ついに売上の4割が海外に…ほぼ日手帳がアメリカで熱狂的な人気を集めるワケ
■ほぼ日手帳が国境を超えて愛される理由
「ほぼ日手帳」は、コピーライターの糸井重里氏が代表を務める「株式会社ほぼ日」の看板商品だ。最大の特徴は「1日1ページ」という構成。このためスケジュールの一覧管理は苦手だが、日記のように日々の出来事をたっぷり書き込むことができる。
価格は本体とカバーのセットで約5000円から。「手帳」というジャンルでは高額の商品となるが、デザインと素材に細部までこだわったユニークな商品づくりが強く支持され、2001年の誕生以来、着々と売り上げを伸ばしてきた。今では週間手帳などラインナップも大幅に増やし、2022年版は156の国や地域で、72万部を売り上げたという。
ほぼ日の管理部長の鈴木基男さんは「使い方の自由さが評価されてきた」と話す。
「ほぼ日手帳は、持つ人それぞれが用途や目的に応じて自由に使える手帳です。そのため、日々新しい使い方が生まれていて、『こんな使い方ができて便利だよ』という形で家族や友人、知人に勧めたくなるのです。最初から使い方が決まっているのではなく、ある種ユーザーに裁量が委ねられ、自由にのびのびと使えるのが魅力だと思います」
とりわけ最近は海外市場での伸びが著しい。鈴木さんは「発売当初から海外から注文があり、それに地道に応えてきた」という。
「ほぼ日手帳を販売する自社ECサイトでは、1年目の2001年から海外からも注文が来るようになりました。海外発送のノウハウもなく、手探り状態でしたが、拒むことなく真摯(しんし)に海外のお客様からの注文に応え、商品を送っていました。今では世界中に愛用者が広がりましたが、ここから始まったと思います」
■マーケティングよりも「お客様が喜んでもらえるか」を重視
2012年にはほぼ日手帳の英語版「Planner」(A6サイズ)を発売した。
この商品を発売するにあたって、主だったマーケット分析やマーケティング施策を行っていない。もともとは「英語で書かれている手帳を持っていれば、かっこいいと感じてくれる方もいるのでは」という考えが起点になっているそうだ。
「ターゲット層を決め、そこから使い方を想定し、訴求ポイントを考えて……といったいわゆるマーケティング的な市場調査は行わず、採算性を意識するよりも『いかにお客様が喜んでくれるか』から考えることを重視しています」(鈴木さん)
他社商品の研究はしないのか。鈴木さんは「世の中に類似する商品があれば再現性を検証できますが、それが全くない新商品であれば検証ができません。ですから、すごく良いアイデアが出た際は、まずそれを形にします」と述べる。
まずは世の中に商品を出し、ユーザーのリアクションを見ながら、商品を改良していく姿勢を大事にしているという。
■広告を打たずに、海外での販路拡大
マーケティングをしないからこそ、企画やアイデアそのものが非常に重要になってくる。良いアイデアを出すために工夫している点を、鈴木さんはこのように説明する。
「社員がいろんなアイデアを発案するなかで、根底にあるのは『良いものを生み出すために直球で話し合う』ことです。発案者や社会の流行などに迎合せず、自分が本当に欲しいものかどうかを吟味しながら、アイデアの良い部分、ダメ出しできる部分をフラットに言い合える土壌があり、日々こうしたやりとりが現場で生まれているんです」
2012年からほぼ日手帳の英語版を発売開始したのち、オンラインショップ「ほぼ日ストア」の英語化や、英語を用いたSNS運用にも取り組んだ。
また、2017年は米国の「Amazon.com」、2019年には中国の「天猫国際(Tmall Global)」にて公式オンラインショップを開設し、少しずつ販路拡大に努めてきたのだ。
アジアや欧米諸国にもほぼ日手帳のファンの裾野が確実に広がっている一方、近年は北米の成長が顕著になっているという。そのため、ほぼ日手帳の2023年版からは、A5サイズの「ほぼ日手帳カズン」と縦長サイズの週間手帳「weeks」にも英語版が追加され、さらなるラインナップの拡充がなされた。
鈴木さんは「現状、広告を打つなどのマーケティングは行ってきていません。海外のお客様が増えていくなかで、求めてくださる声に応える形で、お買い物しやすいように公式ストアを構えて、ちゃんと商品ラインナップをそろえて、丁寧に在庫を追加していったことが、さらなる海外の伸長を後押ししたと思う」と述べる。
■予定帳でも、日記でもない。ほぼ日手帳の魅力
北米では、ほぼ日手帳のどういうスペックが評価され、ユーザーニーズを捉えているのだろうか。海外販路を担う西本翼さんは、「取引先からは、レイアウトの組み方の自由度が評価されていると聞きます」と話す。
「自由に使いやすいように、方眼サイズや色味も細かく調整して作っています。また、海外のお客様は万年筆を使う方が多く、万年筆と相性の良い紙を使っているので、書き味の良さも好評いただいています。180度フラットに開く糸かがり製本も書きやすいというお声をもらっています。
あとは自由度の高さも日本と同様に評価されていますね。北米だと生徒向け、教師向け、マインドフルネス用など用途ごとにフォーマットが決まっている手帳が多いんですが、ほぼ日手帳は用途も使い方も自分で決められます。
