電車運転士の仕事、なかでも小田急電鉄の特急ロマンスカーを走らせるのはどのような仕事なのか、現役の女性運転士に聞きました。またその話のなかで、運転士に求められる資質のようなものも見えてきました。

「実は警察官を目指していました」

 都心から箱根へ、旅情あふれる小田急の特急ロマンスカーを走らせる運転士には、どうすればなれるのでしょうか。小田急電鉄大野電車区で主任運転士を務めている南場正美さんに話を聞きました。南場さんが着ている制服は女性の特急運転士用のもの。ジャケットのラインが柔らかい印象で、ロマンスカーをイメージしたネクタイがお気に入りだそうです。


小田急電鉄の顔である特急ロマンスカー、その運転士を務める南場正美さん。後ろは6代目ロマンスカー・EXE(30000形)(2019年10月24日、乗りものニュース編集部撮影)。

――やはり、小さいころから運転士になりたかったのでしょうか?

 私の場合は特別、電車好きだったというわけではなくて、学生時代は警察官を目指していました。就職活動の際、民間企業も受けてみたらという先生の勧めで企業研究をするうち、小田急電鉄に魅力を感じたのが運転士を志したきっかけです。沿線に住んでいましたので、小田急線は身近な存在ではありましたが、自分が運転する姿はビジョンになかったですね。鉄道の会社が何をしているのかあまりに知らなすぎて、駅の勤務などではなく、一番わかりやすい運転士を目指した、という感じです。

――女性の運転士は、小田急にどのくらい在籍しているのでしょうか?

 当社では2019年11月現在、運転士は500名ほど在籍しており、そのうち女性は約20名ですね。女性乗務員の1期生が入社してから15年くらい経ちます。

――なりたい人が多いお仕事だと思いますが、誰でもなれるわけではありませんよね?

 私は入社9年目ですが、運転士採用の同期入社は15名で、これまでそのうち6名が運転士になっています。駅係員や車掌見習いを経てから運転士の社内選考による試験を受けるのですが、全員がこれに受かるわけではありません。筆記試験と身体検査や視力・色覚、脳波など、職業適性の検査を受けます。その後、面接試験を受けて、合格すると運転士見習いとなります。検査は入社の際の、採用基準のひとつでもあります。

 8か月の教習を終了し、試験に合格すると、国家資格である「動力車操縦者運転免許」を取得でき、さらに3年以上、一般乗務経験を積むと「ロマンスカー担当者任用試験」を受けられ、それに合格するとロマンスカーに乗務することができるようになります。

休憩時間はダイヤを眺めて運転をシミュレート

――日常の乗務について教えてください。

 運転士は「仕業表」という、駅名と停車時間などが書かれたカードを元に、1日の作業ダイヤに沿って乗務しています。たとえば私は昨日、12時55分に相模大野を出発する各駅停車の片瀬江ノ島行きから乗務が始まっていますね。途中で2時間くらい休憩があるのでそこで食事をし、快速急行の新宿〜小田原間や各駅停車の箱根湯本行きを2回、担当するなどして、相模大野へ23時08分に到着し、その日の乗務は終了です。

 そして仮眠後、車両の出発前点検をして5時17分発の各駅停車片瀬江ノ島行きに乗り、この日は10時23分まで乗務しました。日によって多少前後はあります。ロマンスカーの車両だけを乗務しているわけではありません。


運転士の乗務スケジュールをグラフィカルに表した「仕業表」(2019年10月24日、乗りものニュース編集部撮影)。

――休憩時間は、どのようにすごしているのでしょう?

 食事や休息を取るほか、次の乗務がロマンスカー担当の時は、私はダイヤ(列車運行図表)を見ながら「今日はこうやって走ってみようかな」とシミュレーションしています。電車は定刻通りに運行できればよいのですが、お客様がより快適に感じられるよう工夫した運転の仕方があるのではないかと考えています。たとえば、線路の起伏やカーブなどにあわせて「直線区間では速めに走り、その分、カーブ区間ではゆっくりめに走って、乗り心地の良い運転でお客様に景色を楽しんでいただこう」などと、自分なりに工夫して運転しています。これがうまくいったときは、最高に気持ちがいいですね。

線路上に突如現れたのは… なぜほんの数分のあいだに巨大な物が

――「ロマンスカー」といっても「EXE」「VSE」「MSE」「GSE」など種類がありますが、車両によって運転しやすさ、しにくさはありますか?

