「マンガワン」問題で小学館の第三者委員会が解明すべきこと、性犯罪で刑事処分の漫画家を別名義で再起用
日本の出版業界、とりわけ漫画産業から生み出される作品は、国内のみならず世界的な影響力と大きな経済的価値を作り出している。
そうした出版業界をけん引する小学館の漫画アプリ「マンガワン」編集部が、過去に児童買春・児童ポルノ禁止法違反の罪で刑事罰を受けた漫画作者を、事実を把握しながら別のペンネームに変更させ、原作者として再起用していたことが明らかになった。
この事案では、原作者が高校の元生徒から「性加害」を訴えられた民事紛争をめぐり、担当編集者が何らかの形で関与していたことも判明している。
さらに、別のわいせつ事件を起こした漫画家においても別名義で再起用していたとし、調査が進められる。
小学館は一連の事案について経緯を把握するとともに、問題点の検証や原因究明、再発防止の提言を得るため、第三者委員会を設置することを発表した。
ビジネスと人権の問題にくわしい蔵元左近弁護士は、第三者委員会には個別事案の解明にとどまらず、メディア企業である小学館の構造的な問題を分析する役割が期待されると指摘した。第三者委員会が果たすべき役割について聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●「事実の確認」と「構造的問題の解明による再発防止策の提言」
──小学館が第三者委員会を設置します。出版業界の慣行もまた背景にあるとの指摘もある中で、第三者委員会にはどのような役割が求められるのでしょうか。
今回、第三者委員会が果たすべき主な目的は「事実の確認」と「再発防止策の提言」です。
裁判で認定されている事実のほかにも、『週刊文春』の取材記事などの報道と小学館側の説明には相違があります。
編集者と作家のメールのやりとりなどについて、デジタルフォレンジック(PCやスマホに残されたデータを保全し、解析する手法)を用いた調査がおこなわれ、事実関係が解明されていくと思われます。なお、国連ビジネスと人権に関する指導原則が求める人権デュー・ディリジェンスの観点からも、こうした調査は不可欠です。
また、再発防止策を提言するためには、事実を明らかにするだけでは不十分です。問題の背景にある構造的な問題を特定することが不可欠です。
●被害者救済への提言も期待される
さらに、第三者委員会の役割には、被害者の救済という観点も含まれるのではないでしょうか。その観点から、会社に対する是正策が示されることも期待されます。
一方で、調査委員会が報告書を公表するまで、早くても3〜4カ月はかかるでしょう。会社としては、その結果を待つだけでなく、被害者の意向を十分に尊重したうえでコンタクトを図り、被害者に真摯に向き合った対応を検討すべきです。
●「優れた作品を世に届ける使命」の名のもと、見過ごされた被害はないか
──今回のようなケースでは、事実関係の解明に加え、編集部の判断プロセスやガバナンスの問題など、どこに調査の重点を置くべきでしょうか。
今回の問題の本質は、個人の逸脱行為にとどまりません。組織が何を知り、どう判断したのかという、企業組織としての意思決定の構造にあります。
第三者委員会には、「何が起きたか」という事実の記録だけでなく、「なぜ、この企業組織で今回の事件が起きたか」という根本原因に迫る分析が求められます。
出版業界には、優れたコンテンツとクリエイターを世に届けるという使命があります。
しかし、その使命感が時として「作品のためなら」という判断を生み、コンプライアンスや人権への配慮を後回しにする土壌につながっていないか。そうした点まで踏み込んだ分析が必要です。
第三者委員会には、個別事案の検証にとどまらず、業界特有の構造と文化にまで踏み込んだ検証が期待されます。
●「セクシー田中さん問題」で第三者委員会を設置すべきだった
また、小学館は2024年の『セクシー田中さん』問題でも、クリエイターとの関係のあり方について社会から厳しい批判を受けました。
今回の作家の再起用はそれ以前の出来事とされていますが、二つの問題が相次いで表面化したという事実は、小学館の組織文化に構造的な課題があることを示唆しています。
表面的な再発防止策では不十分である可能性があります。