以前、当社の英語ページの制作を手伝ってくれているアメリカ人の方に『英語でほぼ日手帳について説明したいときに、どう言えばいいんだろう?』と聞いてみたら、『予定帳、日記、ノートブック……。そういった用途のすべてに使えるけど、どれでもないよね』『どれとも違うけど、そのぜんぶとして使える』『みんなが自由に使うことができるようにデザインされてる』と言われたそうです」
■コロナ禍で手帳の需要が顕在化
北米ではカリフォルニアなど西海岸のアジア系のコミュニティーを起点に、全米へと人気が広がってきたという。日本の文具情報を得やすい層から火がつき、クチコミでほぼ日手帳の良さが拡散されているというわけだ。
ユーザー層は8割が女性で、特に30〜40代が多く、「コロナ禍で自分自身の心と健康に目を向ける機運が高まり、手帳を活用する人が増えている」と西本さんは分析する。
「アメリカでは、マインドフルネスに注目が高まっていますが、手帳は日記を記したりその日の気分や体調を記録したりすることで、自分自身の主観を残せるのが大きな特徴です。パソコンでは客観的な記述しか残りませんが、ペンで自分のライフログを手帳に書き込むことが、自分を見つめる良い機会になっているのではと捉えています」
■約1.7万人の「コミュニティ」が求心力に
一方で、「『どうやってほぼ日手帳を買うのか、公式ストアやAmazon・実店舗などがある中でどこで買うのがいいのか』といった疑問を、ユーザー同士で解決し合えるSNSコミュニティーの存在が大きい」と西本さんはコミュニティーの重要性について説く。
「ほぼ日の社員が介在しない、英語圏を中心に約1.7万人のユーザーが集まるクローズドのコミュニティーがあり、そこでは日々活発なやりとりがなされています。自然発生的に生まれたユーザーコミュニティーですが、熱量が高く、ほぼ日手帳に関する“あれこれ”が常に交わされていて、クチコミでほぼ日手帳の良さを広めてくれたり、賢い使い方を共有したりしています」
ユーザー自らがほぼ日手帳の使い方を積極的に広げてくれるため、「私たち自身も、ほぼ日手帳の価値について、お客さまから教わることが多い」と鈴木さんは付け加える。
「ほぼ日手帳はある種、マウントを取り合うブランドではないと思っています。仮に同じほぼ日手帳を使うユーザーを見つけても、『手帳が被った』とは思わず、むしろ互いにその手帳の良さを知っている『仲間意識』の方が強い。これこそがほぼ日手帳のブランディングにつながっていて、こうしたベースがあることで良質なコミュニティーが形成され、ユーザー同士が自発的に働きかけ合う土壌ができていると考えています」
■手帳の紙を替えるのを納得してもらうためにリーフレットを封入
愚直にお客様に喜んでもらいたい。
こうした思いを胸に、会社としても誠実に対応することを地道に継続する姿勢こそが、結果としてほぼ日手帳を愛用するユーザーが国をまたいで生まれているのではないだろうか。
「SNSやコミュニティでも、ポジティブなコメントをくれるユーザーが多いんですが、特に会社そのものの印象や誠実さを褒めてくれることが際立っていると思っています。カスタマーサポートの対応の良さや商品のちょっとした気遣いなど、会社としては基本的なことと捉えている誠実な対応をユーザーに評価していただいているのは、かなり深い強みになっています」(西本さん)
西本さんは上記の象徴的な話として、ほぼ日手帳が採用する紙「トモエリバー」の切り替えに対する対応を例示した。
「2024年版から、製造元の関係で新しいトモエリバーへ切り替えることが決まっています。ほぼ日手帳は用紙を気に入ってくださっている方も多いため、お客様に事前に書き心地を試してもらうために、ほぼ日手帳の2023年版には『おためし用紙』のリーフレットを封入し、感想やフィードバックをもらうような体制をとっているんです。『こうした姿勢が大変素晴らしい』と、海外のユーザーから高評価をいただきました」
ユーザーに寄り添った細やかな対応の積み重ねが、ほぼ日手帳のファンを増やすことに寄与していると言えるだろう。
■人がうれしいと思う普遍的な価値を届ける
現在、ほぼ日手帳の売り上げのうち、およそ4割が海外からの購入だという。また、北中米の売上高に関しても2020年から2021年にかけては59.1%増加。さらに昨年対比でも2022年8月期の第3四半期では39.8%も増えている。
今後の展望について、役員である鈴木さんは「ほぼ日手帳は、国や文化を問わず人にとって普遍的な価値をもつ商品であるはず。まだ出会えていないお客様もたくさんいるはずなので、接点を増やしていきたい」と話す。
「オンラインのみならず、オフラインでもユーザーの方と会う機会を増やしていきたいと思っています。また、海外からも安心してお買い物ができるように、ほぼ日ストアで対応できる言語や通貨、税制対応、決済手段を整備していくこと。そして、販売チャネルの拡充にも努め、いろんなエリアに住む方が安心してほぼ日手帳を購入できるような下地を作っていけるように尽力していきたいです」
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古田島 大介(こたじま・だいすけ)
フリーライター
1986年生まれ。ビジネス、ライフスタイル、エンタメ、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている。
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(フリーライター 古田島 大介)