秘密基地で研究する天才集団…?謎に満ちた「京大理系」のヴェールをはがす!

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1963年に創刊されて以来、「科学をあなたのポケットに」を合言葉に、これまで2000冊以上のラインナップを世に送り出してきたブルーバックス。本連載では、そんなブルーバックスをつくっている編集部メンバーによるコラムをお届けします。その名も「ブルーバックス通信」。どうぞお楽しみください!

「京大理系」と言えば?

突然ですが、「京大」と聞いてどのようなイメージが浮かぶでしょうか?

大学受験における最難関のひとつ」「変人が多い」「卒業式がコスプレ」……このように、「きわめて優秀な変人」というようなイメージを抱く人が多いでしょうか。

神社や仏閣に囲まれた神聖な雰囲気」「秘密基地のような学生寮」「鴨川デルタに等間隔に並ぶカップル」などなど……京都という土地柄をふくめ、青春の憧れにも似た印象を抱いている人もいるかもしれません。

かくいう自分も、京大といえば「ミステリアス」なイメージ。大学時代、京大の友人を訪ねて熊野寮、吉田寮に足を踏み入れた際のワクワク感は忘れられません(ちなみに、そのころの寮の雰囲気は『ワンダーウォール』というNHK京都放送局制作のドラマに活写されています)。

さらに絞って、「京大理系」ではいかがでしょう。

山中伸弥教授がiPS細胞を発見した」「数学に強い」「伝統的にフィールド研究を重視している」……詳しい方なら、こうした特徴を挙げられるかもしれません。

国内最多のノーベル賞」が生まれた大学としても名高いです。卒業生・受賞時の在職者をあわせると、実に13人ものノーベル賞受賞者を輩出しているのです。

これらのイメージや事実を足し合わせると、京大理系とは「きわめて優秀な変人が、神聖な秘密基地のような場所で、ノーベル賞ものの研究を日夜おこなっている集団」ということに……! すごい、すごいけど本当なのか……?

謎に満ちた「京大理系」のリアル

(自分で書いておきながらアレですが)こんな粗い解像度で記事を締めくくるわけにはいかない……! ブルーバックス編集部の名にかけて、ミステリアスな「京大理系」の全貌をみなさんにお伝えしなくては――そんな気持ちから(?)生まれたのが、新刊『京大理系の科学入門』です。

京大理系がミステリアスな空気を纏っている理由の一端は、その「巨大さ」にあり。上で挙げた例に関連するところだと、「iPS細胞研究所」「数理解析研究所」「生態学研究センター」などが挙げられますが、以下の組織図のとおり、主要な部局に絞っても、その数は膨大。「京大理系」のリアルを多面的に描き出すには、ひとつでも多くの取材を重ねるしかありません。

そこで、『京大理系の科学入門』では、20人を超える京大の研究者および学生たちへのインタビューを敢行。著者の高松夕佳さんと総合研究推進本部(KURA)の水野良美さんをはじめとするチームのみなさんのご尽力により、「京大理系」の全貌をマルチに描き出す類のない一冊に仕上がっています。

なぜ「変人」と呼ばれるのか?

『京大理系の科学入門』に登場する先生方のお話には、どこを切り取っても、外からはなかなか垣間見えない京大理系の「生の声」があふれています。

たとえば、理学研究科の橋本幸士先生による、以下のようなエピソード。

橋本教授は日々学生たちの挑戦を受けている。研究室の壁を埋める巨大な黒板には数式や図形がびっしりと書かれていたが、ほとんどはある院生によるものだという。黒板の数式は、消さないのだろうか?「写真に撮ってパソコンに保存しておくこともできますが、そうすると安心して大抵のものが失われちゃうんですよ。黒板は、力を持っています。朝、その日やるべき事務仕事のことを考えながら研究室に入ってきても、黒板が目に入った瞬間にこの数式を書いた院生の表情まで瞬時に思い出され、『あいつをギャフンと言わせる答えを導き出さなきゃ』と、ワクワクしてくる。日々戦いですよ」『京大理系の科学入門』p.83-84)

事務仕事に忙殺されがちな日々のなかでも、超高度な数式について学生たちと議論を戦わせることに、何にも増してプライオリティを置く橋本先生の姿勢がはっきりと浮かび上がります。

また、生命科学研究科の東樹宏和先生からは、こんなエピソードが。

「うちのラボの学生たちはお互い教え合っているようで、どんどん高度なプログラミングができるようになっていきます。独学で習得した私のコードを一瞥して『東樹さんの書いたコード、汚いですよ』と指摘してくるんですよ(笑)。実際に汚いんですけど。物理や数学も、学生たちのほうがどんどん理解を深めていきます」『京大理系の科学入門』p.40)

最先端研究に役立つ新スキルを習得するためなら、教授になったあとでも、学生たちと張り合うようにがむしゃらに努力する――そこには、いわゆる硬直化した「上下関係」のような考えはありません。

世間体よりも、本当に自分が興味のある研究を優先する。「合理性」や「上下関係」を重んじるよりも、「おもろい研究」をとことん追求する……これこそが京大理系が「変人」と呼ばれがちな理由でもあり、「京大理系」の真骨頂でもあるのかもしれません。

