私がいなくなったら、息子は死んでしまう…〈退職金1,800万円〉〈年金月17万円〉71歳・警備員。10年ひきこもりの42歳・長男のため、今日も朝方5時まで働く
高齢の親がひきこもりの子を支える「8050問題」は、今や社会全体で向き合うべき喫緊の課題です。わが子の将来を案じ、心身を削りながら働き続ける親の姿は決して他人事ではありません。ある男性のケースから、将来の生活破綻を防ぐために必要な「親亡き後」への備えについて考えていきます。
現場に立ち続ける父の独白
東京都内の幹線道路沿い、深夜23時を過ぎた工事現場。佐藤和夫さん(71歳・仮名)は反射材のついたベストを着用し、手にした誘導灯を振り続けています。
佐藤さんは現在、警備会社の契約社員として週5日勤務しており、積極的に夜勤を希望しているといいます。
「夜勤は手当がつくので、体力的にはきついですが外せません」
以前は中堅の建設会社で営業職を務め、60歳で定年退職した佐藤さん。当時は2,000万円ほどの蓄えと1,800万円ほどの退職金がありました。
しかし、その後の生活状況を変えたのは、実家に戻ってきた長男・直樹さん(42歳・仮名)です。元々、都内のIT企業に勤務していましたが、過重労働による精神的な不調を理由に退職。それ以来、10年にわたり佐藤さんの自宅で療養を兼ねたひきこもり生活を送っています。
「息子も決して何もしなかったわけではないんです。一時期は資格の勉強をしたり、ハローワークへ通おうとしたりしていました。でも、いざ外に出ようとすると動悸がして、玄関で崩れ落ちてしまう。少し前向きになったと思えば、また数か月部屋に閉じこもる。そんな一進一退を繰り返しているうちに、10年が経過してしまいました」
佐藤さんの公的年金受給額は月17万円ほど。住宅ローンの支払いは終わっていますが、大人2人の生活費、光熱費、さらに直樹さんの国民年金保険料や携帯電話料金、通院費を合わせると、年金だけでは赤字になるといいます。
「給料は手取りで月20万円ほど。私が死ぬまで、今の貯金には手を付けずにいたい。できたら、さらに増やしたいと思っています」
周囲の知人からは「一度、子どもを突き放すべきだ」という助言を受けることもあるといいます。しかし、佐藤さんはそれを受け入れられずにいます。
「以前、焦りから『いつまで今のままでいるんだ』と言ったことがあります。その夜、息子は過呼吸になり、それから1か月ほど食事以外で部屋から出られなくなりました。あの子なりに復帰しようと苦しんでいるのがわかるからこそ、親として支えることしかできない。私が見捨てたら、息子は本当に壊れてしまう」
仕事は朝方5時まで。帰宅したら自分と息子のためにパンを焼き、朝食をとってから眠りにつく――。そんな毎日の繰り返しだといいます。
孤立する「8050世帯」の現状
内閣府の『こども・若者の意識と生活に関する調査』によると、40歳から64歳までのひきこもり状態にある人は、全国で推計約61.3万人にのぼります。中高年層においても、一定規模で社会参加から離れた人が存在していることが明らかになっています。
同調査では、趣味のときのみ外出する人や、自室からほとんど出ない人などを含む「外出頻度が低い人」を広義のひきこもり状態と位置づけており、その割合は全体の1割強にのぼるといいます。外出頻度の少ない状態では、社会との接点を失う可能性が高くなるでしょう。
また、ひきこもり状態にある人の多くは6か月以上にわたりその状態が継続しているとされ、長期化の傾向が指摘されています。背景には複数の要因があり、内閣府の調査でも「退職」「人間関係」「心身の不調」などがきっかけとして挙げられています。なかでも退職後に社会との接点が弱まるケースは一定数確認されており、中高年期における孤立リスクの一端を示しています。
さらに同調査では、「家族以外とほとんど、あるいはまったく会話がない」とする回答が約16%前後にのぼり、家庭外のコミュニケーションが乏しい人が一定数存在することが示されています。
こうした状況について厚生労働省は、家族が問題を家庭内で抱え込みやすい傾向や、「恥ずかしい」「身内で解決すべき」といった意識が支援機関への相談の遅れにつながる可能性を指摘しています。その結果、経済的困窮や社会的孤立が外部から見えにくいまま進行し、親の高齢化や死後に生活が立ち行かなくなるリスクも懸念されているのです。
こうした状況から脱却するためには、早い段階から現実的な備えを進めることが重要です。行政などが推奨しているのは、「親亡き後」を見据えた収支の見通しを立てることや、公的な支援を具体的な選択肢として検討することです。
また、本人が動けない場合でも、親が主体となって地域の相談窓口や「ひきこもり地域支援センター」などの専門機関に相談し、第三者の関与を得ることが問題の長期化を防ぐうえで有効とされています。
経済的な自立を急ぐのではなく、「支援を受ける」という選択肢を家族で共有することが、結果として生活の安定と孤立の深刻化を防ぐ現実的な手立てとなります。
