期待されるが、その傍らで現場の最前線を守るハンターがあまりに大きな代償を払うことになった。

二度とその手に戻らない銃について、池上さんは「もとの持ち主の所へ行った」と思うことにしているという。

「銃もさ、彼がいる所へ行ってしまったんだよ。そう思うしかないでしょう、なくなっちゃったんだから」

●「廃棄処分への疑義そのものは変わらない」

代理人の中村憲昭弁護士は近く、改めて検察を訪れ、「所有権放棄書」の現物を確認する予定だ。

もっとも、仮に池上さんの署名・捺印が確認できたとしても、中村弁護士は「廃棄処分への疑義そのものは変わらない」と話している。

今後の対応について、筆者は「たとえば国家賠償請求訴訟などの可能性はあるのか」と尋ねたが、現時点で池上さん側は、肯定も否定もしていない。