京大理系の「哲学」

『京大理系の科学入門』でのインタビューでは、自分の芯となる考え方、哲学や理想像を持つ先生が多かったことも印象的でした。

たとえば、薬学研究科の土居雅夫先生。そのお話のなかでは、「ファーマドリーム」という理想が熱く語られました。

一つの新薬の誕生が、不治の病から世界中の患者を救うかもしれない。薬学の研究者はこれを「ファーマドリーム(pharma dream)」と呼ぶ。人類全体に影響を与えられるからこそ、新薬を創るというのは途方もなく難しいことでもある。現在、新薬を創っているのは世界でアメリカ、イギリスなどヨーロッパの数ヵ国。アジアでは日本だけなのだという。「創薬というのは、世に出た後も副作用が出れば調査、改良を重ねていく、終わりのない社会活動です。我々研究者が携わる段階はその最初の部分だけですが、京大薬学部出身者の多くは、長い創薬の過程のさまざまな部分にかかわっています」『京大理系の科学入門』p.194)

自分の芯となる「座右の銘」を持つことの重要性は、2025年のノーベル化学賞を受賞した北川進先生も語られています。

私の座右の銘は、中国の古典『荘子』から「無用の用」です。役に立たないとされているものが、かえって非常に大切な役を果たす、という意味で、まさに私の研究が体現していると思うんです。固体系の材料って、密なほど安定するんですよ。何も入っていない段ボール箱に腰をかけたらベシャッと潰れますが、本を詰めた段ボール箱なら潰れませんよね。安定する。ところが私の作った多孔性配位高分子は、孔だらけです。わざわざ空間を作っている。こんなもの役に立たない、無用だとみんな思っていたわけです。『荘子』にはいろんな逸話が入っていておもしろいのですが、こんなエピソードも載っています。枝ぶりのいい木と枝ぶりの悪い木があった場合、枝ぶりの悪い木は無用とされています。ところが枝ぶりのいい木は、みんなから必要とされるのですぐに切られてしまう。一方、枝ぶりの悪い木は誰にも見向きもされないおかげで、人生を全うできる。つまり、発想を変えるということです。役に立つと思うもの、流行っているものに人は向かうものです。でも「こんなものダメだろう」と思うものも、発想を変えればすごく役に立つ可能性がある。若い方にはそういう気概で、いろんなことにチャレンジしていただきたいですね。『京大理系の科学入門』p.283)

「易きに流されない」姿勢も、京大理系から「すごい研究」が生まれる理由のひとつといえるでしょう。

このように、京都大学が誇るトップ研究者の方々から、「研究現場の生の声」「背景にある哲学」「最先端研究の世界」を一挙に学べるお得な『京大理系の科学入門』。ぜひ手に取ってみてください!(F. Y. )

京大理系の科学入門 「すごい研究」はこうして生まれる

iPS細胞研究所・茺粼洋子(免疫学、再生医学)

生命科学研究科・東樹宏和(生態学、地下生態系)

基礎物理学研究所・高柳匡(素粒子物理学、超ひも理論)

数理解析研究所・牧野和久(数学、アルゴリズム理論)

理学研究科・橋本幸士(素粒子物理学、学習物理学)

情報学研究科・谷口忠大(人工知能、創発システム)

野生動物研究センター・村山美穂(分子行動生態学、野生動物)

農学研究科・北島薫(森林科学、植物生態学)

生態学研究センター・佐藤拓哉(生態学、ハリガネムシ研究)

防災研究所・西嶋一欽(風工学、自然災害リスク分析)

医学研究科・高橋良輔(医学、脳神経内科学)

薬学研究科・土居雅夫(医薬科学、時間薬理学)

工学研究科・平山朋子(機械工学、トライボロジー)

人間・環境学研究科/総合人間学部・小木曽哲(地球科学、岩石学)

ASHBi(ヒト生物学高等研究拠点)・斎藤通紀(発生生物学)

ASHBi・平岡裕章(数学、トポロジカルデータ解析)

ASHBi・藤田みさお(生命倫理学)

iCeMS・上杉志成(細胞生物学、ケミカルバイオロジー)

iCeMS・北川進(無機化学、錯体化学)

ノーベル賞国内最多、京大のトップ研究者に学ぶ「おもろい研究のつくり方」とは? 個性豊かな京大理系の世界を大解剖!登場する京大の研究者&部局iPS細胞研究所・茺粼洋子(免疫学、再生医学)生命科学研究科・東樹宏和(生態学、地下生態系)基礎物理学研究所・高柳匡(素粒子物理学、超ひも理論)数理解析研究所・牧野和久(数学、アルゴリズム理論)理学研究科・橋本幸士(素粒子物理学、学習物理学)情報学研究科・谷口忠大(人工知能、創発システム)野生動物研究センター・村山美穂(分子行動生態学、野生動物)農学研究科・北島薫(森林科学、植物生態学)生態学研究センター・佐藤拓哉(生態学、ハリガネムシ研究)防災研究所・西嶋一欽(風工学、自然災害リスク分析)医学研究科・高橋良輔(医学、脳神経内科学)薬学研究科・土居雅夫(医薬科学、時間薬理学)工学研究科・平山朋子(機械工学、トライボロジー)人間・環境学研究科/総合人間学部・小木曽哲(地球科学、岩石学)ASHBi(ヒト生物学高等研究拠点)・斎藤通紀(発生生物学)ASHBi・平岡裕章(数学、トポロジカルデータ解析)ASHBi・藤田みさお(生命倫理学)iCeMS・上杉志成(細胞生物学、ケミカルバイオロジー)iCeMS・北川進(無機化学、錯体化学)登場順、敬称略、所属は取材当時

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