『セクシー田中さん』問題の際にも、内部の調査委員会ではなく、第三者委員会を設置して、組織の深部にある構造的問題を徹底的に検証すべきだったと思います。
●メディア企業であるがゆえの固有の論点とは
今回の問題を考えるうえで、メディア組織に固有の構造的な論点もあります。
「編集と経営の分離」は、編集現場の表現の自由を守るための重要な原理です。しかし、その原理が、時として、人権やコンプライアンス上の問題に対する組織的対応を妨げる壁として機能してしまう場合があります。
今回の問題は、「悪意ある個人の問題」ではなく「善意で設計された制度の反面で生じる弊害」として捉える必要があります。そうした視点が、再発防止を考えるうえで重要だと思っています。
これは、フジテレビで指摘された「原局主義」と本質的に通じる問題です。
また、クリエイターと編集者個人の間の共生的または非対称的な関係性も今回の問題の要因として考えられます。
コンプライアンス体制の整備が求められにくい非上場企業では、こうした問題がさらに増幅されます。第三者委員会には、組織の深部にある構造的な原因を照らし出すことを期待しています。
●罪を犯したクリエイターを別名義で再起用すること
──過去にわいせつ事案で刑事処分を受けた作家が、別名義で原作者として起用されていたことが問題視されています。このようなケースで、出版社はどのような判断や確認をすべきだったのでしょうか。また、その判断過程の適否は、第三者委員会の調査対象になり得るでしょうか。
再起用について、「是か非か」を単純に結論づけることは難しいと言わざるをえません。
刑事処分を終えた人が社会に戻り、働く権利は守られなければならないという側面もあります。しかし同時に、被害者の救済との間で衝突が生じる場合もあります。
その意味で、今回問われるべきなのは「再起用そのものの是非」よりも「判断プロセスの透明性と誠実さ」です。
小学館の発表や報道によれば、編集者が作家と被害者との和解協議に何らかの形で関与していたとされています。
ただし、その関与の具体的な内容については、小学館側と被害者側で説明に差異があり、まさに第三者委員会が解明すべき核心的な事実といえるでしょう。
●報道でまた被害者は苦痛を受けている
また、作画担当者に経緯が伝えられていなかったとされる点は、共に作品を作るパートナーに対する誠実義務という観点から、別途問われるべき問題です。
いずれにしても確かなのは、被害者が長年にわたり声を上げ続け、民事訴訟でその訴えが司法に認められたという事実です。
今回の報道によって、その被害者がさらなる苦痛を受けていることは避けがたく、その事実を深刻に受け止めることが、すべての出発点であるべきでしょう。
●調査結果の公表は出版・メディア全体の「これから」にも意味を持つ
小学館が第三者委員会を設置し、問題に正面から向き合う姿勢を示したこと自体は評価したいと思います。批判にさらされながらも外部の目を入れて検証する姿勢は、誠実さの表れでもあります。
小学館は上場企業ではありません。しかし、市場からの直接的な圧力がなくとも、会社の存在基盤を支えているのは、作品を愛する読者と、創作に向き合うマンガ家・クリエイターです。
今回、多くの作家が配信停止を決め、それを公表したという事実は、その信頼が深く傷ついていることを示しています。
第三者委員会の調査結果を公開し、真摯な姿勢を示すことが、企業として信頼を取り戻す道だと思います。小学館は日本の漫画文化を長年支えてきた存在であり、その対応は業界全体の未来にとっても重要な意味を持つと思います。
【取材協力弁護士】
蔵元 左近(くらもと・さこん)弁護士
日本国・米国NY州弁護士。M&Aやコンプライアンスを専門とし、近年は「ビジネスと人権」等のサステナビリティ分野にも注力。東京都「社会的責任調達指針」運用助言委員会委員、東京オリパラ委員会「持続可能性に配慮した調達コード」通報受付窓口助言委員長等を歴任。「ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)」共同代表理事。2023年に蔵元国際法律事務所を設立。日経新聞「企業が選ぶ弁護士ランキング」受賞。
事務所名 :蔵元国際法律事務所
事務所URL:https://kuramoto-jurist.com/
