ベッドの上で大胆にスカートをまくり上げ…ロンドン生まれ、「お嬢様女優」とよばれた木村佳乃(50)の転機〉から続く

 俳優の木村佳乃がこの4月10日、50歳の誕生日を迎えた。昨年(2025年)は芸能界に入って30年の節目でもあった。前編(#1)では19歳でのデビュー秘話、「お嬢様女優」のイメージを変えた“転機”について紹介。近年活躍が光るバラエティ番組出演へのきっかけ、夫・東山紀之(59)との関係性や2児の母として大事にしていること、これから目指すものとは?(全2回の2回目)

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木村佳乃(2022年、アニメ映画『私ときどきレッサーパンダ』の配信直前イベントで) ©時事通信社

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バラエティは苦手だったが…自ら出演を志願した『イッテQ!』

 木村佳乃は19歳でデビューして以来、俳優業をメインに活動を続けてきた。だが、近年はバラエティへの出演も目立つ。なかでも人気バラエティ番組『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)には、40歳になる前年、2015年よりたびたび出演し、《準レギュラーのつもりですので、また機会があれば出たいです!》と言っているほどだ(『婦人公論』2017年10月10日号)。

 とはいえ、かつてはバラエティを苦手としていた。デビュー前夜には、事務所の社長と売り込みにまわるなかで、ある人気バラエティ番組のプロデューサーから「頑張ってよ。出してあげるからさー」と言われ、「興味ないんです」と返してしまったことがあったという。

 その後、ドラマの番宣でたびたびバラエティに呼ばれても、《〈木村佳乃〉としてコメントするべきなのか、役柄に近づけてコメントするべきなのかがわからず、戸惑っているうちに番組が終わることがよくありました》という。だが、それも《30代中頃を越えてから、私が楽しかったらいいのかな、というところに落ち着けるようになった気がします》と振り返っている(『anan』2017年11月29日号)。

『世界の果てまでイッテQ!』では、初出演時から蛾を食べたりバンジージャンプをしたりと、果敢なチャレンジを見せている。もともと木村はこの番組を産休中に観ていて大好きになったという。彼女が子供のころにも、家族で観ていたクイズ番組『なるほど!ザ・ワールド』で、海外でさまざまなことにチャレンジをするアナウンサーに憧れていたのを思い出したのだ。そこで《私も子どもたちに喜んでもらえる番組に出てみたいと思い、出演させてほしいとお願いしたところ、快諾していただきました》と彼女は明かしている(『婦人公論』前掲号)。

 駆け出し時代の木村について、作家の小林信彦がかつてコラムのなかで、彼女にふさわしい役どころになかなか恵まれないこともあり《特色を発揮したものがないように思っていた》が、主演舞台『恋人たちの予感』(2002年)を観て、劇中で流れる《十年間の服装の変化といい、まずはぴったりで、好演といえる。オプティミストという役柄も合っている》と評したことがある(小林信彦『映画が目にしみる』文藝春秋、2006年)。

 木村の天性ともいえるオプティミスト(楽天家)なキャラクターは、近年、とくに母親役を演じるうえで発揮されているように思う。上記のコラムでは《どんな役もそつなくコナすが、(これが木村佳乃だ!)というものがない》とも書かれていたが、いまやキャリアを重ね、人生経験をにじませるような、木村佳乃以外に誰が演じるのかと思わせる役も目立つ。2023年にドラマ『この素晴らしき世界』(フジテレビ系)で演じた芸能事務所の社長・比嘉莉湖は、まさにそんな役だった。

 莉湖は先代社長の父親が倒れたため、急遽事務所を継いだものの、所属する大女優がスキャンダルにより海外に逃亡するという事態に直面する。事務所は幹部らに牛耳られており、弱い立場の莉湖は言われるがままに、大女優にそっくりな主婦・浜岡妙子(大女優とあわせて若村麻由美が1人2役で扮した)に身代わりになってもらって謝罪会見を開くことになる。劇中では、物語が進むにつれて、芸能界の闇ともいうべきさまざまな事件も浮上し、それに対して莉湖が妙子や周囲の人々と結束して立ち向かっていくさまが描かれた。

