還暦を迎えたふっくん

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 昨年10月放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で、30年間住んでいた世田谷の戸建てを売却したことを明かした元「シブがき隊」の"ふっくん"こと布川敏和さん(60)。現在は都内のマンションに転居し、"終活"を始めていた。

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 やんちゃな悪ガキのイメージだったふっくんも還暦を迎え、アイドル時代とは一変した毎日を送っているという。終活か…と時の流れを感じるが、60歳とはいえ若々しく、「終活にはまだ早いんじゃないの!?」とも思える。

 布川さんが終活を始めるに至ったきっかけは何だったのだろうか。具体的にはどんな終活をしたのか。そして新しい生活を始めた今の心境を聞いた。【前後編の前編】

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 終活を始めたのは、還暦だから。僕は「シブがき隊」を解散してジャニーズ事務所(現・STARTO ENTERTAINMENT)を23歳で退所した後、26歳で結婚したんだよね。長男・隼汰が生まれたのが27歳で、29歳のときに長女・桃花が生まれた。2人の子どもをもったとき、僕は柄にもなく人生設計的なことを考えた。とにかく、子どもが成人(当時)の20歳になるまではがむしゃらにがんばろう、って。50歳までは家族のために生きよう、って。

 その後、35歳で次女の花音(かのん)が生まれたから、子どもが全員20歳を超えるのは、僕が55歳のときに延びたけど、55歳まではがむしゃらに仕事して、父親としての責任を果たそう、と決めた。そして、その後の5〜10年は"セミリタイア"させてもらって、無理して働かず、自由に生きよう……好きなスタイルでやろう、そう思った。50代でセミリタイアなんて早過ぎると思われるかもしれないけど、僕は15歳から働いていたから(笑)、一般の会社員より早くノンビリさせてもらってもいいかなって。

 引退は考えてないけど、ノンビリ生活を早く楽しみたい。それは両親が早く亡くなったから、という理由もある。僕の祖父ちゃん、祖母ちゃんは長生きだったんだけど、オヤジは57歳、オフクロは59歳で、2人とも病気で亡くなって、30代で親が亡くなるなんて考えたことがなかったから。そのショックは自分が思っていた以上に大きくて、自分自身の死を意識した。若い頃は結構、無茶をしてきたから、僕の人生も60歳ぐらいまでなんだな──そんなふうに思ったんだよね。

 だから、去年8月に還暦を迎えたのを機に、思い切って環境をガラリと変え、好きな仕事だけをさせてもらってる。『徹子の部屋』や、今年に入ってからは旅番組『大阪おっさんぽ』(テレビ大阪)、トークショーとかね。

 そろそろ「シブがき隊」の再結成? 楽しそうだけど、もっくんの俳優としてのイメージが「シブがき隊」とはちょっと違うから、実現するかはわからないなぁ。でも、僕ら3人と一緒に青春時代を過ごしたファンも待ってくれている。みんなで楽しい時間を共有したい。せめて3人が並んでいるところを、ドラマでも映画でもいいからファンに見せてあげたいな。

4LDKでの1人暮らしに限界を感じて

"終活"として何をしたかというと、断捨離と引っ越し。29歳のとき、東京・世田谷に4LDKの戸建てを注文建築で建てて家族5人で暮らしてきたんだけど、子どもたちや奥さん(タレントのつちやかおりさん)が独立して家を出た後も、僕はそこで1人暮らしを続けていた。でも、限界を感じるようになってたんだよね。

 リフォームを繰り返してきた家は、窓枠が朽ちてコウモリが入り込んだり、あっちもこっちもガタがきてさ。1人で住むには広すぎて管理が行き届かず、ゴミ屋敷にしてしまった時期もあった。庭の手入れも大変。それで、58歳頃から引っ越しを真剣に考え始めた。子どもたちがビニールプールで遊んだバルコニーとか、思い出がたくさん詰まった家だけど、1人で住むには無駄も多い。子どもたちに「引っ越す」と伝えると、「早くそうしてほしかった!」だって。

 心配して、何度も僕に促してたんだって。僕はずっと聞き流していたみたい(笑)。

 今住んでいる2LDKのマンションに引っ越したのは去年6月。家が売れるまで1年ぐらいかかったかな。今、ちょうど不動産価格が上がっているからいい値で売れて、買っておいて良かった。買う前は家賃30数万円の賃貸に住んでいたから、「そんなに払っているなら買ったほうがいい」と、当時の事務所にいた元銀行マンの勧めで家を建てたんだ。