 基本的に差異はないですね。ただ、運転席が2階にあるとやはり運転しやすいです。運転中は常に前方注視をしていますが、たとえば下り方面への乗務中、秦野駅を過ぎた辺りでは真正面に富士山があります。朝、夕はもちろんのこと、春夏秋冬さまざまな表情をしており、「四季を感じられるいい仕事だなあ」と思いますね。「GSE」はさらに視認性が高く、設計段階から運転士の意見をふんだんに取り入れてくれていると聞いています。


EXE(30000形)の運転席にて。各駅停車や快速急行など、1日に数種類の列車に乗務する(2019年10月24日、乗りものニュース編集部撮影)。

――運転していて大変だなと思うことはありますか?

 大変といいますか、一度、線路上に大きな収納棚が落ちていたことがあり、それには驚きましたね。夕方のラッシュ時で、2分から3分間隔で電車が行き来するなか、都心の、踏切でもない場所にドンと落ちていて、非常ブレーキをかけたのですが間に合わずぶつかってしまいました。車両機器類の破損や脱落がないか確認したあと、証拠物として提出しなければならない棚を車掌と動かして、破片も全部集め、警察に連絡しました。なぜあんな大きなものがほんの数分のあいだに出現したのか、いまでも謎です。

――冷静に対応された様子が伝わります。あわてないタイプですか?

 ぶつかってしまったら、「では、どうしよう」と次を考えるタイプかもしれません。同僚の運転士もそういうタイプが多く、それは運転士の適性のひとつだと思いますね。それに、人身事故対応の想定訓練を年に一度、必ず行い、筆記と共に実務考査と呼ばれる実技試験的なものを行っているのも大きいと思います。この仕事は運行中の異常時も含め、日々発見であり、勉強ですね。

「責任の重い仕事」だけれど…

――先輩運転士と、縦のつながりもあるのでしょうか?

 当社の運転職場(電車区)では「組制度」といって、1年間同じサイクルで乗務するいろいろな世代の男女運転士で構成された12名から15名のグループがあり、そこで日々の乗務に関する情報交換も行っています。職場のレクリエーションなど、この組ごとにコミュニケーションを図っています。


電車運転士という仕事について「責任は重いけれど確実にやりがいがあり楽しい」と話す南場さん(2019年10月24日、乗りものニュース編集部撮影)。

――7月に主任になり、今後は指導する立場ですが、後輩にはどんなことを伝えたいですか?

 大前提として、運転士はお客様の命をお預かりする仕事なので、生半可な気持ちでなってほしくない、という思いがあります。時代と逆行するかもしれないですが、叱られてもくじけずについてきてほしいです。それだけ責務がある、重い仕事なんだということを理解し、覚悟を持ってもらいたいです。そして、本当に責任の重い仕事だけれど、確実にやりがいがあって楽しい仕事だということ、それを私が見せて、体現していきたいと思っています。

――小田急の運転士を志望する人に、ひと言お願いします。

 小田急電鉄の採用情報にもありますように学部学科は不問、私自身も会社に入るまで電車のことは詳しくありませんでした。知識や技能の習得は研修が始まってからでも全く遅くありません。運転士になるには、駅係員、車掌の経験が必要です。多くの試験や試練なども待ち受けていますが、どの仕事にも真面目に取り組み、楽しんで仕事ができる方が向いていると思います。

 あとは社会人としての基本の「き」、あいさつが元気よくできる方は大歓迎です。

 ロマンスカーを運転できるのは小田急の運転士の醍醐味(だいごみ)です。沿線の四季を感じながら、お客さまに上質なサービスを提供することのできる運転士の仕事はとてもやりがいがあります。

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「ハンサムウーマン」と呼びたい凛とした美しさ。落ち着いた口調で力強く語る南場さんの心意気に、同席していた元運転士の広報担当者が目を潤ませていたのも印象的でした。ちなみに南場さん、待ち合わせは常に1本前の電車に乗る主義で、「普段も時間には細かいです」だそうです。

ロマンスカー運転士のお仕事:小田急電鉄株式会社 南場正美さん
・制服似合い度 ☆☆☆☆☆両
・運転勤勉指数 ☆☆☆☆☆両
・危険対応能力 ☆☆☆☆☆両
・待ち合わせ確実度 ☆☆☆☆☆両
・後発性鉄道ファン度 ☆☆☆☆両(増量中の模様)