障害者雇用ビジネスについて議論する厚生労働省の有識者研究会(昨年12月)

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[障害者雇用 理念はどこへ]<下>

 <障害者である労働者は、経済社会を構成する労働者の一員として、職業生活においてその能力を発揮する機会を与えられるものとする>

 障害者雇用促進法にその基本的理念が書き加えられたのは、1987年の法改正でのことだ。

 法の適用対象を身体以外の障害者に広げることが改正の柱で、名称も身体障害者雇用促進法から改められた。

 「障害者にとって、就職して健常者と同じように生活できるのは大きな夢だ。この改正を実りあるものにしてほしい」。衆院の委員会で委員がそう求めると、平井卓志・労働相(当時)は「最善の努力をしていきたい」と応じた。

 それから40年近くたった今、法の理念が揺らいでいる。一部の業者の仲介で就職した障害者が、雇用企業とのやりとりがないまま、自宅で「自己学習」を繰り返していた。「能力を発揮する機会」を与えられていると言えるのか――。

 国内では戦後、戦争で身体に障害を負った人の救済が課題となった。60年に身体障害者雇用促進法が制定され、87年の改正を経て、98年に知的障害者、2018年に精神障害者が雇用義務の対象に加わった。

 農園やサテライトオフィスなど障害者の働く場を雇用企業に提供する雇用ビジネスは09年頃、数社が相次いで始めたとされる。

 このうちの1社「スタートライン」(東京)の社長で、業界団体「日本障害者雇用促進事業者協会」の西村賢治理事長は、企業が大都市に集中する一方、障害者は各地にいることを踏まえ、「現実的な解決策として、仕事がある場所で雇用するのではなく、人がいる所に仕事を移せばいいと考えた」と話す。

 10年代から法定雇用率の引き上げが加速したこともあり、サービスの需要は拡大した。特に10年代後半、大企業の利用が増えて注目が集まり、新たな業者の参入も相次いだという。

 障害者が企業から離れた場所で働くことへの懸念も指摘されるようになる。

 「新しいビジネスも出てきている」。19年5月、衆院厚生労働委員会で、大西健介衆院議員(当時)はそう切り出した。「障害者の社会参加や職場の人材の多様化を促すという本来の障害者雇用とは違うのではないか」とし、「厳しい言い方だと、雇用率を企業が買っている仕組みではないか」と続けた。

 翌月の参院厚労委員会でも、石橋通宏参院議員が「同じ企業の中で一緒に働くのではなく、農園で働くといった問題についてどう考えるのか」とただした。

 厚労省は「適切な雇用管理の中で(障害者が)能力を発揮していくという観点から、問題があれば指導していく」と答えていた。

 国のその後の対応は十分だったとは言いがたい。

 厚労省が各地の労働局を通じて雇用ビジネスの実態把握を始めたのは、3年後の22年になってから。24年12月に有識者研究会を設置し、対策の検討を始めたものの、同省は「経済活動の自由があり、許可制とするのは法制上、課題がある」と業者の規制に慎重な姿勢を崩さなかった。

 雇用ビジネスでは障害者が短期の「研修」だけで契約を切られ、働く意欲をそがれるケースもある。そうした事例がどれくらいあるかも厚労省は把握できていない。同省幹部は「課題感はあり、実態調査で把握していく方向かと思うが、正直、そこまで手が回っていない」と明かす。

 研究会は今年2月、業者と利用企業向けの指針を作ることと、利用企業から業者の情報や障害者の就業場所、業務内容などの報告を求める制度の創設を提言した。厚労相の諮問機関・労働政策審議会の分科会が制度内容を議論している。

 九州産業大の倉知延章名誉教授(社会福祉学)は「企業も業者も、障害者の雇用の量とともに質も重視するよう転換する必要がある。運営が不適切な業者を網羅的に把握し、国が指導監督できるようにするため、指針と報告制度に実効性を持たせることが重要だ」と指摘している。

 (この連載は、田中浩司、吉沢邦彦、萬屋直、西村魁、栗山泰輔が担当しました)