 僕はお金には無頓着でずっとつちやさん任せできたんだけど、もしずっと賃貸で暮らしていたら、きっと今ほどお金に余裕がなかったと思う。家を売ったお金があったからこそ、新居で好きな家具を揃え、これからも安心して暮らせるんだと思うな。

 引っ越しにあたっては、とにかく荷物の量が多くて、その処分が大変だった。家族で使っていたソファーやテーブルなどの家具、テレビやエアコンなどの電化製品、何百着とある洋服、買い集めたミニカーなどの小物、思い出の品……。靴下だけで、引き出し2段分あったからね。片付けを手伝いに来てくれた隼汰に「ムカデじゃあるまいし!」と呆れられ(笑)、結局、家具や小物など全部合わせて9割は捨てた。

シブがき隊」のCDや解散時のDVDも捨てた。大切なものだけど、僕が持っていなくても誰かが持っているだろうし、誰があげてくれたのかYouTubeでも見られるし、最悪、レコード会社にあるだろう、って割り切った。

 一番、迷ったのは子どもたちとの思い出の品だね。子どもたちが小さい頃に描いてくれた、僕の似顔絵とかさ。悩んだあげく捨てたか、持ってきたか……どっちだったかな(笑)。まだ開けていない段ボール箱が15箱ぐらいあるから、その中に入っているかもしれない。どっちにしろ、今さら部屋に飾っても子どもたちは喜ばないだろうし、現に子どもたちは元気で生きているんだから、思い出は心の中にあればいい、って思えるよ。

 そうやって迷い悩みながら、結局、普段使っている身の回りの食器や洋服、家族のアルバムやビデオ、大好きなアロハシャツ400枚ぐらいを詰めた段ボール箱と、買い換えたばかりの冷蔵庫だけをもって引っ越したら、業者さんに「単身赴任の男性サラリーマンの荷物より少ない」と言われたよ(笑)。

 持っていかなかったものは家に残したまま。処分は専門の業者にお任せした。捨てなきゃ良かった、と後悔したのは、やっぱり「シブがき隊」のCDとかかな(苦笑)。仕事でCDを出すように求められたんだけど、すぐには入手できなかったから。

快適なマンション暮らし

 新居の住み心地? 最高! 毎日ウキウキで、気がついたら鼻歌を歌ってることがあるくらい(笑)。こんな大型マンションに住むのは初めてなんだけど、両隣や上下の音はほとんど聞こえないし、冬は暖かくて電気ストーブだけで過ごせるし、夏は涼しい。暑がりの僕は戸建てのときはエアコンを18度に設定しないと暑くて耐えられなかったのに、今は27度でドライをかけるだけでじゅうぶん。おかげで、光熱費がずいぶん違う。階段の上り下りがないのもラクチン。

 環境は、前の家は静かな住宅街にあったから周りに何もなくて、車がないと不便だった。けど今はスーパーやコンビニ、病院、銀行とかが揃っているからすごく便利。将来、免許を返納して車に乗れなくなっても困らない感じ。リタイアした人は、車なしで暮らせるところに住むのがオススメだよ。

 今ノンビリ暮らしながら、ベランダから外を眺めていると、朝、まばらだった人影が、ある時間帯から通勤・通学の人の波がきて、その後、保育園や幼稚園のバスに送り出す親御さんと子どもたち、昼頃には買い物に出てきた人たち、夕方には学校から帰る学生さん、会社帰りのサラリーマン、手を繋いだラブラブのカップルへと移り、深夜になると残業で疲れたサラリーマンがトボトボ……時間帯によって変化していく。それを上から見ていると、わー僕も社会の輪の中で生きてる、って感じて嬉しくなるんだよ(笑)!

 僕がこの辺に住んでる、ってのはまだ近所の人たちには知られていないと思う。だけど、去年、赤ちゃん犬"チャイ"を迎え、チャイを環境に慣れさせるために公園のベンチに座って遊ばせていると、散歩する女性たちに話しかけられる。だんだん「あれ、どっかで見たような……」と言われて、でも、"テレビで見た人"じゃなくて、昔どこかで会った人かな、という顔で首をかしげてる(笑)。

 前の家では近所づきあいも濃くなかったから、新居では近所の人との交流もこれから楽しくなるかもしれないね。

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 続編では、離婚した元妻・つちやかおりの住むマンションの隣部屋に引っ越すことになった経緯、孤独死が頭をよぎった恐怖、離婚から12年経った現在の元夫婦の意外な関係などを語っている。

【後編につづく】

取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/山口比佐夫