 男性社会で奮闘する莉湖の人物像は、木村によれば、いままで出会った女性社長のイメージをつなぎ合わせてつくったという(『ESSE』2023年8月号)。だが、木村にとってもっとも近しい社長は何といっても、デビューする彼女のために所属事務所のトップコートを設立した渡邊万由美社長(彼女も莉湖と同じく芸能事務所の創業社長を父親に持つ)だろう。

 マネージャーを兼任した渡邊とは二人三脚で現場を駆け回り、苦楽をともにしてきた。《社長と女優というよりも、戦友と言ったほうが当てはまる。どちらが社長なのかわからない時があります(笑)》とは渡邊の言だが(『月刊BOSS』2010年11月号)、ひょっとすると木村は社長と一緒に行動するうち、自らも経営者マインドを身につけたのかもしれない。莉湖もそんな経験があったからこそ演じられた役に思える。

夫・東山紀之が社長に

 折しも『この素晴らしき世界』が放送された2023年には、木村の夫・東山紀之の所属するジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)が、創業社長のジャニー喜多川の生前における性加害が次々と告発され、強い批判を浴びていた。同事務所は9月7日に行った記者会見でその事実を認めて謝罪、さらに藤島ジュリー景子社長が辞任し、その後任に東山が芸能界を引退して就くことが発表される。偶然とはいえ、木村のドラマも終盤に入ろうとしていた時期だけに、劇中の妻を追うように夫が“リアル社長”になったと話題を呼んだ。

 東山は社長就任の翌年に応えた取材で、自分が社長になると話したときの木村の反応やその後の家庭での振る舞いについて明かしている。

〈《社長就任を決断するにあたって自宅で、芸能活動を引退して被害者への補償に専念したいと、妻に話をしたら、静かにうなずいてくれました。誰も手を挙げないことを引き受けてしまう性格であることを、妻は分かっていたのかもしれません。記者会見の後など、世の中から大変な批判を受けた時も、私の心が折れないようにと明るく振る舞ってくれました。深いところで自分を理解してくれているし、信じてくれていると感じました》(「デイリー新潮」2024年5月5日配信)〉

「なるべく明るく振る舞うように」

 ただ、木村が努めて明るく振る舞ったのは、夫のためばかりでなく、子供たちを慮ってのものだろうと想像される。それというのも彼女は、それ以前のインタビューで《うちでは大事な決断は必ず主人がしています。それでも子どもって敏感で、お母さんが疲れたり寂しそうにしていると不安になっちゃいますよね。私の母もひょうきんな人ですが、お母さんがいつもニコニコしていて家庭が明るかったから、私もなるべく明るく振る舞うようにしています》と語っていたからだ(「女性自身」ウェブ版2017年1月19日配信)。

 子育てについて語る機会も多い木村だが、彼女には子供たちにずっと願っていることがある。それは「人を差別しない子に育ってほしい」ということだ。彼女自身、子供のころに海外でも長らく暮らすなかで、父親から「人種差別をしてはいけない」「人を見た目で差別してはいけない」と言われ続けてきた。同じことは大好きだった明治生まれの祖母からも強く教えられたという。祖母は祖父の仕事の関係で、戦前と戦後のしばらくをニューヨークで暮らした経験があった。戦争を挟んだ時代にアメリカで暮らしただけに、色々な思いをしただろうと木村は想像している(『婦人画報』2011年6月号)。

生涯、職業欄に女優と書ける人へ

 木村は若い頃よりエンターテインメントの持つ社会的役割や可能性を考えてきたが、そこにはこうした家族の教えも影響しているのだろう。40代に入ってからは、《歳を重ねると、子どもに関する心配や、親の介護などの悩みが出てきますよね。そんな女性が抱えている問題に寄り添う作品に関われたらいいな、と考えるようになりました。それが女優という仕事の醍醐味だと思っています》と語っている(『婦人公論』前掲号)。

 昔から「若いね」と言われるのが好きではなく、早く成熟した女性になりたいと思っていたという木村は、いい感じに年齢を重ね、役の幅も広がった。デビューにあたって立てた「生涯、職業欄に女優と書ける人になりたい」との志のとおり、彼女にとって俳優はまさに一生ものの仕事になりつつあるようだ。

(近藤 正高)