※写真はイメージです(写真/Adobe Stock)

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 入社式では希望に満ちた表情を見せていた新入社員が、わずか数日、あるいは1か月足らずで姿を消す。厚生労働省が2025年10月に公表したデータでは、2022年3月卒の大学新卒者の3年以内の離職率は33.8%。新卒の早期離職は、もはや珍しい現象ではない。
 その背景には、職場の人間関係や労働条件だけでなく、「思っていた仕事と違った」という配属ミスマッチもある。実際、マイナビの2024年の調査では、勤務地・配属先がともに希望通りだった新入社員は59.9%にとどまった。

 近年は“退職代行”が話題になる機会も多いが、もしも“親”が本人に代わって無茶な要求を通すべく、怒鳴り込みに来たら……。中堅の製造業企業に勤める佐藤晴香さん(仮名)が、強烈なエピソードを話してくれた。

◆会社の受付に見慣れない中年の男女が…

「この業界は、納期に対する責任が極めて重く、現場の泥臭い努力が利益に直結する、実直で厳しい気風が根付いています。仕事に派手さはありませんが、与えられた持ち場で成果を積み上げることを善とする、そんな文化が組織の隅々まで浸透しています」

 毎年春、総合職の新入社員たちがこの会社にやってくる。

「彼らはまず1か月間、座学を中心とした研修を受けます。その期間中、人事担当者は新入社員たちの適性を見極め、本人たちの希望もヒアリングしますが、会社組織である以上、部署ごとの受け入れ枠や欠員状況という現実的な制約があるので、希望が100%通るわけではありません。それが総合職としての前提であると、誰もが疑っていなかったんですが……」

 その年の新入社員の中に、スマートな身のこなしが印象的なA君という青年がいた。彼の志望は就職活動の頃から一貫して「企画職」だった。最新の市場動向を分析し、華やかな新規事業の立ち上げに携わりたいという熱意を、研修期間中も繰り返し語っていたという。

 しかし、研修を経て言い渡された配属先は「営業」だった。泥臭い交渉が求められる、現場密着型の仕事である。そして、その日を境に、A君は二度と会社に姿を現すことはなかった。

 翌日からパタリと連絡が途絶え、人事担当者が何度電話をしても繋がらない。「配属がショックだったのだろうか」と上司たちが困惑し始めて3日目のことだ。会社の受付に、見慣れない中年の男女が現れた。A君の両親である。

「うちの子は、企画の仕事をするためにこの会社を選んだんです! 営業に配属なんて、本人も親も納得できません!」
「企画の部署に枠がないなら、今すぐ作るのが企業の誠意では?」

 静まり返ったオフィスに、母親の甲高い声が響いた。横に立つ父親も腕を組んで人事担当者を威圧する。息子から「騙された。あんな会社にはもう行きたくない」と泣きつかれたのだと、大声でまくし立てた。

「あの子は将来を真剣に考えているんです。やりたくない仕事で心を病んだら、会社はどう責任を取るんですか?」

 人事担当者は、総合職採用の仕組みや、現場経験の重要性を懸命に説明した。だが、両親は聞く耳を持たなかった。その後、人事担当者と両親の間で話し合いの場が数度設けられた。しかし、A君本人が顔を出すことは最後までなかった。数日後、郵送で届いた退職届には、事務的な理由だけが記されていたという。

◆「会社で働く」ということの前提が崩れていく

 佐藤さんは、深い徒労感とともに、自分たちが信じてきた「会社で働く」ということの前提が崩れ去るのを感じたと語る。

「現場で揉まれてきた世代にとって、仕事とは与えられた場所で成果を出すことなのかなと。配属先が必ずしも希望通りでなくとも、そこでまずは結果を出す。新人にとって、それが『会社で働く』ということの出発点だと、我々は疑いなく信じてきたので。